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Ep.281 Side.C 黎明に立つ

 そして翌日。


 我らは、皇帝と数名の側近がいる宮殿の会議室に集まった。

 ここでサリア神聖王国、ファーザニア共和国、東方部族連合、そしてリムデルタ帝国の首脳陣を交えた会合が行われる。


 やがて約束の刻となり、テーブルに備え付けられた精霊具『言霊返し』に魔力の反応が示された。

 遠方の同志からの通信である。それに伴い側近の一人が、備え付けられた拡声の為の精霊具を起動させた。これでこの場に居る者と遠方の二人にも会話が届く手筈だ。



「――御機嫌よう。聞こえますかしら? ヴァレンド陛下、並びに東方部族連合の御三方、そしてチギリ様」


 言霊返しから聞こえてくる声は、ファーザニア共和国大統領、リリィベル・ウィンセスのものだ。


「うむ。よく聞こえておるぞウィンセス大統領。ご無事で何よりだ」


「――余も参じた。壮健の様子に安堵したぞ、ヴァレンド殿、ウィンセス殿。チギリ殿らも無事に帝都に到着したようで何よりだ」


 そこにサリア神聖王国国王、ルドワイズ・サリアの声が部屋に響いた。


 これで役者は揃ったというわけだ。




「――ではこれより対魔族の新勢力創設会合を執り行う」


 皇帝が厳かに開会の宣言をする。



 そして会合は開催された。

 我が案を提示し、国家はそれを承認できるかなどの問答形式で進んでいく。


 冒険者による新勢力を発足させる前提として、冒険者の参加がまず求められるのは言わずもがなで、そのための取り決めを提示していった――――




 まず国から冒険者への支援として十分な額の報酬は当然として、ランクに関わらず参加可能とする。

 その際国軍と冒険者合同の作戦も有りうるものとする。


 ただし、冒険者の小隊はこちらで配置を振り分ける事とする。低ランクのパーティに最前線に送るのは悪手でしかないからだ。そういった彼らには、拠点の防衛や偵察を担ってもらう事になるだろう。


 そして冒険者には、国から武器や防具、場合によっては精霊具を供給する事とする。

 さらに作戦地域への移動の際の支援として資金を提供し、装備の修復や治療に掛かる費用を一部負担する事。

 これにより各地の冒険者の参加率を高め、集結の一助とするのだ。


 そして作戦に参加した冒険者には、戦術的行動を求める代わりに、名誉報酬としてあらゆる施設の利用に際して割引などの支援を行う。


 ここまで優遇すれば、冒険者からすればかなり魅力的な依頼に見えるだろう。国の負担は掛かるが、滅んでは意味が無い。存続の為に一肌脱いでもらおうではないか。


 作戦に参加した冒険者は、国軍と同等の情報を共有する事にする。魔族の動向や戦力、拠点の情報を相互に送り合う事で強固な連携体制を構築するのだ。


 そして冒険者による特殊部隊の結成だ。

 偵察、諜報、工作に特化した冒険者で編成し、魔族の同行を逐一把握し共有することを目的とする。

 場合によっては拠点への工作や奇襲、魔族の指揮官の抹殺など、それを可能とする腕利きを集めたいところだ。



 ――――これらの取り決めは各国の承認を経て、冒険者への声明と共に公表する運びとなった。


 ……これで冒険者による新勢力への参加が加速するだろう。


 そして各国首脳陣と我が方との協議の結果、新勢力設立への最大の課題が解決され、ここに具体的な形は成ったのだ。


 後は準備が整い次第、新勢力参加を促すのみだな。

 その準備は既に各地の冒険者ギルドへ通達され、支度が進められているはずだ。



「……さてと、それでは最後にチギリ殿よ。貴殿の弟子が魔王を倒す為に、過去への旅を望むというのは本当なのだな?」


「……はっ。魔王を討滅せねば、今以上に人類が蹂躙されていくでしょう。だからこそ勇者クサビは、過去に転移し、神剣の力を取り戻そうと考えているのです。我々は勇者の帰還まで持ちこたえなければなりません」


