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第百一話 私の本気


「こっちへ!」


 鵺がさらに黒い炎を発生させて襲いかかって来るが、私は大蛇をこちら側へ呼び戻す。

 大蛇は黒い炎を躱し、無事に私の隣にまで戻ってきた。


「妖狐、大丈夫?」


 大蛇が妖狐を解放する。

 珍しく不機嫌そうな表情のまま、妖狐は立ち上がった。


「めんどくさい鉾だな。なんだあれは」


 妖狐は体を伸ばす。

 まさか自分まで動きを制限されるとは思わなかったらしい。


「意外だったか? 逆鱗の逆鉾は神霊特化の呪具だ。お前は自分のことをもう少し知るべきだったな」


 鵺が余裕そうに言い放った。

 あれが妖狐対策。

 妖狐という存在は、場合によっては神霊の類に分類されることはある。

 だからこそあの呪具が効いてくるわけだ。


「やれやれだ。しかしあの程度で俺に勝てると思いあがられてもな」


 妖狐の声が低くなる。

 私は知っている。

 これは本気の時。


「妖狐待って!」


 私はとっさに妖狐を抱きしめた。

 それどころではないのは知っている。

 覚悟も決めているつもりだったのだが、やはりそう簡単には割り切れなかった。


「葵、仕方がないんだ。流石にコイツ相手に呪法なしは無理だ」


 妖狐は私が止めた理由が分かっている。

 これ以上の戦い、特に呪法、世界反転を使用すると今度こそ彼の記憶は……。


 分かってはいる。

 これは私たちだけの問題ではない。

 ここで私たちが負ければ人間世界は終わりを迎える。

 記憶がどうのなんて言っている場合ではない。

 だけど私は簡単には諦められないのだ。

 だから私は……。


「最後にチャンスを頂戴」

「チャンス? まさかお前が戦う気なのか?」


 妖狐は信じられないと言いたげだった。

 分からなくもない。

 前回の妖刻では、私は鵺相手に手も足も出なかったのだ。

 それは妖狐もよく知っていること。


「そうよ! 前とは違う結果にして見せるから。だから妖狐には見守っていて欲しいの」


 前回と違う点は二つ。

 一つは呪力が戻っていること。

 前の時はほとんどすっからかんの状態だったのだ。

 二つ目は妖狐の記憶がかかっているということ。


「だが俺が本気でやればこんな奴……」

「確かに妖狐が本気を出せば苦労しないのかもしれない。だけど、記憶がなくなるでしょう? しかも相手が強ければ強いほど、貴方の呪法、世界反転はその威力を増すことになる。そうなれば負荷は確実に高まる。今度こそ本当に私のことを忘れてしまうかもしれないじゃない!」


 私の圧力に妖狐が頭を抱える。

 自分が何を言っているかは分かっている。

 とんでもなく我儘で、時と場合を考えていないと言われればそれまでだ。

 だけど私は本気。

 本気で妖狐には全力を出して欲しくない。


「はあ……分かったよ。好きにやれ」


 妖狐は何かを諦めたようにため息を吐く。


「ありがとう妖狐」

「ただ危なくなったら有無を言わさず参戦するからな」


 私は感謝の気持ちで妖狐に抱き着く。

 力いっぱい抱きしめ、私は鵺のほうに視線を向ける。


「話は終わったか? どうであれお前たちの結末は変わらない」


 鵺はいまだ勝つ気のようだった。

 たとえ相手が妖狐でも、逆鱗の逆鉾で封じ込められると思っているようだ。


「そうね、結果は変わらない。お前の敗北でね」

「結局お前が戦うのか小娘。お前の巨神兵は動けないんだぞ? それ以外の式神で我に届くとでも?」


 鵺は自身の闇に絶対の自信を持っている。

 あの闇に包まれ、前回の妖刻では私の影たちは飲み込まれて消えていったのだ。


「別に巨神兵だけが武器ではないわ。いくよ、影薪」

「うん! 今度は私が覚悟を決める番だね」


 私と影薪はお互いの手を繋ぎ、呪力を練り上げる。


「呪法、月の影法師! 来たれ影の怪鳥!」


 私の頭上に無数の影が出現し、それぞれが体長二メートルほどの鳥の姿となる。

 影で覆われた表面からでは分からないが、その皮膚はダイヤモンドのように固く頑丈だ。


「行け!」


 私の指示の元、大蛇と怪鳥が同時に鵺に襲いかかる。

 これで倒せるわけはない。

 そんな楽観はしていない。

 これは隙を作るだけの動き。


「影薪、覚悟はいい?」

「葵こそ、覚悟を決めてよね」


 私たちはお互いの全身に呪力を循環させる。

 今までに取り入れたことがないほどに、呪力を体に満ちさせる。


「こんなもの! 我の影の前では無意味だ!」


 鵺は自身の背後に展開していた闇の領域を一気に広げた。

 闇から伸ばされた無数の闇の手が、怪鳥と大蛇を次々に握りつぶしていく。

 やはり勝てない。

 通常の式神では闇でかき消され、神霊の類である巨神兵では逆鱗の逆鉾に太刀打ちできない。


「無駄だ! お前の式神は我の闇にとってはただの薄暗い影でしかない!」


 鵺の言う通りだった。

 呪法の相性が悪すぎる。

 私の影はアイツの闇に敵わない。


「分かっているわよそんなの」


 そんなことは分かっている。

 だから今度は私たち自身が戦うのだ。


「呪法、月の影法師! 闘衣影装とういえいそう


 私と影薪が横並びに立つ。

 影薪は私と肩を並べるほどまでに背が伸びた。


「なんだそれは」


 鵺はあまりに予想外だったのか絶句している。

 予想外だろう。

 私もこんな手は使う気はなかったのだから。


「葵の視線ってけっこう高いんだね」

「なんか違和感があるわね」


 影薪と私の視線が絡み合う。

 影薪はなんだかんだ言って私の式神なのだ。

 当然ながら戦う姿というのも存在する。

 それがこの姿。

 成長し、大人の女性の姿となっている。


 スラリとした手足に、白いブラウスを着込み、黒いスキニーパンツを履いている。

 髪は影のように黒く風になびく。

 とてもさっきまでスモックを着ていたとは思えない風貌だった。


「違和感ってなにさ」

「アンタ、その姿を維持したら滅茶苦茶モテるわよきっと」

「やだよめんどくさい」


 どこか余裕すら醸し出している。

 なんだか少し負けた気分だ。


「小娘が成長したところでなんだというのだ」


 鵺が完全に馬鹿にしたように笑う。

 ああそっか、アイツには表面しか見えていないのか。


「私たちにまとわりついている影が見えていないみたいね」

「見えているさ。それがどうしたと聞いているのだ。我の力の前では些細なことだ」


 鵺の余裕は崩れない。

 だけど私たちもこのまま負ける気はない。

 私に何かあればきっと妖狐は助けてくれる。

 しかしそれをあてにしてはいられない。


「一度手合わせ願えるかしら?」


 私と影薪はゆっくりと前に歩き出した。





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