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第八話 異世界、行っちゃうのかよ?(六)

 俺のその台詞セリフを聞いて、四人の女の子たちは一瞬で固まった。「目が点になる」という言葉があるが、文字通りそんな感じである。まあ、それも無理はない。俺だって初めはそうだった。


「あー、補足するとだな。『伝説の勇者』ってのは例えでも何でもなくて、現実マジモンの話な」


 横から伍道がそう付け加えたものの、それでどこをどう納得しろというのか。もうちょっとマシなことを言えと俺が口にする前に、小虎が大声を上げて会議室の机に突っ伏した。


「竜司も伍道も、ふたりとも何言ってんの? もう! わけわかんない!」


 怒りか困惑か悲しみか。自分でも複雑な感情を抑えきれない小虎は、顔を伏せたまま泣き出した。昔から頭の切れる子ではあるが、それはあくまで常識の範囲内の話である。これまで家族のように親しくしてきた存在が、いきなりゲームの世界の住人だったなどと言われても、対処のしようがないというところだろう。


 小虎の嗚咽おえつのみでしばらく静寂が続いたが、それを破るようにチマキがポツリとつぶやいた。

「たしかに、わけわからへんけど……。でもウチ、竜ちゃんに限ってそういう冗談言うとは思えへん」


「そうっスね。考えてみれば、あのエルミヤさんって子も、なんだか不思議な女の子だったっス」

 チマキの言葉に、オガタが続く。


「ねえ、小虎トラちゃん。まずは、竜司さんと伍道さんのお話をちゃんと聞いてみよ?」

 幼なじみのゆたかちゃんの声を聞いて、小虎はゆっくりと顔を上げた。涙をぬぐって女の子たちとうなずき合うと、彼女は意を決して俺の方を向いた。


「わかった。私たち、真剣に聞くから。ホントのこと、ぜんぶ話して」


「ああ。みんな、とにかく冷静に聞いてくれ」


 俺は今までほとんどすることのなかった、自分の身の上から話しはじめた。二日酔いの頭痛は、いつの間にか消えていた。




「俺は天涯孤独の身の上で、故郷ふるさとや親兄弟の記憶が一切ない。物心つくかつかないうちから、いろんな養護施設をたらい回しにされてな。それが嫌になった俺は、十歳くらいのときに施設を飛び出して、気がつけばこの針棒組の厄介になっていた」


 俺は、会議室のあるこの針棒組の事務所オフィスを仰ぎ見た。あれから、さまざまな出来事があった。それこそ、こんなところでは言えないような血生臭いことも。


「――任侠の世界は、いわば俺が送ってきた人生そのものだ。いいとか悪いとかじゃなくてな。それが当たり前だった。縁もゆかりもないこの俺を、これまでわが子のように育ててくれた組長オヤジには、本当に感謝している」


 俺は、小虎の方を見ながらそう言った。彼女は自分の尊敬する父親・針猫はりまお権左ごんざを思い出して、大きくうなずいた。


「それが、この軍馬ぐんば竜司りゅうじという男だ。だが、その前は――」

「そこからは、俺が話そう」


 俺の言葉を、伍道が引き継いだ。


「ひと言で『異世界』と言っても、理解しようがないのはわかる。ましてや、それがゲームの世界とあっちゃあな」


 伍道は、小虎を見ながら穏やかに語りはじめる。小虎にとっても、伍道はもっとも信頼する針棒組の幹部の一人だ。


「だが、繰り返しになるが覚えていてほしいのは、どこかのだれかが作った『ドラゴンファンタジスタ』という世界が、別の次元にたしかに存在しているということだ。さらに言うと、その世界の住人は、自分たちが『ゲームの世界に生きている』ということを完全に理解しているということだな」


「そうなんや! 聞けば聞くほど、なんか不思議な話やねえ」


「人間以外の人種や魔物が当たり前に存在している、剣と魔法の世界。逆に言えば、それ以外はこっちの世界と大して変わらねえ。死んでしまったら、ほかのゲームのように生き返るということもできないしな」


「そうですね。『ドラファン』はハードでストイックなゲームです。そこが大好きなんですけど」


「竜司は、そのドラゴンファンタジスタの世界で『伝説の勇者』となるべく生まれてきた特別な存在だった。伝説の勇者は、もし世界が破滅の危機に陥った時、それを救うことができるかけがえのない希望なんだ」


