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第百話 逆鱗の逆鉾


 鵺の歩みは一定で、一切影の巨神兵を警戒していないようだった。

 悠々とした歩みでこちらに向かってくる姿に違和感を覚えた。

 これでも影の巨神兵は私が呼び出せる中では最大の戦力。

 いくら鵺が強いといっても、ここまで警戒しないでいるのは不自然だった。


「やりなさい!」


 私は嫌な予感がしたので早めに指示を出す。

 鵺が何かを隠し持っているかはこれで判明するはずだ。


 鵺めがけて巨神兵が拳を振り下ろす。

 大地を揺るがすほどの衝撃が発生するはずだったが、それは起きなかった。

 一瞬、時が止まったかと錯覚した。

 巨神兵の拳は鵺には届かず、その手前で停止してしまっていた。

 そして私の視線の先で、一つの鉾が黄金に輝いている。

 なんだろう、あれ?


「確かにこの影の巨神兵とやらは強力だ。どこぞの神の一柱であることには変わりない。だが相性が悪かったな」


 鵺が笑った気がした。

 それを見て私は、鵺の言う相性があの鉾にあると確信した。

 異様な気配を放っている。

 強力な何かであることは間違いないはずなのだが、あまり現実感のない感覚。

 私はああいった物の存在を知らない。

 いままで出会ったことのないタイプの武器だ。


「その鉾はなんなの? なんで巨神兵は動かないの?」


 何度も別の命令を下したが、巨神兵はまるでフリーズしたかのように動かない。

 攻撃をはじくような武器であるなら、他の動作はするはずなのにそれすらさせてもらえない……。


「これか? 本当は妖狐対策の武器なのだが、おもしろいことにこいつにも効くのだな」


 妖狐対策?

 戦いの前にも言っていた。

 それがあの鉾?

 あんなのが妖狐に対して有利に働くとは思えないけど……。


「これはな小娘! 神性を帯びた存在に対しての特殊呪物だ。その名も逆鱗の逆鉾。神性が強ければ強いほどその動きと能力を制限する優れものだ」


 鵺は嬉しそうに説明する。

 まるでおもちゃを見せびらかす子どものようだ。


「影の巨神兵は神の一柱。だからその鉾の影響をもろに受けてるってこと?」

「その通りだ。頼みの綱である巨神兵は使い物にならない。呪力も空っぽ。さあ、どう戦う?」


 鵺は高笑いを始めた。

 すべてが自分の思い通りの展開になり高揚しているようだった。

 くやしいが本当に思い通りになってしまっているのは事実だ。

 巨神兵は封じられ、他の当主たちも満身創痍。切り札として温存していた妖狐対策を鵺は持っていた。

 客観的に見れば、見えている情報だけで見れば私たちに勝ち目はないだろう。

 しかし戦いとは見えている情報だけで決することはない。

 私にはまだ奥の手があるのだ。


「影薪、吸うよ」

「うん!」


 影薪と私は急いで地面に両手をつける。

 すると大地に染みわたっていた呪力たちが一斉に私たちの元に集まりだした。


「なるほど、最初の技で殺した妖魔たちの呪力を吸収しているのか。あれはただ殺していただけでなく、呪力を搾り取っていたわけか。つくづく人間離れした呪法だな」


 鵺は一目見て私のカラクリを見抜いてしまった。

 一体どっちが人間離れしてるんだか……。


「これで呪力は戻った。どうかしら? 少しは予定からズレた?」


 私は立ち上がって宣言してみる。

 とにかく鵺の余裕を打ち砕きたい。

 想定外の動きをしなければ勝てるわけもない。


「大して変わらんさ。小娘一人が戦えるようになったところで、最大戦力である影の巨神兵は動けない。お前の頼みの綱である妖狐もこの逆鉾の前では無力だ」

「誰が無力だって?」


 天から声がした。

 妖狐の声だ。

 私の真ん前に、妖狐が着地した。

 右手には先ほど殺したであろう妖魔の生首がぶら下がっていた。


「ずいぶんと妖魔たちを殺してくれたじゃないか。かつての同胞に対してなんら思うところはないのか?」


 鵺が妖狐の登場にも動じず問いかけた。

 かつての同胞、自分を慕っていたであろう妖魔たちに対して気持ちはないのかという問いだ。

 私もついつい妖狐の答えが気になってしまう。

 そう簡単に割り切れるものだろうか?


「ないな。ないのだよ鵺。俺は長らくこっちに囚われていたんだ。今の気持ちは人間界にある。それにかつての同胞にというのなら、それこそお前たちこそないのか? かつての王が平穏にこちらで暮したいと言っているのだぞ? 邪魔しないでおこうという配慮はないのか?」


 妖狐は冗談めかして言い返す。

 なるほど、そういう考え方もあるのかも。

 鵺は思わぬ返答に一瞬固まった。


「配慮? 配慮だと!? 長らく王の座を空席にしておきながら、我らにそこまで強いるつもりか! 身勝手なのもいい加減にしろ!」


 鵺はなんとか言い返す。

 怒りの感情が漏れ出ている。

 きっとこれが鵺の本心なのだ。

 長年妖狐のために命を張っていたのに、あっさりと人間側についた妖狐が許せない。


「身勝手か……。確かにそうかもしれない。だが俺はそれでも葵を選んだ。お前たちではない。葵はお前たちのように無益な殺生を楽しむような人間ではない。だから俺はこっちにいる。それは前回も伝えたな?」


 妖狐は確かに前の妖刻でも似たようなことを宣言していた。

 鵺は妖狐の言葉を聞いて黙ってしまった。

 黙ったまま妖狐と私を交互に睨む。


「問答は終いだ、かつての王よ」


 鵺はそう呟き、自身の背後に巨大な闇の渦を出現させた。


「俺とやる気か? 勝てるとでも?」

「勝てるとも、我にはこの逆鱗の逆鉾がある。妖狐は神霊に類する存在、巨神兵ほど完璧には御せなくても自由に動けると思うなよ!」


 鵺が叫んだと同時に妖狐が動く。

 一気に加速し、鵺の顔面を蹴り飛ばした。

 いや、蹴り飛ばすはずだった。

 巨神兵の時と同じだ。

 妖狐の蹴りは鵺の直前で停止した。


「自由に動けると思うなと言ったはずだぞ?」


 鵺はにやりと笑ったかと思うと、自身の背後に発生させた闇から黒い炎の塊を複数出現させた。


「死ね!」


 動きを止められた妖狐に向かって黒い炎が飛んでいく。


「呪法、月の影法師! 来たれ影の大蛇!」


 私は急いで準備していた式神を呼び出す。

 発生場所は私の前ではなく、妖狐の真横。

 黒い炎が妖狐に直撃する前に、影の大蛇は妖狐を絡み取り壁となる。

 黒い炎が大蛇に直撃するが、そこまでのダメージではない。


「小癪な!」


 鵺はさらに自身の背後の闇を広げ始めた。


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