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第22話 最上の喜び



 西の陰陽寮では、刀剣磨きがひと段落つきそうな頃合いだった。


 今日だけでかなりの数の刀剣、弓矢、投擲とうてき系の武器を磨き上げ、残滓をぬぐい、霊力を回復させた。


 コツを掴んでからというもの、小物系の第二弾として地下蔵から運ばれてきた腕輪や念数、壺や皿、鏡なども、次々と「キレイにな~れ」で、新品同様の輝きを取り戻していった。


 かなりの数をこなしたと思った寿々だけれど、


「おそらく、これで半分くらいでしょうか」


 陰陽允から陰陽寮の地下蔵には、まだまだ呪物や神具があると聞かされ、「うへぇー」となった。


 すっかり夢中になり、気づけば陽が落ちて、辺りが薄暗くなったころ。


「寿々姫様、本日はこちらで最後にいたしましょう」


 陰陽允から渡されたのは、禮子がいつもかけているような螺鈿細工の弦が美しい眼鏡だ。


「じつはこれ、綾小路がかけておりますブルーレンズとは、真逆の性質のある呪物でして」


「真逆?」


「はい、綾小路は稀なる霊視能力の持ち主ゆえ、相手の霊力、オーラなどが視えすぎてしまい、目に負荷がかかりやすいのです。そのため、普段は霊力を一定量遮断できる、あのサングラスをかけております。それとは逆に、霊力の視認性を良くするのが、こちらです。どうぞ、寿々姫様もかけてみてください」


 そう言われて、「それじゃあ」とかけてみたけれど、全体的にボヤ~~~ンとしていて、黒いモヤのようなものが見える。


 これはもしや、と思い、寿々が布で磨いて「キレイにな~れ」の3点セットをしてみる。それから再度「これでどうかな~」と眼鏡をかけてみると――


「うわあ~! スゴイ!」


「視えますか?」


「はい、すごくよく視えます……うわあ、霊視って、こんな感じで視えるんですね」


 これまでも、神域や結界内などでは、放たれた霊力の色が視えることはあったものの、平素の状態で霊能者たちが纏う霊力が視えたのは、これがはじめてだった。しかも立体的に視えている。


 陰陽允の霊力は、明るい薄緑色で直線的。空に向かってグーンと伸びる若竹のような霊力をしていた。


 それに対して陰陽助は、薄桃色と黄緑色の瑞々しいパステルカラーの霊力で、全体的に柔らかな綿毛のような質感をしている。


 陰陽助が教えてくれた。


「指紋に同一のものが無いように、霊力もまた千差万別なのです。その者の気性や資質、個別の能力によって、霊力の質、量、強さ、形態は異なります。さらには経験値や熟練度によっても、纏う色調や形状は徐々に変化いたします」


 なるほど。


「さきほど、陰陽允が申しておりました千夜子ですが、彼女ほどの霊視能力者になりますと行使された術式のなごりから、術師の霊力をたどったり、状況を分析したりすることも可能にございます」


「へえ、千夜子さん、すごいですね。禮子さんみたい」


 と、そんな話をしながら、クリアレンズの眼鏡をはずして陰陽允に返したときだった。


「寿々姫様、失礼いたします」


 廊下からやってきたのは支援要員の立花良太郎。


「ご報告いたします。追加の緊急要請により、東の古井戸に向かった北御門左近之丞でございますが、その後、南東にあります首塚に向かいまして、さらに現在、1班の桜散塚班長、2班の綾小路班長、それから古寺の密教僧、阿闍梨の快春殿と北北東にあります胴塚に向かっております」


 東から南そして北。


 どうやら左近之丞は、山の中を駆けずり回っているようだ。


 陰陽助の顔が険しくなる。


「昨日と同じだな。多発的に悪霊どもが発生している。陰陽頭は?」


「ただいま、古寺の僧正そうじょう殿と対策を講じているのですが……」


 そこで立花の歯切れが悪くなった。


「どうした? わたしも陰陽頭の元に急ごうか。また別の地点で悪霊が発生すれば、戦力の分配をしなければならないだろう。陰陽師たちの配置もあるだろうし……」


 陰陽助が腰をあげかけたところで、立花は手と首を同時に振った。


「いえ、いえ、戦力的には大丈夫なようです。というか、やり過ぎているというか……その、あの人たちが」


「あの人たちって……もしかして、アイツらか」


 これまで何かと苦労してきたらしい陰陽允は、さすがに察するのが早かった。


「はい。おもに北御門と桜散塚、快春殿が暴れ回っているようでして、それを綾小路班長が必死に追尾している状況らしく……そのほかの1班、2班の陰陽師や僧侶たちは、被害が拡大しないように三人が暴れだすたびに結界を張って対応しているようです……はあぁ~」


 深いため息とともに、遠い目になっていく立花良太郎。陰陽助と陰陽允も同じだった。


 そこからは報告というよりも、愚痴になった。


「首塚、胴塚ともに、何者かによって破壊されて、死霊たちが流出したそうなんですけど、あの三人がもう……数を競い合うように討伐しているらしく、いま、北北東から北東にかけては、〈七星剣〉の斬撃と〈六連星〉の黒炎、それから快春殿が錫杖で放つ水爆でもう……メチャクチャな有様のようです。いったい、だれが止められるんでしょうか」


 立花の言葉に「うんうん」と陰陽允がうなずく。


「それはもう、綾小路班長に頑張っていただくしか……また、よりにもよって、ヤバイ三人が集まったもんだな。しかも、元気いっぱいの桜散塚と七星剣に、浮かれた北御門と覚醒しちゃったロクデナシ刀……挙句の果てには快春殿かあ。あの人もかなりイカレてるからな。僕なんかはアレだな。絶対に近づきたくないな」


「僕だって、嫌ですよ。悪霊よりも、あの三人に救護室送りにされそうです」


「うんうん」


 そんなわけで、左近之丞はしばらく戻ってこれそうにないので、寿々は一足先に本日の宿泊地である温泉付き旅館に向かうことになった。


 寿々に同行する陰陽助と桐生撫子は、母屋を出て、オフロード車が停めてある駐車場まで荷物を取りにいき、鍵のかかっていない車からスーツケースをおろした。


 そのあとは撫子が運転する車で、旅館まで送ってもらい、ノスタルジックな老舗旅館の特別室に通された寿々は、


「うわぁぁぁ……」


 和洋折衷のモダンな内装や調度品に感嘆の声をあげる。


 部屋まで付いてきてくれた陰陽助から、「お気に召しましたか」と尋ねられ、「最高です」と答えた寿々。


 つづいて部屋担当の仲居から、


「露店風呂はお部屋にもございますし、一階には貸し切りの岩風呂がございます。そちらでは月見酒もご用意しておりますので、どうぞ、いくらでもお呑みくださいませ」


 にっこり笑顔で言われた寿々は、「最上の喜びです」と答えた。







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