「で、これがその人」
屋敷に帰ったらディサエルが夕飯の支度を済ませていた。買ってきたものを一緒に仕舞い(その時ディサエルが「魚食えたのか」と小さく漏らしたのは聞き逃さなかった)、それから夕飯を食べながらスーパーマーケットでの事をディサエルに話した。
「後ろ姿じゃ誰か分かんねえよ」
撮った写真を見せたが、これだけでは大した反応は得られなかった。
「魔力が黄色かったんだけど、そういう魔法使いに心当たりある?」
他の事を問うて、出掛ける前にディサエルが薄く切っていた人参の入ったサラダを食べた。どれだけの時間を掛ければこんなに薄く切れるようになるんだろう。
「それを聞かれても、似たような色の奴だって沢山いるからな」
「そっか……」
今夜のメインディッシュ、メリンバとかいう豚肉と野菜を一緒に炒めた料理――肉野菜炒めによく似ている――を二人してつっつく。
「そいつが誰にせよ、カルバスの部下か何かである事は間違いないだろう」
「やっぱりそう思う?」
「ああ。そうじゃなきゃオレを探してるなんて言わねえだろ」
「まぁ、そうだよね」
そうとしか考えようがない。
「学校以外の場所でも活動してるのなら、お前も出掛ける時は気をつけろよ。お前がオレを匿っていると奴らに知られれば、お前の身も危ない」
「……そんな危険なの?」
「いいか、あいつらにとってオレは倒すべき敵、魔王だ。お前は殺人事件の犯人を匿ってるようなものだ。バレればただでは済まないだろう」
「マジか……」
何て危ない人物を匿ってしまったんだ。
「あの、もしもの時は守ってくれたりとか……」
「オレだって魔力が無くて、自分一人で逃げるのに精いっぱいだったんだ。なるべく奴らに見つからないよう頑張ってくれ」
「そんなぁ……」
というか明日はその”奴ら”の一人に会いに行く訳なのだが……大丈夫だろうか。
「戦闘にはならないように何とかするさ」
そうは言われても。戦闘て。
「相手がカルバスじゃなければただの人間だ。今のオレには大した力は無いが、それでも神が人間に危害を加える事は基本的に禁止されてる」
「……基本的に?」
何だか引っ掛かる言い方だ。
「相手がオレを攻撃しない限りは、って事だ。それにオレだって首を捻れば死ぬ様な奴を相手にしても、何も面白くない」
「それは……私も見たくない」
グロテスクなものは苦手だ。
「だろ? それにオレは一度負けてる。だから戦闘は避けたい」
それもそうなのだが……。
「戦闘、戦闘って言うけど、そういう状況になる可能性でもあるの?」
「可能性はいつだってゼロじゃない。オレ達が戦いたくなくても、相手は戦いたいかもしれないだろ。だからその場合は、戦闘にならないように何とかする」
「……どうやって?」
ディサエルは唇の端を吊り上げた。
「オレが相手よりもずっと強いと信じるだけでいい」
「……?」
それがどう戦闘を避ける方法に繋がるのか全く分からず、私は首を傾げた。
「自分じゃ絶対に勝てないような相手に挑みたくはないだろ? だから、オレの魔王としての強さを相手に見せつけてやればいいんだ」
「なるほど?」
戦いの事はよく分からないが、さっきカルバスの手下と会った時だって、体格からして明らかに相手の方が強そうだった。おまけに普通の街中だと魔法を使いづらいのもあって、下手に抵抗できなかった。そのような状況をこちらが作ればいい、という事か。
「納得してもらえたようでなにより。それじゃあ、明日は頼んだぜ」
「いや頼んだぜと言われても」
しかしディサエルはもう聞く耳を持たず、メリンバをがっつき始めた。
(そう簡単に言われてもな……)
モヤモヤした気分を抱えながらも、私も残りのご飯を食べ始めた。