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材料編  89 【強制終了版】

 ノース・ドラゴンヘッド北西の海域――。

 更に一週間と数日が過ぎ、船はノースドラゴンヘッド北西の港へと辿り着いた。

 王都に近い港町では、クリスだけが船を降りることになっていた。

「イオルクは国外退去中。エルフは騒ぎになる。何か暇を潰せるものでもあればいいんだけどな」

 港町は珍しい品物も溢れている。クリスの足は『暇潰し』というキーワードから、自然と本屋へと足が向けられた。

「へぇ、興味深い本もあるじゃないか」

 クリスは少し難しそうな魔法の手引き書を取り、流し読みする。

(小難しい言い回しで基礎を並べ立ててるだけか……。表紙に騙されたな)

 クリスが本を戻そうとすると、何人かの男がクリスを見て笑っている。

『貴族でもない者が本などを……』

『しかも、読んだフリをして戻すとは……』

 クリスは溜息を吐くと、男達を無視する。

(そんなに変かねぇ? 本なんて字さえ覚えれば、誰でも読めるじゃねぇか。問題は、それを理解できるかどうかだろうに……)

 クリスは別の本を手に取る。

(物語か……。こういう人間が主人公の話をイフュー達は読むのかな?)

 クリスは、権力、身分、格差、そういった内容の本を避けて、自然の中での物語や動物の物語を選ぶ。

(こうなると、お子様の童話なんだよな……)

 クリスの肩を、さっきの男の一人が掴む。

「兄ちゃん、何を迷っているんだい?」

「別に関係ねぇよ」

「無理するなよ。字も読めないんだろ? 絵本でも眺めていたら、どうだ?」

 男の目は、クリスを馬鹿にしている。

(絵本か……。それを買ってみるのも面白いかもな)

 クリスは絵本に手を伸ばし、二、三冊手に取る。

「オイ、字の書いてある本は置いて行ったらいいんじゃないか?」

「うるせぇな。さっきから、何なんだよ?」

「俺は、平民のお前にアドバイスをしてやってんだよ」

「知らねぇよ。消えろ、馬鹿」

 クリスの言葉に、男の顔から笑みが消える。

「平民のクセに、でかい口を叩くじゃないか?」

「頭も悪いのか? 口って言うのは言葉を話すように出来てんだよ。字の読み書きの前に、生まれ変わってママに言葉のしゃべり方から教えて貰えよ」

 クリスの口は、本日も絶好調だった。男の額には青筋が浮かんでいる。

「貴様、名前は!」

「言うわけないだろ。言った側から決闘とか言い出しそうな雰囲気じゃねぇか?」

「当然だ!」

「ったく。全面的にオレが悪かったよ。ゴメンゴメン、帰れ」

 クリスは男を残して、会計をするために店の主人の前に選んだ本を置く。その後ろでは、さっきの男が剣を抜いていた。

 クリスは鞘から引き抜かれる剣の音で振り返る。

「止めとこうぜ?」

「黙れ!」

 クリスは溜息を吐くと、店の主人に声を掛ける。

「あんた、証人になってくれよ。コイツが先に剣を抜いて因縁を吹っ掛けてきたって」

「ちょっと、待ちな! 相手は剣を抜いてんだぞ⁉」

「知ってるよ」

 クリスは男の構えを観察する。

(ダメだな、コイツ……。あんなに後ろ足に体重乗せて……。イオルクを見てるせいか、構えの良し悪しが分かるんだよな)

 男は振り被る。

(そして、振り下ろすんだろ?)

 クリスは呪文を唱え出す。

 集まり始めた周りの人間は、騎士の国の人間に魔法使いが殺されると思っていた。しかし、男が動作に移った時、クリスが一歩前に出ると剣に手甲を押し当てて剣を止めた。

「剣を振るにはバランスが悪過ぎる。そんなんじゃ、スピードも重さも乗らねぇ」

「な⁉」

「少し反省して来い」

 クリスがエアリバーを男の胸の前で発生させると、突風が男を吹き飛ばした。そして、吹き飛ばしたあとで、海に落ちる音が響く。

 クリスは振り返ると、店主に本の代金を聞いて支払いを済ませる。

「さて、出航まで時間があるけど帰るか」

 やじ馬が左右に分かれると、クリスは真ん中を堂々と歩く。

 だが、再びクリスを笑う声が聞こえる。

(またかよ?)

