三日後、海上――。
船での旅が始まる。ケーシー、エス、イフューの三人は深くフードを被って船員にエルフだとばれないまま乗船し、極力船室で過ごす日々を送っていた。
そして現在、船室のベッドではエスが船酔いでダウンしていた。
「三日たったのに全然慣れない……」
「それでも、吐かなくなったじゃないか」
イオルクは船員に貰った薬草を煎じ終わると、エスに水の入ったコップと一緒に渡す。エスは、薬草を水で胃の中に流し込むと息を吐く。
「皆、船酔いしないんだね……」
「薬を飲む量は減ってきてるから、少しずつ慣れてきてると思うよ」
「そっか……。他の皆は?」
「少し風に当たってくるって」
「ずっと、船室じゃ滅入っちゃうもんね」
「そうだな」
エスは出遅れたと、小さく溜息を吐く。
「ねぇ」
「ん?」
「イオルクの国にも寄るんでしょ?」
「途中でね」
「降りるの?」
「降りれない」
「どうして?」
「俺、国外追放で十年は戻れないんだ」
「何をしたの?」
「王様を足蹴にしちゃった」
「イオルクらしいね」
「はは……」
エスは体を起こす。
「戻りたいのに戻れないって、寂しくない?」
「う~ん……。俺の場合、鍛冶屋の修行が目的でもあったから、戻らなくてもいいって感じだからな」
「国に恋人とか居ないの?」
「恋人は居ないけど、家族は居るよ」
「寂しくない?」
「時々、無性に会いたくなる」
「あたしは、いつも思ってたよ」
「いいお母さんとお父さんが居るんだな」
「うん。……怒るかな?」
「怒るだろう」
エスは視線を落とす。
「傷つくかな……」
「何で?」
「あたしが知らない男の人に抱かれてたって知ったら……」
イオルクは少し会話を止めると、また話し出す。
「覚悟が要るんだよな。そういう話をする時って」
「うん……」
「自分から進んで娼館に行ったわけじゃないからな」
「うん……」
「大事にしていた娘を傷つけられたんだから、絶対に傷つくと思うよ」
「だよね……」
エスは涙を少し浮かべて、自分で自分を抱きしめる。
「今でも、時々、怖くなる……。知らない人が自分を触ったと思うだけで……。そして、何かを失ったのを理解して、それをお母さん達に話すと思うと怖くて仕方ない……」
イオルクはエスの額を冷やすために使っていたタオルを、もう一度洗面器に浸して絞るとエスに渡す。エスは涙を隠すように額と目をタオルで覆った。
「船酔いして、少し気落ちしたか?」
「そうかもしれない……」
「クリスじゃないけど、本当に何度も謝りたくなるよ」
「イオルクとクリスは違う……」
「ありがとう」
「うん……」
イオルクは俯くエスを暫く見続けると、また話し掛ける。
「少し手を握っていいかな?」
「いいよ……」
イオルクはエスの左手を自分の左手で握る。
「俺は、人と手を握るのが怖い時があるんだ」
「どうして?」
「俺の手は血塗られてるって思って……。嫌にならないか?」
「そんなことない。あの街で怖いと思ったけど、イオルクはイオルクだよ」
「嫌われてなくて、凄く嬉しいよ」
「そう?」
「うん……。逆に俺がエスのことを知ってて、嫌悪感を抱くかと言ったら抱かない。エスはエスだよ」
「本当?」
イオルクは頷く。
「どんなに辛いことを体験しても、どんなに汚されたとしても、気持ちの奥にある自分らしさだけは守っていこう。それは、エスが俺らしさと感じてくれたもので、俺がエスらしさって感じた大事なものだよ」
「イオルク……」
「大事な人が傷つくかもしれないけど、傷つかないものもお互い感じ合えるし、分かり合えるよ。そうすれば、きっと大丈夫」
「……そうだね」
イオルクは眉を歪めながら、苦笑いを浮かべる。
「ただ里に着いた時、俺やクリスの身の危険を感じるんだよなぁ。エス達のことを話したら、エルフが襲って来るんじゃないかって思うんだ」
「ふふ……、そうだね。でも、その時は、あたしが身を挺して守ってあげる」
「期待してるよ」
「うん」
エスは少し元気が出たようだった。
「俺達も少し風に当たろうか?」
「うん。船酔いも大分治まってきたみたい」
「それは、何より」
イオルクはエスの手を取ると立たせる。
「やっぱり、力持ちだね。いつも夜中に剣を振り回してるだけあるよ」
「しっかり基礎訓練をしてるだけ。適当じゃありません」
「その時だけは真面目な顔だもんね」
「あっちの顔がおちゃらけていて、普段の顔が真面目な顔なんだ」
「また嘘つく!」
二人は声をあげて笑うと、クリス達の待つ甲板へと向かった。