そして翌日。
昨日手紙の件を仲間に話すと、サヤとウィニは歓喜して、師匠の到着を心待ちにしていた。
それからギルドの件も、皆で面会に向かうことに賛同してくれた。
朝から緊張の色が拭えない僕は、ギルドに着くまでの道中落ち着かなかった。偉い人に会うのはやっぱり慣れない。その人の持つ威厳というか、そういうのに曝されるのが苦手なんだよ……。
昨日の手紙の文面から、きっと厳しめな人だというイメージを持ってしまったから猶更に、僕の心臓は高鳴る一方だ。
「ほらクサビ! しゃんとしなさいよ!」
そう言ってサヤが僕の背中を強めに叩く。
そんなこと言われても慣れないものは仕方ないのだ。
「いやぁ、どんな人だろうと思うと怖くてさぁ……」
僕の喉からつい弱音が飛び出す。するとサヤは呆れたように『まったく……』と零した。
なんでサヤはそんなに肝が据わっているんだよ。
「くさびん、がんばれ」
「ウィニはなんで他人事なのさ……」
「話し合いはわたしの専門外。あとはまかせた」
仏頂面でそう言ってのけるウィニ。むしろ一番肝が据わっているのはウィニなんじゃなかろうか。
「そんなにビビんなって! 別に叱られるわけじゃないんだからよ!」
と、ラシードは腕を回して僕の肩に乗せる。
「う、うん。……そうだね」
「そうこうしてたら着いたぜ!」
ああ、もう着いてしまった。
何故かわからないけど、エルヴァイナのギルドマスターのドゥーガさんに会った時より緊張していた。あの時は成り行きのままにだったけど、今回は事前に面会するっていう前提で来てるから、余計に意識しちゃってるのかもしれない。
すっかり馴染んだはずののギルドのドアを開き、僕は意を決して中へ進んだ。
「よう、イルマちゃん」
「あ、ラシードさんっ おはよー」
中に入ると、受付のカウンターには眼鏡を掛けた金髪ツインテールの元気娘のイルマさんが立っていた。
「今日はイルマちゃん一人なのか?」
「うんにゃ、違うよー。ありりんはお休みだけど、えぴえぴが奥で雑用中~」
ありりんとはきっとアリンさんの事で、えぴえぴとはおそらくエピネルさんの事だ。独特な呼び方のセンスにウィニが重なる。
「こんにちは。今日はギルドマスターに呼ばれて来たんです」
ラシードに任せるとずっと会話してしまいそうだったので、僕が前に出て用件を伝えた。イルマさんは既に把握していたようだ。
「うんっ。マスターから聞いてるよ! 奥へ進んでくださーい!」
イルマさんに言われた通りカウンターの中に入って奥へと進む。その突き当りにギルドマスターの執務室があった。
鼓動がさらに高鳴るのを感じるが、ここまで来たらもう進むしかないと覚悟を決め、気持ちが怖気づく前に、ドアをノックした……!
「――お、早かったな、入り給え」
ドア越しに老齢な男性の声が返ってくる。
僕達はドアを開けて部屋に入った。
「――よく来てくれた。そうか、君が例の……」
声の中に確かな威厳を感じる。しかしどこか温かさも含まれた深みのある声だった。長い白髪の老人の顔には深い皺が刻まれ、ややたれ目で意外にも優し気な瞳が僕を見ていた。この人がギルドマスターで間違いないだろう。
「は、初めまして、クサビ・ヒモロギですっ!」
「ほっほ。緊張せずとも良い。皆、そこに腰掛けて楽にしてくれ給え」
僕は緊張しながら自己紹介をする。
そんな僕の様子にギルドマスターは穏やかな笑みを見せ、優し気な声で近くのソファに着席を促した。思っていた人物像と違っていて、少しだけ緊張が和らいだ。
「自己紹介をしよう。儂は『レド・ゲルエイム』と申す。ここのギルドのマスターを拝命している」
レドさんの自己紹介に、他の仲間もそれぞれが名乗っていた。
ちなみにウィニの自己紹介はこの場においてもあの長い口上をドヤポーズ付きである。さすがブレない。
「うむ。希望の黎明の活躍は聞き及んでおるよ。そして儂は君達の師でありかつての英雄殿より、文にて事情や目的を把握しておる」
既に師匠がギルドに根回ししてくれていたようだ。それは話が早い。
「それでだ。君達には伝えなければならないことがある」
レドさんの表情が、柔らかな物腰から威厳のあるものに変わる。
どうやら本題はここからだ。僕達は居住まいを正して彼の言葉を待った。
「単刀直入に言おう……。――王と謁見をしてほしいのだ」
「…………王様、とですか?」
「左様」
まさかここで王様に会う話が飛び出るとは思いも寄らず、僕はまた胸の鼓動が高鳴り出した。
とにかく、どういうことなのかしっかり聞かなければならないっ!
「ほっほ。どうして、と言いたげな顔だな。無理もない。……結論から言うが、儂の話の続きをするには、王の承認が必要だからだよ」
「王様の許しがないと話せないこと……ですか?」
「うむ。正しくは儂の口からはおいそれと話せぬのだ。……ここからは順を追って話すとしようか」
――レドさんは事の経緯を順に語ってくれた。
先日、レドさんの元に王国から呼び出しが掛かり、ファーザニア共和国と東方部族連合の盟主が共同で、冒険者による対魔族の反抗勢力発足の動きが進んでいるという内容の連絡が来たと聞かされる。
そしてその盟主と行動を共にする、かつて活躍した高名なSランク冒険者が先導していること、そしてその弟子、つまり僕達が現在聖都マリスハイムに滞在し、魔王討伐のために神剣の情報を集めている事も知る。
王は自ら僕達との面会を望み、話さなければならない事があるというのだ。
勇者の末裔と言われる僕に――――
経緯を聞いても、どうしてそんな流れになったのか理解出来なかった。この神剣と王国、そしてギルドは何か深い繋がりがあるというのだろうか……。
「――という事なのだよ。どうだね、王との謁見を受けてくれるかね?」
「……………………」
ずっと探し続けてきた勇者と神剣の情報。
それは王立書庫を血眼になって探しても見つからなかった。
だがここに来て、情報を求める僕達に王様が接触を求めてきている。……王国は明らかに僕達が求める何かを知っているんだ。
ならば断る理由はないじゃないか。
「――はい! 是非、謁見させてください!」
「……そうか。承知した! ではそのように伝えよう」
「――――その話、我らも同行を願おうか」
「――っ!?」
不意に後ろから言い放たれた声に振り向く。
「あ……っ! ああ…………!」
「えっ……!」
「むむむ……!」
それは聞き慣れた声だった。
そしてそれは何よりも心強い声だった。
この世界においてあまりにも弱く力を持たなかった僕達に、生き抜く術を教えてくれた命の恩人……。
僕達の使命を力強く後押ししてくれる恩師。
ドアを開け放ち、4人の仲間をつれて堂々と佇む僕達の師匠、チギリ・ヤブサメがそこに居たのだった。