 クリスが不機嫌そうに振り向く。

「君は、そういう男だったんだな。イオルクと気が合うわけだ」

 そこに居たのはジェムだった。

 ジェムは王国でも名の知れている騎士のため、やじ馬が騒ぎ出した。

「おお、あんたか。久しぶりだな」

「ああ、久しぶりだ」

「どうしたのさ?」

「ここは、私の住む国だよ。君が居る方が不思議だろう?」

「違いない」

「君は、どうしたんだい?」

「船旅の途中。今、乗ってる船が港に停まっているんだよ」

「そうか。時間があるなら、少し話さないか?」

「構わないよ」

 クリスはジェムと一緒に近くの積荷に腰を下ろすと、やじ馬達を可笑しそうに見ている。

「はは……。不思議そうな目で見てやがる」

「当然だよ。部下を連れて、こんなところに腰を下ろす白銀の騎士が居るのだから」

 クリスは声を出して笑った。

「元気だったか?」

「ああ、絶好調だな。問題ごとも全部片付いた」

「そうか。ここじゃ、周りの目と耳があるから問題ごとの詳しい話も出来そうにないな。問題にならなそうなところだけを話すか」

「それがいい。あの街から言えないことも多いからな」

「じゃあ、私が一方的に経過を話そう」

「移民のことか?」

「そうだ。彼らはノース・ドラゴンヘッドの東の地に町を造ったよ」

 クリスは積荷の上で胡坐を書き直す。

「随分と早いな?」

「力自慢の騎士が、木材なんかを一気に運んだからな。あとは、現地に大工を送るだけだ」

「この国って、さっきみたいに騎士が威張り散らしてるわけじゃないんだな?」

「あれは例外だよ。鎧を付けてないから位は分からないけど、見習いが終わって勘違いをした者だろう。直ぐに上官から粛清を受けるタイプだよ」

「そうなんだ。まあ、一から十まで優等生なわけないもんな」

「イオルクが代表的だろう?」

「兄弟で言っていいのかよ?」

「イオルクも、裏じゃ何を言ってるか分からないからね」

「はは……。この前、大事な菜園の鉢を割った時の話をしてたよ。そんなに怒らなくてもいいって」

 ジェムは肩を竦める。

「いつの話だか。何個も割られて諦め癖が着く前の話だな、それは」

「そうなのか? イオルクは自分の都合のいいことしか話さないからな」

「言った通りだろう?」

 クリスは可笑しそうに笑う。

「それで、町は?」

「ああ、形になってきてるよ。足りない職業の人間を派遣するのが、今は問題かな」

「どうするつもりなんだ?」

「引き抜くと引き抜かれた町が困るから、移民の町から人を呼んで育てるか、移民の町に移ってもいい人を育てるかだな。どちらにしても、時間が掛かる。暫くは適材適所に人材が行ったり来たりだ」

「前途多難だな。でも、少しずつ形になっているようで安心したよ」

「そうかい?」

「ああ」

 ジェムはクリスを見て、思ったことを呟く。

「君は凄いよな」

「オレが?」

「君やイオルクが、かな……。君みたいな若者が街を纏め、復興に尽力したことが信じられなくてね」

「それ、よく分かるよ。オレも未だに、あれをやったのが自分達だって信じられない時があるから。でも、イオルクとなら、何とかなるような気がしたんだよな。……これも結果論かな? 終わってから思ったことかもしれない」

