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材料編  88 【強制終了版】

 三日後、海上――。

 船での旅が始まる。ケーシー、エス、イフューの三人は深くフードを被って船員にエルフだとばれないまま乗船し、極力船室で過ごす日々を送っていた。

 そして現在、船室のベッドではエスが船酔いでダウンしていた。

「三日たったのに全然慣れない……」

「それでも、吐かなくなったじゃないか」

 イオルクは船員に貰った薬草を煎じ終わると、エスに水の入ったコップと一緒に渡す。エスは、薬草を水で胃の中に流し込むと息を吐く。

「皆、船酔いしないんだね……」

「薬を飲む量は減ってきてるから、少しずつ慣れてきてると思うよ」

「そっか……。他の皆は?」

「少し風に当たってくるって」

「ずっと、船室じゃ滅入っちゃうもんね」

「そうだな」

 エスは出遅れたと、小さく溜息を吐く。

「ねぇ」

「ん?」

「イオルクの国にも寄るんでしょ?」

「途中でね」

「降りるの?」

「降りれない」

「どうして?」

「俺、国外追放で十年は戻れないんだ」

「何をしたの?」

「王様を足蹴にしちゃった」

「イオルクらしいね」

「はは……」

 エスは体を起こす。

「戻りたいのに戻れないって、寂しくない?」

「う~ん……。俺の場合、鍛冶屋の修行が目的でもあったから、戻らなくてもいいって感じだからな」

「国に恋人とか居ないの?」

「恋人は居ないけど、家族は居るよ」

「寂しくない?」

「時々、無性に会いたくなる」

「あたしは、いつも思ってたよ」

「いいお母さんとお父さんが居るんだな」

「うん。……怒るかな?」

「怒るだろう」

 エスは視線を落とす。

「傷つくかな……」

「何で?」

「あたしが知らない男の人に抱かれてたって知ったら……」

 イオルクは少し会話を止めると、また話し出す。

「覚悟が要るんだよな。そういう話をする時って」

「うん……」

「自分から進んで娼館に行ったわけじゃないからな」

「うん……」

「大事にしていた娘を傷つけられたんだから、絶対に傷つくと思うよ」

「だよね……」

 エスは涙を少し浮かべて、自分で自分を抱きしめる。

「今でも、時々、怖くなる……。知らない人が自分を触ったと思うだけで……。そして、何かを失ったのを理解して、それをお母さん達に話すと思うと怖くて仕方ない……」

 イオルクはエスの額を冷やすために使っていたタオルを、もう一度洗面器に浸して絞るとエスに渡す。エスは涙を隠すように額と目をタオルで覆った。

「船酔いして、少し気落ちしたか?」

「そうかもしれない……」

「クリスじゃないけど、本当に何度も謝りたくなるよ」

「イオルクとクリスは違う……」

「ありがとう」

「うん……」

 イオルクは俯くエスを暫く見続けると、また話し掛ける。

「少し手を握っていいかな?」

「いいよ……」

 イオルクはエスの左手を自分の左手で握る。

「俺は、人と手を握るのが怖い時があるんだ」

「どうして?」

「俺の手は血塗られてるって思って……。嫌にならないか?」

「そんなことない。あの街で怖いと思ったけど、イオルクはイオルクだよ」

「嫌われてなくて、凄く嬉しいよ」

「そう?」

「うん……。逆に俺がエスのことを知ってて、嫌悪感を抱くかと言ったら抱かない。エスはエスだよ」

「本当?」

 イオルクは頷く。

「どんなに辛いことを体験しても、どんなに汚されたとしても、気持ちの奥にある自分らしさだけは守っていこう。それは、エスが俺らしさと感じてくれたもので、俺がエスらしさって感じた大事なものだよ」

「イオルク……」

「大事な人が傷つくかもしれないけど、傷つかないものもお互い感じ合えるし、分かり合えるよ。そうすれば、きっと大丈夫」

「……そうだね」

 イオルクは眉を歪めながら、苦笑いを浮かべる。

「ただ里に着いた時、俺やクリスの身の危険を感じるんだよなぁ。エス達のことを話したら、エルフが襲って来るんじゃないかって思うんだ」

「ふふ……、そうだね。でも、その時は、あたしが身を挺して守ってあげる」

「期待してるよ」

「うん」

 エスは少し元気が出たようだった。

「俺達も少し風に当たろうか?」

「うん。船酔いも大分治まってきたみたい」

「それは、何より」

 イオルクはエスの手を取ると立たせる。

「やっぱり、力持ちだね。いつも夜中に剣を振り回してるだけあるよ」

「しっかり基礎訓練をしてるだけ。適当じゃありません」

「その時だけは真面目な顔だもんね」

「あっちの顔がおちゃらけていて、普段の顔が真面目な顔なんだ」

「また嘘つく!」

 二人は声をあげて笑うと、クリス達の待つ甲板へと向かった。

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