聖都でクサビ達と別れ、早くも2週間余りが経過した。
帝国領入りしてさらに北上し、遭遇する魔物を撃退しつつ帝都を目指した。
その旅の途中、弟子のウィニからクサビの報告を受けた時には、希望の灯が潰えたと愕然としたが、我はクサビが舞い戻ると信じ、我らは我らの成すべきを成す為進み続けた……。
その数日後、クサビの復帰の報が舞い込んだ時には、我も思わず歓喜の感情を発露させてしまったものだが、それも無理からぬ事だ。
希望は潰えてはいなかった。ならば我らもなんとしても務めを果たさねばな。
そんな一喜一憂の末に我らは現在、帝国領でも帝都の次に栄えた都市『アドヘルム』に辿り着き、そこの冒険者ギルドを訪れていた。
周辺の情報の入手が目的である。
帝国領に入りここに至るまでに立ち寄った村や街で、魔物の襲撃の跡が見受けられた所が多かったのもあり、魔物が多く潜んでいる可能性は高まった。
もはや帝国中に安全な場所はないのではないか。そう思える程には被害の大きさが際立つのだ。
こちらもうかうかしては居られない。
この街で周辺の状況を仕入れた後、すぐに帝都へ向かった方がいいだろう。
ところが、そこで想定外の事象に遭遇した。
冒険者ギルドアドヘルム支部の受付で我が素性を開示すると、受付の者が突然カウンターの奥に引っ込み、そして人を連れて戻って来たのだ。
出で立ちや立ち振る舞いからして、ここのギルドマスターだろう。
「チギリ・ヤブサメ。そして東方部族連合元首の方々、よく来た。其方の目的は帝都より聞き及んでいるぞ」
どうやら我の事情も把握済みのようだ。
ファーザニア共和国大統領リリィベル・ウィンセスが、既に帝国に我が大願である、冒険者による魔族への反攻勢力の発足の打診していた成果だ。
「それは話が早くて助かるところだな」
そう言うと目の前のギルドマスターは、我らを執務室へと促し、それに従った。
「挨拶が遅れたな。儂はここのギルドマスター『ベルツ・ライオネル』と申す。かの奔放の魔術師殿と言葉を交わせる事、光栄に思うぞ」
執務室で椅子に腰かけたギルドマスターは自身を名乗る。
獅子の特徴が色濃く反映した獣人族だ。
雄々しくも焦げ茶色の美しい毛並みの獅子のたてがみ、口に納まりきらぬ程に伸びた鋭い牙、獣人の男性によくみられる獰猛な眼光は、間違いなく歴戦の戦士の風格を漂わせていた。
獣人族は主に東方部族連合に多いが、小さな獣人の集落は世界の各地に散っているそうだ。ベルツの獣人種である『獅哮族(しこうぞく)』は帝国領北西部に居を構えた、戦士の部族だ。
「お初にお目にかかる。……とは言え、こちらの名乗りは不要のようだ。我らは帝都に急ぐ身故、さっそく用件をお伺いしたいのだが」
我は早々に本題に入るよう誘導した。
するとどうやらベルツもそのつもりだったらしく、大きく頷いていた。
「うむ。事は急を要するのも重々承知。しかし帝都からの報せには足を止めざるを得まい?」
ベルツの低音の声が空気を震わせる。
「帝都から……。ぜひお聞かせくださいまし」
我の隣に座るアスカが外交の気配を強くして居住まいを正すと、我らもそれに倣う。そしてベルツは語り始めた――。
「――なるほど。それは我らにとって僥倖だよ」
「うむ。我らが皇帝『ヴァレンド・リムデルタ』が承認した、正式な回答だ」
ベルツより齎された報せ、それは我らが皇帝に謁見の際に提示する内容の、回答そのものであった。
つまりは、皇帝は冒険者による反攻勢力発足に協力する。ということだ。
「……東方部族連合より端を発し、ファーザニア共和国、サリア神聖王国との連携は既に形を成している。ならば帝国がその話に乗らぬなどあろうはずがない」
その通りだ。我らとて帝国がこの状態で難色を示すとは考えていなかった。実際問題、あとは本格的な発足に向けて動き出す為、皇帝と話のすり合わせが必要だっただけなのだ。
大願の大筋は出来上がっている。
あとは各国の為政者達で話し合いをする必要があるだろう。
「帝国側の迅速な対応に感謝するよ」
我は深く頭を下げて感謝を示し、皆それぞれがそれに続いた。
「皇帝はすでに伝書鳩にて各国に勢力発足への参加を打診し、其方達の来訪を待っている。そのつもりで向かうといい」
「心強いですわ! ……改めて皇帝陛下の迅速なご判断に感謝申し上げますわ」
「まこと、忝い」
「よっしゃ! これで帝都に向かえば万事上手く行きそうだなァ!」
「こちらからも帝都に連絡しておこう。道中、魔物の遭遇には注意なされよ」
そう言うとベルツは一礼し、我らは相槌を打って席を立った。
その後我らはギルドを後にし、手分けして情報収集と補給を済ませた。
周辺では魔物の被害が増大しており、街の防衛の為、常駐する帝国兵が対応に追われているようだ。最前線への援軍にかなりの戦力が向かってしまい、多発する魔物の被害に対処しきれていないのが現状だ。
もちろんそれには周辺の冒険者も依頼そして対応しているが、人手が足りないのだ。
大願が形を成した今、これから世界中の冒険者に向けて、4大国家の支援のもと依頼が発行され、世界中の冒険者が動き出すだろう。
冒険者パーティは一小隊として、他の小隊と連携していくことになる。
国家の後ろ盾を得る事が出来れば、依頼の為の支援、例えば精霊具などを惜しみなく活用できる。そうすれば今まで伸び悩んでいた有望な冒険者達の実力が、戦場で開花するかもしれん。
だがそれも我らが無事に帝都に辿り着き、全冒険者に向けて勢力発足を宣言しなければ始まらない。
それに我らのもう一つの役目である、勇者の囮もだ。我ら自身が戦場で獅子奮迅の活躍をして、魔族の目をこちらに向けさせなければならない。
クサビの解放の神剣に力が戻れば、魔王を討伐する希望が生まれるのだ。
我らはその為の時間稼ぎだ。
……たとえ戦場で誰が倒れようとも、その時間は稼がねば――――
……ふう、と我は宿の部屋でひとつ、息を吐く。
明朝、帝都に向けて出発となる。魔物の妨害がなければ街道を北上して1週間と少しと言った距離か。
これからだ。正念場はここからなのだ。
と、我は静かに意気を高めて、窓から望む空を見上げる。
微かに朧気な月が淡く光を放ち、帝国の大地を照らしていた。