「そうっスか! やっぱアンタ、すごいんスね! さすが、本官ジブンが見込んだだけのことはあるっス」


「いちおう子供のころは、その証となる『龍の聖痕』がたしかに背中にあったようなんだけどな……。任侠道に入ってから、上から昇り竜の刺青ホリモンを入れちまって、今は見えなくなったんだよ」


 俺は、今までに彼女たちには背中の昇り竜の刺青を見せたことはないと思うが、まあヤクザ者であることはすでに承知の上だし、話だけで問題ないだろう。龍の聖痕については、幼少の頃の話を伍道から聞くまでは、俺自身まったく知らなかったことだ。


「だが、竜司が伝説の勇者であることは間違いない。それは、ですでに証明済みだ」


「とあることって、なんスか?」

「まあ、それはいいじゃねえか」


 それはもちろん、エルミヤさんが伝説の勇者であるこの俺と神従契約を結び、戦闘奴隷となることに成功したことである。しかし、さすがにそれはこの場では言いづらいので、俺は適当にごまかした。


「ところでさ、そもそもなんだけど、どうしてその『伝説の勇者』である竜司が、ゲームじゃなくてこの世界にいるの?」

 うまく話を変えてくれた小虎に、俺はかぶりを振りながらながら答えた。


「それについては、この俺にも伍道にもまったくわからねえんだよ。ガキの頃に、何らかの理由で次元転移してきたらしい、ということしかな」


 さらに、伍道が話を続けた。

「ちなみに、俺はいなくなっちまった伝説の勇者の代わりに熟練魔導師マスターウィザードとして、とある異変からドラファンの世界を救おうとしたんだが――」


「異変って、なんなん?」


「大発生したオークやゴブリンの大軍を『焼夷弾魔法ファイアナパーム』で焼き払おうとしたんだが、ちょっとした手違いで国をひとつ燃やしちまった。それで裁判で有罪になって、こっちに追放されてきたというわけだ」


 軽く言っているが、伍道コイツ伍道コイツでかなりのことをやらかしている。それに、奴に課せられた罰は追放ではなく火山口に突き落とされる死刑だったはずだが、どうやらそこは伏せておくつもりらしい。


「伍道、どうしてそのこと黙ってたの?」


「それについては、お嬢や竜司には申し訳ねえ。こっちに来るときに杖を失って、ほとんど魔法を使えなくなっちまってね。素性を隠しつつ、雷門らいもん伍道ごどうという人間に成りすまして暮らしていたときに、偶然成長した竜司を見つけたんだ。それからは針棒組に入って、ずっと竜司コイツを見守っていたというわけだ」


「まあ、その状態でドラファンだ魔法だ勇者だなんて言われても、まともに信じられるわけねえしな」


「だが、最近になって事態は大きく変わった。『エルミヤさん』が現れたことだ」

 伍道は、長く伸びた自分の耳を触りながら言った。彼女と同じ、エルフの耳だ。


「あのも、俺と同じくドラファンの世界から次元転移してきた。ほとんど記憶を失ってな」


「そうだったんですね。エルミヤさん……」

 ゆたかちゃんには、父親がいない。エルミヤさんの境遇に、何か感じるものがあったのだろうか。


「エルミヤは、自分の実の父親である俺の顔すら覚えていなかった。彼女がなぜ転移してきたか理由がわからなかったから、とりあえず俺は自分の正体も明かさずに静観していたんだ」


「いろいろあって、竜司はエルミヤとともに針棒組の敵対勢力である泥縄組を壊滅させた。それにより、竜司の周りの世界の平和は保たれたということだ。竜司にとっては『大願成就』と言えるだろう。だが、今度はべつの異変が起こった」


「異変というのは……アレのことっスね!」


「そう、今この世界的に起こっているネット障害だ。ドラゴンファンタジスタのデータ上で巻き起こった魔物モンスターの大発生が、こっちの世界にもコンピュータウイルスとして悪影響を及ぼしていることが判明したんだ」


「モンスターって?」

「またオークとかゴブリンとかですか?」


「いや、そんなものとは次元が違う」


 雷門伍道、いや熟練魔導師マスターウィザードのゴドゥー・ライモンは確信を持って告げた。


竜の大嵐ドラゴンストームだ」




続く



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