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第21話 三バカ



 北東にある廃屋付近にいるはずの男が、どうしてここに……と訊くほど冷静ではなかった左近之丞が、まずは烈火のごとく怒りだした。


「何してんだ――じゃねえっ! てめえが後先考えずに、飛び出していきやがったから、こっちは引っ張りだされたんだぞ!」


「わははっ、復帰したか、問題児。あとで景近に教えてやろう。アイツも来ねえかなあ。お目付け役かなんかで。わははっ」


「笑ってんじゃねえ! いきなり斬撃ブッ放しやがって、ふざけんなっ!」


「悪りい、悪りい。いや、もう七星剣コイツが軽すぎてなあ。艮の中位クラスなんざ、すぐ片付いて、急いで卯の方に行ったんだが、そこも片付いていて、古寺のヤツラに『首塚だ』って聞いて、そっちに向かっていたら、前から50くらい生首が飛んできたもんだから、もう一気に片付けようと思ってな。そうしたら、ちょっと強く振りすぎた。大きくなった分、加減が難しいんだよなあ」


 身長190センチの桜散塚の背中には、霊力を解放し、身の丈ほどの大きさになった霊剣〈七星剣〉が背負われている。


 それを目にして、激しく瞬きをしながら桜散塚の背中に回り込んだのは快春。


「おいおいおい、おいおいおい、なんだよ、これえ! マジでナマクラ様まで覚醒しているじゃねえか。いや……すげえなっ!」


 昨日までとは天地の差。光輝く霊力をまとった霊剣を目の当たりにして、驚きを隠せないでる。


「いいだろ。ピカピカなんだぞ~」


 自慢げに振り向いた桜散塚。


 その顔をマジマジと見た快春は、また驚く。


「――オイオイオイ、オイオイオイッ! マジ、ありえねえんだけど。残滓まみれで生霊化まっしぐらだったヤツが、昨日の今日で、別人じゃねえか……どうなってんだ、オイッ! 北御門くん、これも、尊い御方の御業なんだろ。もうその御方は、仙人じゃねえのか?」


「仙人、ではないな。しいていえば、天女あるいは女神。そして俺のファムファタール候補――痛ッウゥ!」


 答えていた桜散塚の後頭部を、鞘付きの〈六連星〉で左近之丞がぶん殴る。


「殺すぞ、変態サイコ野郎が!」


「なんだと、問題児の左近クソ之丞!」


 ここで快春は、さっき助けてもらったこともあって、左近之丞の肩を持つ。


「まあ、たしかに桜散塚、オマエは、サイコ野郎だな。悪霊が相手になると見境なしになるからなあ。せっせと斬り刻んでいるときの顔は、マジでヤバイ。むかしの話だけど、ワシ、悪霊を三枚おろしにしてから、歎仏たんぶつ……ああ、刺身のことだ。そぎ切りにしたオマエが、『お造りみたいだろ』って笑ったとき、さすがに背筋がゾッとしたぞ」


「なんだよ。俺なりのちょっとしたデモンストレーションだったのに」


「あれがデモンストレーションかよ……だから、オマエはヤバイんだ。ちなみにだが、さっきのアレは、もし北御門くんがいなかったら、ワシは今ごろ、ぶつ切りやったからな」


「密教僧のブツ切りとか、鮮度悪そうだな。醤油に一晩つけても生臭そうだ。わははっ」


 くだらないことを言って笑う桜散塚に、左近之丞がまた怒鳴る。


「だから、笑ってんじゃねえ! オマエに比べたら、僕の方がまだマシだ。となりを走っていた生臭坊主を助けてやるという思いやりがあった。こんなにも思慮分別に長けた僕が、陰陽寮を出ていけと言われて、なんでオマエみたいな無差別殺戮鬼が、いまだに追い出されていないんだ?」


「それはアレだな、あのあと俺は班長にもなったし、やっぱり人望ってやつじゃ……」


 そこに――


「そんなものは、どちらにもない! この忙しいときに、なにを呑気に集まっているんだ?!」


 憤慨しながら合流してきたのは千夜子。


 三人が集まっているのをみて、眉をひそめる。


「なぜ、胴塚に向かっていない!? さっき向かえと言っただろう。それに桜散塚班長は、どうしてここに? うしとらにいればいいものを」


「いや、だってさ」と桜散塚。


 左近之丞と快春に説明したように、ここに至った理由を千夜子に伝えて、


「首塚から飛んできた首は、もう全部落としたから大丈夫だろ。最後に飛んできた50ぐらいの首も全部、俺がひとりで落としたぞ」


 また自慢げに胸に張ったところで、ブルーレンズのサングラスを外した千夜子から、「甘いっ! 何年、ここで陰陽師をやっている!」と一喝された。


「少しは奇怪しいと思わないのか? こうも立てつづけに悪霊が発生するのは、あまりに不自然だ。さらに首塚が破壊され、まるで悪霊の餌になるようにと死霊が解き放たれたんだぞ」


 一気にまくし立てた千夜子が息を整えて、三人に報せる。


「首塚の周辺を霊視してきた。わずかだが鬼道のなごりが確認できた」


 鬼道と聞いて、左近之丞の顔色が変わった。


「鬼道だと……死霊術か?」


「ああ、しかも霊視したところ、死霊術を発動させたのは呪術師ではなく、操られた悪霊だ。詳しいことはもう少し霊視してみてないとわからないが、かなり特殊な術式が組まれている。組んだのは、おそらく外部の者。何者かが悪霊を操って、混乱を引き起こしているとみるべきだろう。元からここにいる霊体であれば、どこにでも侵入できるからな」


「なるほど」と桜散塚。


「へえ」と快春。


 その暢気な態度に、千夜子は緑青色の両眼を吊り上げた。


「『なるほど』でも『へえ』でもない! わからないのか? 首塚の近くで死霊術が発動したということは、胴塚のあるうしとらでも同様のことが起きている可能性が高い。しかも、艮のとなりである北北東は、修験者が峰入りする麓が近いから……」


「近いから?」


 桜散塚を筆頭に、三バカが首をかしげた。


 この三つ首を、落とせるものなら、今すぐ落としてやりたいと思った千夜子が、ついに怒鳴り散らした。


「つまりは! 使役する以外の悪霊を操るならば、距離には限界があるだろっ! そうなれば、麓の出入り口が近い胴塚に、外部から侵入してきた呪術師がいてもおかしくはな――」


 まずは左近之丞が低い姿勢で飛び出していった。そのあとを快春と桜散塚が一歩遅れでつづいた。


 あっという間に遠くなった三人の背中を見て、千夜子はかぶりを振るう。


「ああ、どうしてこうも想像力ない脳筋男たちばっかりなんだ! 何ごとも言わないと気づかない……」


 そのとき、地面に落ちている錫杖を見つけしまった千夜子。


 天を仰いだ。


「あの、白髪ブサイクがあああ! オマエも丸腰かあああぁ!」


 キイイィィィッとなりながら錫杖を拾い上げて、全速力で追いかけた。





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