拓海は突然現れた米子に驚いたようで、目を皿のように大きく見開いてベンチから立ち上がった。
「お、お袋!? な、何でこんなとこに!」
拓海の第一印象は冴えないお兄さんだ。20代前半ぐらいだろうか。米子と良く似て顔自体は整っているが、服はