――目を開けると木目の天井が見えた。
頭がぼーっとする……。ここは……?
僕は頭だけ少し起こして、周囲を確認する。窓のない簡素な一室のベッドの上に、僕は寝かされていたようだ。
僕は手の自由が効かないことに気が付いた。
だけど感覚はある。その手から伝わる感覚を、僕は知っている。
努力を繰り返してできた剣士の手だが、すべすべしている女性の手。この温もりに何度安心を感じてきたかわからない。
僕の手を握りながら寝息を立てているサヤの手を、そっと握り返した。
「んぅ……。……っ!」
ああ、起こしてしまった。
目を覚ましたサヤは、握り返した手を驚いたように見ると、次に僕を見た。
「……クサビ…………? ねえ、わかる……?」
恐る恐る僕に声を投げかけるサヤ。酷く不安そうに僕を見つめている。
「……おはよう、サヤ」
僕はそう言って微笑んだ。その途端に、サヤは安心したような笑みから一変、その表情が崩れて急に泣き出して、僕に抱き着いてきた。
「――――クサビ……! かえっ……っ、帰ってきてくれた…………っ!」
それから声を上げて泣くサヤをなだめようとしたが、頭がぼうっとして上手く働かず、皆が駆けつけてくるまで成すすべなく泣きつかれたままになっていた……。
「……いや、ほんと一時はどうなるかと思ったぜ……」
ラシードが安堵の溜め息を吐いた。
「……そうですね。……本当に良かったです」
続けてマルシェが涙を拭きながら微笑む。
「くさびん、何かたべるか?」
ウィニがそう言ってポケットから干し肉を取り出し、僕の口に無理やり突っ込んできた。……むぐぐぐ。
もぐもぐしながらウィニを見る僕。いつもの仏頂面で僕が咀嚼するのをじっと見ていた。……返せって思ってたりして。
「……ウィニ?」
「ん。おかえり。くさびん」
しかしウィニはニコリと微笑んで手を引いた。
「……ただいま」
僕は少し照れくさくなって、苦笑気味に干し肉の味を噛み締めた。
その後、僕は皆に向かって頭を下げた。
「……ごめん。――心配かけてしまって」
「……いいのよ……。ただ、もうどこにも行かないでね……」
サヤが僕の胸に頭をくっ付けて呟くように言う。
「……うん。もう大丈夫だよ」
僕はそう言って、サヤの髪をそっと撫でたのだった……。
サヤのその様子に、他の仲間達は気持ちを汲んでくれたのか、部屋を出ていった。
残された僕とサヤはベッドに並んで腰掛けていた。
「……本当に大丈夫なの? まだ辛いなら……」
「……大丈夫、もう大丈夫だよ」
僕がサヤの頭を撫でながら言うと、サヤの目からまた涙があふれ出た……。
「……ずっと、心配していたの……。だって……クサビが戻ってこなかったんだもの……! 私……もうどうしたらいいのか……」
「……もう心配いらないよ。それに、サヤの声が聞こえたから僕は戻ってこれたんだ。……サヤ、ありがとう。僕を呼び戻してくれて」
僕の言葉を聞いたサヤは、顔を埋めて一層強く抱き着いてきて、しばらく肩を震わせて静かに泣いていた。
僕はそんなサヤの頭を宥めるように撫でていた……。
……しばらくそうした後、ようやく落ち着いたようでサヤが口を開いた。
「……もうクサビが居なくなったら、私生きていけないわ」
「……縁起でもないこと言わないでよ……」
――本当は、そうなる未来を僕は見た。
だけどそれは皆に伝えない。その未来は来ないから。……僕が必ず阻止するからだ……!
そしてサヤは僕の言葉に構わず言葉を紡ぎ続ける。
「……私、クサビが倒れてしまって、凄く後悔した……。もっと早く本当の気持ちを伝えておけばよかったって…………っ」
「…………サヤ……?」
……サヤの言わんとしている事は、随分前からわかってる。僕も同じ想いだったから……。
「世界が平和になるまではそんな場合じゃないって分かってる……。でも……その時クサビが居なくなってたらなんの意味もないじゃない……」
僕には使命があるからと、きっとサヤはその想いをずっと胸に秘めて伝えまいとしてきたんだね……。つくづく僕らは似たもの同士だね。
……でもサヤ。全然隠せてなかったよ。
それは……僕もか……。僕達は揃って隠すのが苦手なんだ。
そう思ったら、僕はつい含み笑いをしてしまった。
そんな僕の様子に、サヤは顔を上げて不思議そうな顔をした。
「な、なに笑ってんのよ……っ」
顔を上げたサヤは赤面しながら少し怒ったように睨む。照れ隠しが下手な幼馴染に、僕は……もう隠すのをやめた。
だから、そのままサヤを抱きしめて言った。
「……サヤ……僕はもう隠さないよ」
「……クサビ?」
「……僕の気持ちも、ちゃんと伝えたかった。今すぐに叶えられないとしても……いつか必ず叶えるよ。……サヤに幸せになってもらいたいからさ……」
サヤは目を丸くして驚いた後、顔を真っ赤に染めた。
「……な……なにを急に――」
「――好きだ。サヤ」
「……っ……!」
サヤは言葉も紡げないでいた……。
しばらくの沈黙の後、サヤは俯き、小さく呟いた。
「……ずるいわよ……」
「……?」
「……私が……先に言おうとしたのに……このバカクサビ…………好きよ」
サヤの言葉に、僕は胸が締め付けられたような気持ちになり、胸が熱くなって、そして幸福な気持ちが湧き上がった……!
「……そっか……。よかった…………」
僕は思わず泣きそうになるのを堪えながら呟いた。
ようやく互いの想いを確かめ合う事が出来た。また一つ負けられない理由が出来たんだ。
「……ねえ、クサビ」
「ん?」
サヤは僕の名前を呼ぶと体を起こし、僕と目線の高さを合わせてきた。そして僕の両頬に手を添えて言う。
「もう……隠さなくていいのよね……? ……私達、両思いになれたんだし……さっ」
サヤが照れているのか、頬を赤く染めながら聞いてくる。
「……そ、そうだね……?」
僕は内心照れながら頷く。サヤの眼差しがいつもと違うような気がして鼓動が跳ねた。
……サヤはそこで一瞬逡巡し、意を決したように目を瞑ると顔を近づけてきた……!
そして、僕の唇に自分の唇を――――!
「……んっ……」
――くっつけられた……!?
僕は驚きのあまり声が出せなかった……。
サヤの唇の感触が柔らかい息遣いが届いてドキドキするってかサヤが近い僕の心臓がヤバい死ぬ体が熱いくらくらする汗が出てきた――――なんかもうわかんない。
しばらくしてサヤは唇を離して、僕を見た。……その表情は、今までに見せたことのないような蕩け顔で、どこか蠱惑的にも見えた……。
僕は、そんなサヤの表情に釘付けになった……。
「……ふふっ! これからも、よろしくね?」
そう言って笑うサヤの顔は、今までよりも何倍も魅力的だった……。
「…………え、あっ……ハイっ」
僕は呆けたまま、ただ間抜けな返事をすることしかできなかった…………。