目次
ブックマーク
応援する
1
コメント
シェア
通報

第15話

――レイドルン近海


「ふあ〜」


 あまりの好天と暇さに眠気が襲いかかる。強い日差しではあるが、時折吹く冷たい風がやけに心地よい。


「またアホヅラを晒しておるのでござるか……」


 このサイゾウとかいう黒猫は本当に口が悪い。吾輩をなんだと思っているのか。


「ウツケでござろう。声が漏れておるでござる」


「また、それか。いい加減聞き飽きたわ。案外語彙力がないやつよ」


「またしても拙者を愚弄するか!もう勘弁ならん、成敗してくれる!」


「それはこちらのセリフだ!返り討ちにしてくれる!このゴザル猫!」


 如何に【隠忍自重のスティン】といえど、起こる時は起こるのだ。


  吾輩とサイゾウが臨戦態勢に入る。互いに出方を窺い、両者同時に飛びかかった、はずだった。


「ええい、リオン!またしても吾輩の首根っこを!」


「サスケ殿!離してくだされ!あのウツケ猫、いっぺん痛い目に合わせねば」


「はあ。君たち、よく飽きもせず毎日毎日喧嘩できるね」


 呆れ顔のリオンが吾輩を降ろす。サスケもリオンの言葉に頷いて、捕まえていたサイゾウを離した。


「またか。すみません、ユキムラさん」


 八世。吾輩は馬鹿にされた方だぞ。


「いやいや、これはこれで仲が良いのであろう」


「違うわ!」

「悪いでござる!」


「よしよし」


 ユキムラは両の手で吾輩とサイゾウの頭を撫でる。


「喧嘩の罰として、今日は晩飯抜きにするとしようか」


「おい!ふざけるな!食事しか楽しみがないのに、それを抜くなど動物虐待であるぞ」


「ふん、さもしい。拙者くらいになると飯のひとつやふたつ……」


 その時『くぅ〜』とサイゾウの腹が鳴る。


「ん?偉そうなことを言っていたわりには可愛らしい腹の虫が鳴いたな」


「おのれ!この恥辱、忘れぬぞ」


 吾輩とサイゾウが睨み合う。


「はい、終わり終わり。上陸後の作戦を決めないと」


 リオンが吾輩とサイゾウの間に入り、目線を塞ぐ。


「スティーブ殿に良い案があると」


 ユキムラが八世に尋ねた。


「良い案というか……」


 八世はレイドルンの地図を広げ、東側の海岸を指差した。


「この辺りに海食洞があります。この小船くらいならば隠せるでしょう。そしてここには僕の先祖が作った、僕しか知らない、僕しか開けられない隠れ家があります。そこを拠点に、レイドルン城へ入る方法を探しましょう」


「なるほど。しかし、そんな所にスティーブ殿しか知らない隠れ家があると?ご先祖様が作ったと?」


 ユキムラの瞳がキラリと光る。もうアタリは付いているのであろう。しかし普段からは想像がつかないほど、やたら鋭い時があるのがこの男だ。昼行灯とはこやつのような人物を言うのであろう。


「ええ。ここまで来たらもう隠し事はなしです。僕の本当の名は、スティン。スティン八世。英雄王スティンの子孫です」


 皆の顔色が変わる。「禁忌の名」「触れてはならぬ存在」「闇に穢れし統一王」「祟りし堕ちた英雄神」様々な呼び名で世界中のタブーであるのが吾輩スティンであるらしい。


 って、随分な呼び名ばかりであるな。吾輩は何もしていないし、ひとつも思い当たる節もないのだが。


「隠していてすみませんでした。もし参加を取りやめたいのなら、辞めて頂いて構いません。ただ、この作戦に関しては内密にしてもらいたい」


 八世が深く頭を下げる。


「スティン八世殿。我らヤマトの者は昔からそのような迷信は信じておらぬ。安心なされよ」


 ユキムラが告げ、サスケが頷く。サイゾウはアホウだからわかってはおるまい。


「姫が救えるなら、禁忌だろうがなんだろうが関係ない。利用するまでだ」


 と、リオン。


「難しいことはわからないけど、そんな強そうなのがいたら敵はビビるかもしれねえすね」


 ディーンの発言に、自然に笑いが沸き起こる。


「みんな、ありがとう。絶対にリーサ王女を救い、アルトリアのクーデターを止めてみせる。ただ僕には、英雄王のような優れた能力はないし、強大な魔法は使えない。みんなの力が必要なんだ。力を、力を貸してください」


「おう!」


 ひとりひとりが自然に右手を出し、それを重ね合わせて行く。


「さあ、八世様」


 マリッカの手に誘われ、最後に八世が右手を乗せた。


「ふふ。懐かしい光景だな。吾輩もあやつらとこうして結束を固めたのであったな」


 吾輩は、吾輩の時代の事を思い起こし、一粒の涙を落とした。



 夜の闇に乗じ、船を海食洞へと到着させた。それもひとえにサイゾウの能力のおかげである。


 サイゾウは風の吹く方向や匂い、そして異常に利く夜目で、月明かりしかない暗闇の海を迷うことなく海食洞へと導いたのだ。


 なかなかやりおる。まあ吾輩も匂いでわかってはいたがな。


 船を洞窟内に隠し、八世が魔法で扉を開ける。八世が魔法を使ったことに皆驚いた。


「これしか出来ないんですけどね……とりあえず中に入りましょう」


 暗闇へ向かう下り階段を、松明に火を灯して進んでいく。少し進むと小広間に出た。


「ここが英雄王スティンの隠し部屋です」


 皆が物珍しげに辺りを見回す。松明の灯りだけでも十分なほど、物は少ない。






この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?