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Ep.276 邂逅の地へ、再び

 アランさん率いる第5騎士団の艦が中央孤島に進路を取ってから5日。

 僕達は再び中央孤島の地を踏みしめていた。


 島の中心部の近くに新たな拠点を築いた僕達は、そこで一晩を明かした。


 そして明朝、試練の時と同じ時間に、時の祖精霊の領域へと向かった。

 今度は僕だけではない。希望の黎明全員で行くんだ。



「たしか、この辺だったよな……」


 僕達は時の領域の境目までやってきた。

 目の前には周囲と変わらず深い森が続いている。


 どうやら時の領域へは、精霊の許可がないと入れないみたいだ。

 時の領域を調査しようとした騎士達は、この先を進めども進めども一向に辿り着けなかったのだ。


 ……僕達は招かれるだろうか。

 そんな杞憂を孕みながら、一歩を踏み出した。




 ……そして周囲の気配が一変する。


 風に靡く草花の揺れる音も、鳥の鳴き声も、その一切が切り離された。

 真っ白な景色に佇む真新しい遺跡がそこにあった。


 紛れもなく、ここは時の祖精霊の領域だ。


「……どうやら入る許可は頂けたみたいですね」

「うん。……先へ進もう」


 僕達は頷き、意を決して遺跡の中へ進んでいった。



 遺跡の中へと進み、神殿の通路を歩く。

 僕達の足音がよく響き渡り、そのまま宝玉を奉る祭壇へ。



「……よもや戻って来られようとはな」


 何処からともなく声が響いた。辺りを見渡す仲間達。僕は祭壇の先を一点に見つめていた。


 すると、僕の視界の先に光が集まり始め、それは人の形を成した。

 宙に浮かびながら、眩い光を纏った女性がやや目を開いて、驚いた様子で僕を見下ろしていた。


「――時の祖精霊様」

「蒼空の髪の少年よ、勇者の血を受け継ぎし今代の勇者、クサビ・ヒモロギよ。汝の心の強さ、しかと見せてもらった」


 時の祖精霊は凛々しい眼差しを僕に向ける。それに僕は首を振る。


「僕一人ではとても乗り越えられませんでした。でも、皆が居たから……戻って来れたんです! ……時の祖精霊様、僕は……試練を乗り越えられたのでしょうか……?」


 僕は真剣な表情で時の祖精霊を見つめた。

 無表情のまま僕を見つめる時の祖精霊は、ゆっくりと目を閉じると、目を拓くと共に笑みを浮かべて優し気な光を放った。


 それは、まるで全てを包み込むような穏やかの笑みだった。

 絶望の淵に叩き落とした張本人は、それすらも掬い上げて優しく抱擁するように祝福の光を僕達に注いでいた。

 暖かで穏やかな光。それは日向のようで、どこか懐かしく感じた。


 自分の中で張り詰めていた心が溶かされていく。



「無論、汝は我が試練を乗り越えた。今のはそのほんの祝い。汝らの心に巣食う負の感情を、排除してやったのだ」


 確かになんだかまったりとした気分だ。例えるならこれは、快適な場所でのんびり日向ぼっこをしているような感じに似ている。

 仲間達もそれを実感しているようで、その表情は開放感を噛み締めていた。


 試練を乗り越える事ができたのだ。

 ……だがなんだか実感が湧かない。太陽のような光を浴びたからか、頭がほわほわとするのだ。


「少し褒美が過ぎたか? まあ良い」


 時の祖精霊は苦笑すると、宙に浮いていた足を地につけて、僕の前に立った。


「試練を乗り越えし汝との約束だ。我は汝らに協力し、その心の強さに託そう。……過去に、送ろうではないか」

「あ、ありがとうございます!」


 僕はようやく頭が冴えてくると、時の祖精霊に頭を下げた。

 サヤ達もさっきまでふやけた顔をしていたが、我に返ったようで僕に続いた。

 ウィニだけは地面に丸まって眠ってしまいそうだけど……。

 怒られないか心配だ。



「時の祖精霊様、すぐに過去に運んで頂けるんですか?」


 サヤが一歩前に出て僕の隣に並び、口を開いた。


「いや、時を司る我といえど、今この場で過去に飛ばすことは出来ん」


 時の祖精霊は首を振る。そして言葉はさらに紡がれた。


「我とて時を遡る魔術には時間を要するだろう。そして膨大な魔力が必要となる。汝らにも手伝ってもらわねばならぬが、外の者らを以てしても、それでも足りん」

「私達全員の魔力でも不足なのですか……」

「そうだ」


 時の祖精霊はマルシェの言葉を肯定する。

 過去に行くためには、魔力を供給できるくらいの人員が必要だという事だった。さすがに簡単には過去には送れないか……。


 それに、過去に移動するにあたって、僕にはもう一つ気掛かりな事がある……。


「――そういうわけだ。我も術の準備に取り掛かる故、その間汝らは魔力の不足を補うが良い」

「わ、わかりました!」



 ひとまず、話はこれで終わりだ。

 時の祖精霊が時間転移の魔術の準備に取り掛かっている間、僕達はなんとかして魔力を補わなければならない。その解決に動くことになる。


 時の祖精霊の術の準備は、現世での時間でおよそ3日を要するという。

 その間になんとかしないと。時間はあまりないぞ……。



「……では時の祖精霊様、今回はこれで失礼します」


 話も終わり、そろそろ戻ろうとした時、僕の背に静止の声が掛かった。


「――待て。……クサビ・ヒモロギよ、汝はしばし残るがよい。話がある」

「クサビだけ……? 時の祖精霊様、私も一緒に――」

「――ならん。これは勇者にのみ告げる。だが、その話を勇者が伝えるかは勇者の自由だがな」


 きっぱりと否定されてもなお、サヤが心配そうな顔で僕を見て引き下がらない。

 また離れたらと思うと不安なのだと、その顔が物語っていた。


 だから僕はサヤに微笑んで、今回は大丈夫だと頷いた。

 今度ばかりは一人にはならない。サヤを一人にはさせない。


 だから信じて先に戻っていて欲しい。そんな思いを込めてサヤに眼差しを向けた。


「…………わかったわ。じゃあ、外で待っているわね」

「うん。すぐに行くよ」


 サヤが儚げに微笑むと、名残惜しそうに仲間達と戻っていった。

 そして僕は時の祖精霊に振り向いた。



「あの、お話とはなんでしょうか……?」


 僕は恐る恐る尋ねる。

 時の祖精霊は真剣な表情で僕を見据えると、その口を開いた。


「汝には言っておかねばならない事がある。過去に転移する際の話だ」

「…………はい」


 ……時の祖精霊から何が語られるのか。そして僕も訊ねたいことがある。

 僕は真っすぐに見据えて、時の祖精霊の言葉を待つのだった。

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