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第八話 異世界、行っちゃうのかよ?(八)

 俺たちは会議室を出て、針棒組の事務所の中にある駐車場にいた。


 目の前にあるのは、日産・スカイラインの三代目にあたる4ドアセダン、通称「ハコスカ」。発売は一九六八年なので、もう軽く半世紀以上経過していることになる。動く云々うんぬん以前に、そもそも存在していること自体が奇跡的な骨董品アンティークだ。


「それにしてもさ、物持ちがいいっていうのもさすがにホドがあるよね」

「でも、古いものを大事にするっていうのはステキだと思いますよ、私」

「ハッキリ言って、旧式車クラシック年代物ヴィンテージを通り越して、ほとんど化石っス!」


「ほっといてくれ。俺はコイツが気に入ってんだからな。なあ、チマキ」

 好き放題に言ってくれる彼女たちに、俺は俺なりに反論してみせた。何度も言うが、このハコスカは単なる移動手段ではなく、「走るよろこび」を感じさせてくれる得難い相棒なのだ。


「ま、見た目だけはそうやろな。でも、中身はガチガチの改造車モンスターやで!」

 そう言って、この車の専属整備士である千石粽子チマキは大きく胸を張った。なにしろこのハコスカには、走り屋仕様のラリーカーと首都高で競争バトルして勝っているという実績がある。そして、それを作り上げたのは誰あろう彼女だ。


「なあ、粽子チマキちゃんよ。となるとコイツは、かなりのスピードが出るって考えていいのかい?」


「かなりの、っていったいどれくらいなん? 伍道さん」


「そうだな……時速八十八マイル、つまり時速百四十一・六キロだ」


「ひゃ、百四十ぅ? あのなあ伍道、そんなに出るわけねえだろ!」


「出せんことはないけど……」


「出るのかよ!」

 俺は、チマキの返事に思わずツッコんだ。たしかにあの首都高バトルの時も、加速にニトロとか使ってはいたが。


「やろう思たら三百でも出るで? せやけど、どっちかっちゅうと走る場所のほうが問題やな。レース場ちゃうんやから、普通に事故んで?」


「走らせる場所については大丈夫だ。俺に考えがある」


「それより、なんでそんなに出す必要があるんだよ?」


「いいか竜司、大人数を乗せた車が次元を飛び越えるにゃあ、それなりのスピードが必要なんだよ」

 伍道は懐から電卓を取り出し、キーを叩きながら説明をはじめた。


「俺の計算では、時速百四十一・六キロ。それを超えた瞬間に次元転移魔法リディメンションをかければ、理論上間違いなくドラゴンファンタジスタの世界にたどり着けるはずだ」


 その計算、本当マジか? テレビのロードショー番組で再放送していた、市販車をタイムマシンに改造して時空を超える大人気映画が俺の脳裏に浮かんだ。まさか伍道コイツも、あれを観て影響されたクチじゃねえだろうな?


「本当は、ホバークラフトで空中を飛んでくれると、対向車を気にせず走れるんだがな」


 やはり、観てるなこれは。しかも、続編の「パート2」もだ。


「それにしても、この車単独でそのスピードが出せると聞いて安心したぜ。最悪、新幹線とかに後ろから押してもらうことも考えたんだが……」


 おいおい「パート3」もかよ。どうやらコイツ、三部作コンプしてやがる。


「とにかく、善は急げだ。みんな、さっそく乗り込んでくれ」


 伍道はそう言って、俺たちに乗車を促した。俺は、一抹の不安を抱かずにはいられなかった。




 東京の街は、ネット不通による大混乱が交通網にまで影響しているようだ。大渋滞の一般道をなんとか越えて、俺たちは首都高の入口インター近くにあるコンビニの駐車場に車を停めた。ダッシュボードに後付けしたカーナビの画面を介して、俺は針棒組の事務所内にいるゆたかちゃんや伍道と話をした。


「パソコン、いま接続できました! 竜司さん、聞こえますか?」

 カーナビのモニターに、手を振るゆたかちゃんの姿が見える。


「ああ、大丈夫だ」


「よし、どうやら声と画像はちゃんと通じてるな。このカーナビは急ごしらえだが、ドラファンの次元とも交信できる優れものだ。信頼してくれていい」


「ねえ、ちょっと伍道?」


「へい、なんすかお嬢?」


「さっきから気になってたんだけど、なんであんたはついてこないの?」


「いやあ、ついていきたいのはやまやまなんですが、俺にも今回の計画で『大局的に見て指示を出す』っていう重要な役割がありまして……」


 よくわからないことを言っているが、ようするに自分は向こうの世界では極悪人の死刑囚なので、下手に戻って捕まりたくないというのが本音だろう。そのあたりを、小虎たちに説明しているヒマもないことだし。


