俺たちは会議室を出て、針棒組の事務所の中にある駐車場にいた。
目の前にあるのは、日産・スカイラインの三代目にあたる4ドアセダン、通称「ハコスカ」。発売は一九六八年なので、もう軽く半世紀以上経過していることになる。動く
「それにしてもさ、物持ちがいいっていうのもさすがにホドがあるよね」
「でも、古いものを大事にするっていうのはステキだと思いますよ、私」
「ハッキリ言って、
「ほっといてくれ。俺はコイツが気に入ってんだからな。なあ、チマキ」
好き放題に言ってくれる彼女たちに、俺は俺なりに反論してみせた。何度も言うが、このハコスカは単なる移動手段ではなく、「走る
「ま、見た目だけはそうやろな。でも、中身はガチガチの
そう言って、この車の専属整備士である千石
「なあ、
「かなりの、っていったいどれくらいなん? 伍道さん」
「そうだな……時速八十八マイル、つまり時速百四十一・六キロだ」
「ひゃ、百四十ぅ? あのなあ伍道、そんなに出るわけねえだろ!」
「出せんことはないけど……」
「出るのかよ!」
俺は、チマキの返事に思わずツッコんだ。たしかにあの首都高バトルの時も、加速にニトロとか使ってはいたが。
「やろう思たら三百でも出るで? せやけど、どっちかっちゅうと走る場所のほうが問題やな。レース場ちゃうんやから、普通に事故んで?」
「走らせる場所については大丈夫だ。俺に考えがある」
「それより、なんでそんなに出す必要があるんだよ?」
「いいか竜司、大人数を乗せた車が次元を飛び越えるにゃあ、それなりのスピードが必要なんだよ」
伍道は懐から電卓を取り出し、キーを叩きながら説明をはじめた。
「俺の計算では、時速百四十一・六キロ。それを超えた瞬間に
その計算、
「本当は、ホバークラフトで空中を飛んでくれると、対向車を気にせず走れるんだがな」
やはり、観てるなこれは。しかも、続編の「パート2」もだ。
「それにしても、この車単独でそのスピードが出せると聞いて安心したぜ。最悪、新幹線とかに後ろから押してもらうことも考えたんだが……」
おいおい「パート3」もかよ。どうやらコイツ、三部作コンプしてやがる。
「とにかく、善は急げだ。みんな、さっそく乗り込んでくれ」
伍道はそう言って、俺たちに乗車を促した。俺は、一抹の不安を抱かずにはいられなかった。
東京の街は、ネット不通による大混乱が交通網にまで影響しているようだ。大渋滞の一般道をなんとか越えて、俺たちは首都高の
「パソコン、いま接続できました! 竜司さん、聞こえますか?」
カーナビのモニターに、手を振る
「ああ、大丈夫だ」
「よし、どうやら声と画像はちゃんと通じてるな。このカーナビは急ごしらえだが、ドラファンの次元とも交信できる優れものだ。信頼してくれていい」
「ねえ、ちょっと伍道?」
「へい、なんすかお嬢?」
「さっきから気になってたんだけど、なんであんたはついてこないの?」
「いやあ、ついていきたいのはやまやまなんですが、俺にも今回の計画で『大局的に見て指示を出す』っていう重要な役割がありまして……」
よくわからないことを言っているが、ようするに自分は向こうの世界では極悪人の死刑囚なので、下手に戻って捕まりたくないというのが本音だろう。そのあたりを、小虎たちに説明しているヒマもないことだし。
「でもそれだと、いったい誰が次元転移魔法とやらをかけるんスか?」
「いい質問だ、尾形ちゃん。すまねえがお嬢、ちょいとグローブボックスを開けておくんなせえ」
助手席に座っている小虎がダッシュボードの扉を開くと、中からなにやら箱が出てきた。箱の中身は
――――なんと、少女の人形だった。
「なんスかこれ? 着せ替え人形みたいスけど」
「このコ、
「伍道! これってもしかして……妖精さん?」
「おお! さすがお嬢、ご名答。そいつは自分が苦労して、こっちの世界で見つけた妖精なんでさあ」
よく見ると、この妖精は小さな寝息を立てている。どうやらちゃんと生きていて、ぐっすり寝ているらしい。
Zzz…… Zzz…… Zzz……
伍道は、小虎に妖精を起こすように告げた。小虎は恐る恐る、指で妖精の顔にそっと触れてみた。
「……ん、んう〜ん……」
「お、目を覚ましたようだぞ」
「……あ、アンタたちがゴドゥーの仲間の探索者? 私、
「レベリル? 探索者?」
「私さあ、次元の歪みに引っかかって、こっちの世界に放り出されてたのよ。おまけに魔力も失っちゃって、ずいぶん苦労したんだから。でも、住んでみればこっちの世界もまあまあ食べ物もおいしいし、居心地もそんなに悪くないと思ってたんだけどさ。でも、さすがに何十年も帰らないのはマズいわよね。私にもいちおう、
「お、おう……」
レベリルと名乗った妖精は、急にまくし立てるように話しはじめた。
「で、つい最近ゴドゥーに会ってさ。帰るための魔力を分けてくれる代わりに、アンタたちを向こうに連れてってほしいって頼まれたのよ。まあ、
「なあレベリル。その男が、かの『伝説の勇者』だぜ?」
カーナビ画面から聞こえた伍道の言葉を聞いて、妖精は驚いて声を上げた。
「えっ、ホント? 勇者さまなの? すっごーい! 私も長年
「わかったわかった。無事に着いたらな。……で、これからどうすんだ? 伍道」
「さっきの通りだ。百四十キロ以上出せる直線は、ここいらじゃ首都高しかねえ」
「でも、今はネット障害の影響で、高速道路は全面通行止やで。どないするん?」
そんな会話を聞いて、何かに気がついた小虎が言った。
「ちょっと待って、伍道。まさか…………首都高の入口を強行突破しろっての?」
「申し訳ねえが、それしかねえ」
それが、伍道の立てた作戦だった。
「だがなあ…………」
俺たちの視線は、後部座席に座っているオガタに注がれた。そもそも現役警察官を乗せた車が、よりによって封鎖中の首都高になだれ込んでいいのか?
「き、緊急事態っス。背に腹は代えられないっス!」
「いいのか、オガタ?」
「すまねえな、尾形ちゃん」
「
俺はエンジンを始動させると、タイヤをキュン! と鳴らしてハコスカを走らせはじめた。助手席には
「竜司さん、みなさん、がんばってください! 伍道さんと一緒に、私ここから応援してます!」
カーナビのリモート画面から、前園
バキィッ!
入口を塞いでいたETCのバーをぶち折り、首都高へと侵入したハコスカ。すぐそばに待機していたパトカーが、大慌てでサイレンを鳴らして追ってくる。ああ、これでもし捕まれば、俺の
「行くぜ、レベリル! もうすぐ百四十キロ超えるぞ!」
「オッケー! いっくよー! ――――
ハコスカは後輪の後ろに二本の盛大な炎の帯を残し、首都高から消えた。
第九話に続く