 ジェムは頷く。

「イオルクは、我が家の中でも少し変わってるよ。勢いがあるって言うのかな? 自由でもあるし……」

「ああ、乗せられている気はするな」

「だからか、やんちゃをしても許してしまうことが多い」

「教育方針が悪かったんじゃないのか?」

「私と兄さんは、極めて普通だけど?」

「聞いた話だとそうだな。やっぱり、アイツが特殊なんだろうな」

「兄弟でも分からない部分が多いよ」

 昔を思い出し、ジェムは軽く笑ってみせる。

 そして、クリスは、ふと思い出す。

「一つ聞きたいんだけど」

「ん?」

「アイツさ。街の復興に500万Gをポンと出しちゃったんだけど、返済しなくていいのか?」

 ジェムは、また昔を思い出して笑う。

「はは……。イオルクは、金には無頓着だからな。家を出るまで小遣い制で十分だったし」

「小遣い?」

「騎士っていうのは、本来、武器を揃えたりして金が懸かるんだ。特に見習いだと給料は安いしね」

「見習いか……」

「アイツは見習いに入る普通の身分の人間と対等で居たがったから、倒した敵に支払われる手当に一切、手をつけなかったんだ」

「見習いの仲間か……。そういえば、見習い時代に親友が居たんだってな」

「その親友に感化されてね。言葉遣いも敬語ではなくなっていったよ」

「イオルクに影響を与えるっていうのも凄いな」

「本当に――と、金の話だったな。イオルクが気にしてなければいいと思う」

「何も気にしてないようだから尋ねたんだよ……」

 ジェムは苦笑いを浮かべる。

「長い付き合いだから分かると思ったが、多分、本当に何も考えてないと思うぞ」

「やっぱりか……」

 クリスは溜息を吐く。

「じゃあ、もう気にするのやめるわ」

「それがいい。あえて理由を付けるなら、イオルクは見習い時代に戦って得た報酬に興味がないってことかな」

「そういえば、そんなことも言ってたか?」

 ジェムは話を切り上げる。

「そろそろ終わりにしよう。元気そうで良かった」

「こっちも情報交換できて良かったよ」

 振り返ろうとしたジェムが止まる。

「あ! あと、イオルクに手紙を出すように言ってくれないか? 母さんが心配しているって」

「伝えとく」

「新聞や事件で知るのは、もう沢山だよ」

 クリスは可笑しそうに笑う。

「今更だけど……」

「どうしたんだい?」

「オレ、さっきから『あんた』って呼んでんだけど、何て呼ぶのが正しいんだ?」

 ジェムがこけた。

「去り際じゃなくて、最初に聞いて欲しかったな……」

「身分の高い人間と話すの慣れてなくてさ」

「……好きに呼べばいい」

「じゃあ、ジェムさんにしとくよ。イオルクと同じで呼び捨てにするのは、失礼な気がするからさ」

「はは……、それがいい。今度、フレイザー兄さんに会った時に『フレイザーさん』と呼べるかが楽しみだ」

「何で?」

「かなりの豪傑だ」

「う……」

 ジェムは軽く笑うと、部下を連れて港を後にした。

「イオルクの兄貴の兄貴か……。あの女隊長を嫁にするんだもんな……。イオルクじゃないけど、生涯会わないことを祈ろう」

 クリスは土産話を持って、船へと戻って行った。


 …


 船室――。

 途中、立ち寄ったノース・ドラゴンヘッドを出港し、船はドラゴンウィングへの海路に戻る。エルフの三人は、クリスに買ってきて貰った本を読み耽っている。

 クリスは腕を組みながら、イオルクに質問する。

「エルフと人間の字って同じだったんだな?」

「今更か……。お前、イフュー達に街のガキンチョの教育を頼んでたじゃないか」

「そういやそうだ。それ、オレが頼んだんだっけ?」

「少なくとも両方同意してたから、共通の認識だと思ったよ」

「イオルクは字が同じなのを知っていたのか?」

「里で水車の設計図も見たし、俺の設計図をコリーナは読めたからな」

「なるほどな」

「一体、どういうつもりで本を買ってきたんだ?」

「何も考えずに暇潰しにだな」

「ふ~ん……」

 エルフの三人は無言で読み続けている。

「面白いのかね?」

「詰まらなければ読まないんじゃないか?」

 ケーシーが読み終えると、感想を漏らす。

「面白かった……」

「いいリアクションだな? 何の本なんだ?」

「動物の親子の物語です」

 イオルクがクリスを見る。

「どういうテーマなんだ?」

「いや、人間の話なんて拙いだろ? 身分だ、格差だなんてよ? 変な知識を付けさせて戻したら、ぶっ飛ばれるぞ」

「お前、意外と考えてるな」

「当然だ」

「で、俺への土産は?」

「さっき話したので全部だ」

「ジェム兄さんに会った話だけ?」

「十分だろ?」

「ジェム兄さんなんて、珍しくも何ともないんだがなぁ」

「お前、家族にどんな扱いしてるんだよ」

 イオルクは頭を掻く。

「まあ、ノース・ドラゴンヘッドの面白いものなんて知り尽くしてるか……」

「じゃあ、期待するなよ」

「分からないかな? 知り尽くしている中でも、お前がどんなものを持ってくるかで採点して遊びたかったんだよ」

「分からねぇな。お前の根暗な遊びなんて」

 エルフの姉妹は読み終えた本を回し読みする。

「何か詰まらねぇな」

「俺達、省られてるな」

「いつも何してたっけ?」

「お前は魔法の練習で、俺は鍛冶修行だな」

「そうか……」

「だけど、ここ船の上だから危険事項禁止だ。鍛冶の修行をして間違って火事を起こすわけにもいかないし、入れ槌振って、間違って船に穴を開けるわけにもいかない」

「じゃあ、どうするんだ?」

「釣りにでも行きたいが、エルフ達を放置できないだろう?」

「一人残ればいいんじゃないか?」

「どっちが?」

「…………」

 喧嘩になりそうなので、イオルクとクリスはベッドの上に横になった。

「「寝よう……」」

 船旅は静かに進む。そして、船は歩いて旅するよりも早く、確実にドラゴンウィングの目的の街へイオルク達を運んでいた。

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