マリスハイムの1日が始まる。
今日も僕は王立書庫を訪れ、勇者や神剣の事について調べていた。
すでに定位置となっていた席に、ルピネルさんが見繕ってくれた文献に目を通している。
……ルピネルさんが手伝ってくれると言ってくれた日から、かれこれ十数日が経っていた。
その間のめぼしい収穫はない。
まったく成果の見えない今日この頃に、僕の心も沈み始めていた。
もうほとんどの文献が見覚えのあるものとなっており、調べられるものも底を尽きかけてきている。
ルピネルさんにも相談しながら、いろんな角度から情報が集まらないかと工夫してはいたが、あまり芳しくなかった。
ここに情報はないのだろうか……?
世界中の情報が集まる王立書庫にすら、勇者の……いや、世界を救う手立ては見つからないというのか。
最近の僕は躍起になって、仲間達が依頼をこなす間も毎日王立書庫に通いつめている。
僕の思いを尊重してくれる皆には申し訳ない気持ちと、何か発見しなければという焦りが支配していた。
そして今日も何も見つからないまま、閉館時間がやってくる。
「……クサビさん」
「はい……。今日も、収穫なしでした……はは…………」
心配そうに恐る恐る声を掛けてきたルピネルさんに、僕は空元気で返す。
「最近眠れてますか? 日に日に目の隈が酷くなってます……。明日はゆっくり休んだ方がいいですよ……」
そんなに酷い顔をしていたのか。……でも。
「……大丈夫です。パーティの仲間達にもいい報せを伝えたいですし」
「……でも…………」
悲痛な面持ちで俯くルピネルさんに、僕は気を遣わせて申し訳なく思った。明日こそは、なんとか些細なものでもいいから情報を集めなければ……!
すっかり日暮れになった帰り道をとぼとぼと帰ってくると、依頼から帰ってきていたサヤが宿の外で待っていた。
サヤは僕の帰りに気が付くと駆け寄ってきた。
「サヤ、そっちも終わったんだね。お疲れ様。皆怪我はない?」
「こっちは問題ないわ。……それよりもクサビよ。……酷く疲れた顔してるわよ……」
サヤは心配そうな顔で僕の頬に手を添えてくる。
僕はその手をそっと握って笑ってみせた。
「大丈夫さ。明日こそはきっと何か見つけて見せるからさ」
「…………」
僕の言葉に、サヤは眉間の皺をさらに寄らせて悲しみを帯びた目で小さく首を横に振った。
「……駄目。明日はゆっくり休んで」
「そうはいかないよ。皆が頑張ってるのに僕だけ何の成果も得られてないんだ。明日はもっと頑張って――」
「――駄目だっていってるのッッ……!」
「――っ!」
サヤの悲痛な叫びが外に響き渡る。その瞳に涙を浮かべながら僕を睨み、僕は息を呑んだ。
サヤは両手を僕の両頬に添えて、強い眼差しで僕を見つめる。そこには僕の意思を有無も言わせないという強い想いが宿っていたように見えた。
僕はサヤの表情で過ちを犯したことに気付いた。
……僕はまた、サヤにこんな顔をさせてしまった。僕は尽くし難い馬鹿者だ……。
「……ごめん。情報を何か少しでも見つけないと、皆に顔向けできないと思って…………」
「思い詰め過ぎよ……。誰もクサビを責めたりなんかしないわ」
そう言って穏やかに微笑したサヤの手の力が緩み、優しく僕の頬を包むと、その手の温もりに僕の張り詰めていた心が溶かされていく……。
「目の隈も酷いじゃない。明日はゆっくり休むの。……ね?」
まるで子供をあやすようにゆっくりと言葉が紡がれる。
そんな状況に、心地よくも少しだけ気恥ずかしい感覚を覚えた。
「うん……。わかったよ」
そう言うとサヤはニコリと笑い、手を放して踵を返して宿のドアの前でこちらに振り向いた。
「ほら! 中で二人も待ってるわよ! ウィニなんてお腹を空かせてるんだから、早く行きましょ!」
「……はははっ それは早く行ってあげないとだね!」
僕達はクスリと笑って宿の中へと入っていった。
翌日のこと。
今日はパーティの皆から王立書庫への立ち入り禁止を言い渡された。
今朝ギルドへ向かうサヤから、『今日は自由な時間を過ごさないと承知しない』と、脅しなのか優しさかわからない言葉を言い放たれたのだ。
……皆には感謝しなきゃな。
というわけで今日はフリーだ。
王立書庫へは行けないから、どこへ行けばいいか分からなくなる。
ギルドで訓練でも……いや、それはなんかサヤが怒りそうだな……。
……やることがない。
僕、完全な休みの日ってどう過ごしてたんだっけ。
宿の部屋で手持ち無沙汰に意味もなく筋トレなどしてみる。
でもこれじゃない感がしてすぐやめた。
そうだ、本でも読みに王立書庫にでも――――駄目だ! 立ち入り禁止中だった!
