レッドトロールのスタンプ攻撃は、至近距離で回避することによってその後の連撃を封じた。
が、この回避行動は俺ひとりじゃ絶対に真似できない無茶な策だ。
北沢が遠距離で結界魔法を発動してくれて、俺の体を防御してくれたからこそ実現した、協力プレイの賜物である。
「まだ俺のターンは終わってないぜ! 覚悟しろレッドトロール!!」
北沢の尽力は無駄にしない。
俺は【不棄の雷双剣】を握りしめ、左足のアキレス腱を抉り取るように深く突き刺した。
ブジュゥウウウ!! と吹き出す不健康な血が体中に飛び散り、不快な鉄錆びの匂いが鼻を刺す。
「グガァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
双剣を引き抜き、今度は左右の両側面に鋭利な刃先を突き立てた。
ミヂミヂミヂ……、と束になった強靭な繊維を強引に引きちぎるような感触が刃から伝わってくる。
人生で体験したことのないその感触に本能的に不快感が上ってくるが、そんな感情は無理やり振り払って双剣でアキレス腱をめった刺しにした。
「ガギャァ! グガガァアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
レッドトロールは左足を前方に振り上げる。
アキレス腱に刻まれた傷口から漏れ出る大量の血液が住宅街にばらまかれ、半壊した家々の屋根や外壁を赤黒く濡らした。
見たことのない動作。
しかし、瞬時に数秒先の未来を予見する。
「ッ! アイツまさか……!!」
俺がレッドトロールの思惑に気付いたのと、その反撃が行われたのは同時だった。
前方に振り上げられた左足は、そのまま振り子のごとき円軌道で俺の元に襲来する。
「おいおいマジか!? かかとを振り下ろす気かよ!?」
俺は慌てて横に飛び込み、緊急回避する。
僅かに遅れて俺の周囲に結界魔法が展開された。
異変を察知した北沢が発動してくれたものだろう。
瞬間、爆雷のような轟音と衝撃が住宅街を震撼させた。
「ぐっ! うっ……ぉぉおおおおおおおお!!」
寸前で回避した俺に対して、標的を失った左足は一直線に後方に振り抜かれ、アスファルトの地面を抉りながら数軒の家を粉砕した。
大量の瓦礫と、粉塵に染まった灰茶色の暴風が辺り一帯に襲いかかる。
俺は衝撃に撃ち抜かれるように、ガァン! と外壁に衝突した。
背中と後頭部に痛みが走り、内臓が圧迫される感覚。
そのまま俺は壁を突き破って半壊した家の庭を転げ回り、一階のリビングまで貫通する。
ソファやガラス製のテーブルを破壊し、アイランドキッチンに激突することでようやく俺の体は停止した。
凹んでボロボロになったアイランドキッチンから背中を離し、ガラスや瓦礫の破片にまみれたボロボロのフローリングに手を着いた。
「……ガハッ。くっ、痛っつぅ~……! あんのクソデブ巨人! 相っ変わらずバカみてぇな威力で暴れまわりやがって!」
俺は苛立ちと同時に北沢のおかげで命拾いしたことも実感していた。
直前で付加された結界魔法。
この防御力を借りれたことで何とか耐えられた。
俺は忌々しげな目付きで憤怒の視線をレッドトロールに送る。
が、なにやらアイツの様子がおかしい。
「グッ、グガガァァッ!?」
大きく後ろに振り切った左足。
レッドトロールはその足を慌てた様子で着地させるが、その下に建造物があったらしく、二階建ての新築アパートを踏み潰す形で着地した。
しかし、それによりレッドトロールはバランスを崩す。
本来なら問題なく着地できていたんだろうが、思いの外アキレス腱へのダメージが深いようだ。
俺は直感的に好機を見いだした。
「ッ! 今がチャンスだ!」
フローリングを蹴り抜き、音を置き去りにする速度で瞬時にレッドトロールの元まで舞い戻る。
無駄な時間は与えない。
それはアイツの回復を促すだけだ。
確実にダメージが蓄積されている今ここで、レッドトロールの左足を完全に潰す。
片足でも封じれば、勝機が一気に開けてくるはずだ!
そう確信し、俺が双剣を強く握って突撃した……瞬間。
「ガグァァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!」
不意に、肌を焼くような熱気が全身に降りかかった。
頭上を見上げる。
レッドトロールの口から、肩から、手のひらから、ごうごうと燃え盛る赤い炎が殺意を灯らせていた。
その光景に、俺は腹の底から駆け抜けるような脅威に震撼する。
「クソッ! とうとう来やがったか……レッドトロールの炎魔法がッ!!」
唯一の懸念事項。
恐れていた事態。
レッドトロールにとっての『本気』。
凄まじい熱量を誇る炎は、瞬く間にレッドトロールの上半身へと燃え広がっていった。