 皇帝からの確認の問いに、我は静かに頷き答える。



「よもや過去へ目を向けるとは……ルドワイズ王から聞かされた時には我が耳を疑ったわ。……うむ。なれば我ら人類の意地、魔族に見せるは今であろう」

「ええ。私も同感ですわ。共に手を取り合い抗いましょう」

「余も同意する。魔族に目にものを見せようぞ」


 各首脳陣の意志を共有し志の同調を実感する。



「……して、新勢力発足は成ったが、大事なことが決まっておらぬでござるな?」


 会合も一段落した頃、ふとナタクが口を開き我に視線を移した。


「……他に決定しなければならない事があったか?」

「……ああ〜。確かに大事な事ですわねっ」


 アスカがナタクに続く。

 我は思考し、二人の真意を図る。


「……なるほど。我らの新勢力の名称か」

「うむ。それを決めねば始まるまいよ」


 皇帝を含めたこの場の皆が我を見る。

 ……つまり我が名付けよと言う事か……。ふむ。


 冒険者のパーティを束ねた、クランの名前だ。

 魔族への反撃を示し、勇者の使命の一助となるべく我らは立つ。

 ならば、クサビのパーティからあの言葉を借りようか。



「……うむ。新勢力の名は『黎明軍』……というのは些か安直が過ぎたかな?」


 我を見る皆の表情に不服の色は見受けられない。


「うむ。悪く無い! 勇者クサビらと同じく『黎明』を担う存在としての意義を見い出した訳だな? うむ。悪くない名だ!」


 皇帝が顔を綻ばせて賛同すると、言霊返しの向こうからも同意の声が返り、アスカ達も頷いていた。


「よし、では形式的なものではあるが……――」


 そう言うと皇帝は居住まいを正し、真剣な眼差しで声を張り上げた。


「――リムデルタ帝国皇帝、ヴァレンド・リムデルタの名において、ここに『黎明軍』の新設を承認する!」


「――サリア神聖王国国王、ルドワイズ・サリアの名において、ここに『黎明軍』の新設を承認しよう」


「――ファーザニア共和国大統領、リリィベル・ウィンセスの名において、こちらに『黎明軍』の新設を承認致しますわ」


 3大国の元首がそれぞれ承認を表明する。


「――東方部族連合族長、アスカ・エルフィーネ」

「ラムザッド・アーガイル」

「ナタク・ホオズキ」

「「我らの名において『黎明軍』の新設を承認する」」


 感慨深い思いを抱きながら我は跪き、頭を垂れる。

 形式上とは言えど、やはり心に燃えるものを感じていたのだ。


 そして我は感謝と決意の言葉を紡ぐ。


「……我、チギリ・ヤブサメ、黎明軍を指揮し、人類に勝利を導く事をここに誓いましょう。――勇者と共に!」


 一同の拍手が部屋に響き渡る。

 これより人類の反撃が始まるのだ。そして、ここから勇者の代わりを務めるべく、戦いに身を投じていくことになる。



 こうして会合は閉幕し、我々は一時解散となった。

 黎明軍発足の公表の準備が整うまでは、あと数日の時を要する。

 我らはその間に弟子のもとへ向かわなければならない。


 幸い事情を把握していた皇帝は、転移の精霊具の使用の許可を出した。これで我らは一瞬でクサビ達のいる中央孤島へ向かうことが出来る。



 宮殿に宛てがわれた我らの部屋で転移の支度を整えた。

 そこへ転移の精霊具を持った皇帝の側近が訪れる。


「チギリ殿、こちらが往復分の精霊具です。ご無事の帰還を願っております」

「貴重な精霊具を二つも……。……感謝する」


 我は皇帝の側近に深く感謝の意を添えて礼をすると、側近は敬礼をして退室していった。


「……なァ。ほんとにクサビの所に転移できンのか? 行ったことねェ場所なンだろ?」

「ああ。その点は問題ない。我はクサビに『絆結びの衣』を渡しているからな。魔力を辿れば正確な位置が分かるだろう」


 以前、花の都ボリージャでクサビに餞別として渡した精霊具『絆結びの衣』が役に立つ。

 あれは魔力を込めると、我の持つ衣と対となるもう一方の衣の位置を知ることが出来るからな。

 強力な防具ともなるその衣をクサビが身に付けてさえいれば、例え未知の場所にいようとも、我々は転移が可能、というわけだ。


「チギリの英断ですわね!」

「全く。まさかこのような事になるとは思ってもいなかったがな……。しかし結果的にクサビに託して正解だったようだ」


 クサビに渡す際に何故これを渡したのか。正直理由としては、単なる祝いという意味で渡していただけだったのだが、このような場面で役立ってくれるとは。つくづく運命とは不思議なものだ。


 ともあれ、クサビと合流する為にこの精霊具を使う事と成ったわけだ。


「……それでは行くとしようか。クサビ達の待つ中央孤島へ」

「ええ!」

「うむ」

「おうッ!」


 我は気合を入れ直し、3人に声をかけると同時に転移を発動させる。

 その瞬間、眩い光が我らを呑み込み、一瞬の浮遊感が身体を包むのだった――――

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