僕はベッドに横たわりぼーっと天井を眺める。
忙しい日々に自分の時間の使い方を忘れてしまった。
村にいた頃は日がな一日ぼーっとしてても平気だったのに、今では何かしていないと落ち着かない。
僕も変わったのかなあ。
……いつまでも天井のシミを数えていてもしょうがない。
とりあえず散歩でもするか。
と、思い至り部屋を出てロビーに出る。
すると宿の店主のおじさんから呼び止められた。
「ああ、君に手紙が届いているよ。……はい、これ」
「ありがとうございます!」
店主から手紙を2通受け取った。
宛先を確かめると、手紙の封にギルドの印が刻印してあるのが一通。
もう一通は――――
「――――あっ!!」
思わず大声を上げてしまい周りの人の視線を浴びた。
羞恥心が湧き赤面しながら、2通目の宛名を見て居ても立ってもいられず自分の部屋に駆け込んだ。
僕は部屋に戻るなり2通目の手紙の封を解くと、逸る気持ちを抑えることもなく手紙に目を通した。
――――拝啓、などという前置きは省こうか。
この手紙をサリア大陸の東の港で、無事に届くことを願いながらしたためている。
現在、我は仲間と共に聖都マリスハイムを目指している最中だ。
ここに至るまでに多くの事象を経て、聖都を次の目標に定めたのだ。
非常に僥倖ながら、我らの目的の地が重なる時は近い。
この手紙を読了する頃には、我らは聖都まであと僅かのところまで迫っているはずだ。
久々に無事な姿を見せてもらおう。
話さなければならない事も多い。君達の歩んで来た冒険譚も聞かせておくれ。
それでは。親愛なる弟子達よ。 チギリ・ヤブサメ――――
チギリ師匠がすぐそこまで来ている……!!
僕は胸の奥から沸き上がる歓喜に打ち震える。師匠に会えることが嬉しくて嬉しくて堪らず、落ち着きなく部屋の中をぐるぐると彷徨った。
これは大変だぞ! すぐに皆に知らせたい!
もうすぐ師匠に会えるんだ!!
そんな具合に一人で興奮していると、もう一通の手紙が視界に入る。
……あ、そうだった。ギルドからも手紙が来ていたのをすっかり忘れてたよ。
僕は自身の心を鎮めてからギルドからの手紙に手を伸ばし、封を解いた。
――――突然の文、失礼する。
単刀直入に要件を伝えさせてもらうが、希望の黎明の諸君に、ギルドへの召喚の要請だ。
差し当たっては明日、ギルドにて面会の場を設けるので、召喚要請に受けてもらいたい。何卒宜しくお願い申し上げる。
冒険者ギルドマリスハイム支部
ギルドマスター レド・ゲルエイム――――
……ギルドからの呼び出しだ。
前にも似たような事があったなぁ。あれはエルヴァイナのギルドだった。
もしかしたら今回もそれ関連かもしれない。
明日か。皆戻ってきたらこのことを話して、明日はギルドマスターに会いに行こう。
それにチギリ師匠もここに向かっているようだし、早く会いたいな!
サヤとウィニもこの報せを聞いたらきっと喜ぶだろう。
僕は明日の面会への緊張と、師匠との再会にワクワクが入り交じって、皆が戻ってくるまでの間落ち着かない時間を過ごしていた。