「でもそれだと、いったい誰が次元転移魔法とやらをかけるんスか?」


「いい質問だ、尾形ちゃん。すまねえがお嬢、ちょいとグローブボックスを開けておくんなせえ」


 助手席に座っている小虎がダッシュボードの扉を開くと、中からなにやら箱が出てきた。箱の中身は

――――なんと、少女の人形だった。


「なんスかこれ? 着せ替え人形みたいスけど」

「このコ、はね生えてるやん! かわええなあ~」

「伍道! これってもしかして……妖精さん?」


「おお! さすがお嬢、ご名答。そいつは自分が苦労して、こっちの世界で見つけた妖精なんでさあ」


 よく見ると、この妖精は小さな寝息を立てている。どうやらちゃんと生きていて、ぐっすり寝ているらしい。


 Zzz…… Zzz…… Zzz……


 伍道は、小虎に妖精を起こすように告げた。小虎は恐る恐る、指で妖精の顔にそっと触れてみた。 


「……ん、んう〜ん……」


「お、目を覚ましたようだぞ」



「……あ、アンタたちがゴドゥーの仲間の探索者? 私、妖精フェアリーのレベリルよ」


「レベリル? 探索者?」


「私さあ、次元の歪みに引っかかって、こっちの世界に放り出されてたのよ。おまけに魔力も失っちゃって、ずいぶん苦労したんだから。でも、住んでみればこっちの世界もまあまあ食べ物もおいしいし、居心地もそんなに悪くないと思ってたんだけどさ。でも、さすがに何十年も帰らないのはマズいわよね。私にもいちおう、妖精フェアリーとしての務めってもんがあるし」


「お、おう……」

 レベリルと名乗った妖精は、急にまくし立てるように話しはじめた。


「で、つい最近ゴドゥーに会ってさ。帰るための魔力を分けてくれる代わりに、アンタたちを向こうに連れてってほしいって頼まれたのよ。まあ、熟練魔導師マスターウィザードのお願いを無碍むげに扱うわけにもいかないしね。この際だし、快く引き受けてあげたってわけ。あ、ちなみに『レベリル』っていうのは私個人の名前じゃなくて、妖精フェアリーの種族名だからね」


「なあレベリル。その男が、かの『伝説の勇者』だぜ?」

 カーナビ画面から聞こえた伍道の言葉を聞いて、妖精は驚いて声を上げた。


「えっ、ホント? 勇者さまなの? すっごーい! 私も長年妖精フェアリーやってるけど、本物の伝説の勇者って見るの初めてだわ! ねえ、お名前なんておっしゃるの? ……グンバリュージ? ほおーん、やっぱり勇者さまって威厳がある名前なのねえ。ねえ、あとでサインちょうだいね! 故郷のアリアスティーンに帰ったら、伝説の勇者に会ったってみんなに自慢したいの」


「わかったわかった。無事に着いたらな。……で、これからどうすんだ? 伍道」


「さっきの通りだ。百四十キロ以上出せる直線は、ここいらじゃ首都高しかねえ」


「でも、今はネット障害の影響で、高速道路は全面通行止やで。どないするん?」


 そんな会話を聞いて、何かに気がついた小虎が言った。

「ちょっと待って、伍道。まさか…………首都高の入口を強行突破しろっての?」


「申し訳ねえが、それしかねえ」

 それが、伍道の立てた作戦だった。


「だがなあ…………」

 俺たちの視線は、後部座席に座っているオガタに注がれた。そもそも現役警察官を乗せた車が、よりによって封鎖中の首都高になだれ込んでいいのか?


「き、緊急事態っス。背に腹は代えられないっス!」


「いいのか、オガタ?」

「すまねえな、尾形ちゃん」


本官ジブンは、もう覚悟を決めたっス。世界を救うためっス。グンバリュージ…………行っけえーーーーっス!」


 俺はエンジンを始動させると、タイヤをキュン! と鳴らしてハコスカを走らせはじめた。助手席には針猫はりまお小虎、後部座席には尾形向日葵ひまわりと千石粽子チマキ。そして俺プラス妖精のレベリルを乗せ、車は猛スピードで首都高の入口インターに向かっていった。


「竜司さん、みなさん、がんばってください! 伍道さんと一緒に、私ここから応援してます!」

 カーナビのリモート画面から、前園ゆたかちゃんの声が聞こえてくる。



バキィッ!


 入口を塞いでいたETCのバーをぶち折り、首都高へと侵入したハコスカ。すぐそばに待機していたパトカーが、大慌てでサイレンを鳴らして追ってくる。ああ、これでもし捕まれば、俺の無違反ゴールド免許生活も終了か。


「行くぜ、レベリル! もうすぐ百四十キロ超えるぞ!」


「オッケー! いっくよー! ――――次元転移魔法リディメンション!」



 ハコスカは後輪の後ろに二本の盛大な炎の帯を残し、首都高から消えた。




第九話に続く



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