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第34話  賭けの回避


 時は戻り、俺はレッドトロールに密やかに接近していた。

 崩壊し、ガタガタになったアスファルトは非常に走りにくく気を抜くと転けてしまいそうだ。

 上限突破ハイオーダーを抑制して使用しているとはいっても、現時点で常人のトップスピードと同等かそれ以上の速度を出している。

 努めて足元に注意しつつ、レッドトロールとの距離を随時確認する時間が続いていた。


「そろそろ北沢たちも所定のポイントに到着する頃か……。俺も準備を進めとかねぇとな」


 十字路を曲がり、忍者さながらの静けさを意識してレッドトロールの足元に向かう。

 位置的にももうまもなくだ。

 俺の眼前には、巨木を何重にも束ね合わせたような太さのレッドトロールの左足が天と地上を繋いでいた。


「さて、こっから先はかなりアドリブが絡んでくる。出たとこ勝負の大決戦だ。頼むぜ、俺の愛しの双剣!」


【不棄の雷双剣】を握りしめ、俺は巨大な左足に向けて疾駆する。

 あとは直線の一本道だ。

 ここから先は一つのミスや油断が命取りになるギリギリの戦闘になる。

 逸る気持ちと緊張に脈打つ心臓を感じながら俺は上限突破ハイオーダーのメーターを上げていく。

 それに伴ってギシギシメキメキと強化されていく肉体、身体能力。


「まずは初撃ッ! 食らえやおっらぁあああああああああああ!!!」


 双剣を握り、猛烈な速度で接近する左足に殺気混じりの叫びを上げる。

 同時、右手の短剣が左足の踝の上を真一文字に切り裂いた。


「ガグァ! グァアアアアアアアアアアアアア!!」


 レッドトロールの苦悶の叫びと吹き出す血飛沫を体に浴びながら、即座にアキレス腱に二双の剣を突き立てた。

 俺の狙いは、だ。

 いかにレッドトロールが巨大で破壊的なパワーを有していて、見るだけで全身が竦むような恐ろしい相貌をしていたとしても、基本骨格は人型である。

 であれば、弱点も必然と人体構造に近似するというものだろう。

 つまり、この巨人の左のアキレス腱を断裂させることができれば、もうこいつは移動することができなくなる……はずだ。


「全ては想像、推測の域を出ねぇが、今は信じてやりきるしかねぇ! 偉そうに俺たちを見下ろしてたようだが、もうちょっと足元に注意を向けるこったな!!」


 双剣に魔力を通す。

 雷属性を追加し振るい続ける双剣は、着実にレッドトロールのアキレス腱にダメージを蓄積していく。

 が、相手もこのまま大人しく俺の攻撃を許容してくれるはずもない。


「ガグガァッ!! ガググァァアアアアアア……!!」


 レッドトロールは左足を上空に持ち上げた。

 あっという間に俺の全身が恐ろしげな影に呑まれる。

 俺は敵の意図を瞬間的に察した。


「その反撃はさっき見たぞ!!」


 直後、振り落とされる足裏。

 レッドトロールの巨体に宿る絶大な質量を一身に乗せた踏み潰し攻撃。

 単極まりない反撃手法であるがゆえに対処が難しい荒業だが、この行動はすでに読んでいる!


「今だ! 頼むぞ北沢!!」


 俺は反射的に足裏から飛び退く――――ことはせず、あえて真横にステップした。

 踏み潰し攻撃だけを至近距離で躱すための動作。

 その刹那、俺の数メートル隣で莫大なエネルギーが爆発したような衝撃が襲い来る。


 爆風のような暴力的風圧と、巻き上げられた粉塵、瓦礫の無差別攻撃。

 それらを間近で受ければ即死は覚悟しなければならない。

 運が良くても重傷は必至だろう。

 濁流のような土煙が一息に俺の周囲を吹き抜ける。

 が、レッドトロールが目撃したのは無傷で生還した俺の姿だった。


「ガガァッ!!?」

「――――よっしゃあああああ! 耐えたぞ足裏スタンプ攻撃! さすが北沢、プリムの手助けがあればめちゃくちゃ強い魔法使いに進化してんじゃねぇか! これまでは近距離でしか使えなかった魔法を、なんてよ!!」


 ここまでは全て台本通り。

 俺がレッドトロールに攻撃をすれば高確率で同様の踏み潰し攻撃で応戦してくるであろうと読んでいた。

 回避するのは簡単だが、下手に体勢を崩すと瞬く間にレッドトロールの連撃に巻き込まれてさっき吹っ飛ばされた二の舞になる。

 それを封じるために俺が導きだした答えは、足裏から過剰に離れるのではなく、至近距離でギリギリ回避すること。

 これならばレッドトロールは自身の足が邪魔で即座に攻撃行動に移れない。


 問題は至近距離での回避は衝撃波で俺の体がズタズタに引き裂かれるであろうことだったが、それを北沢は遠距離から結界魔法シールドスフィアを俺に展開してくれることで無効化したのだ!


「まだ俺のターンは終わってないぜ! 覚悟しろレッドトロール!!」


 遠距離だと魔力の通りが悪いのか、俺の周囲に薄く展開されていた半透明の球体型バリアは寿命が訪れた電球のごとく明滅した後に消失してしまう。

 が、俺はそんなことに臆することなく双剣を再び構え直し、巨人の腱に深々と突き刺すのだった。

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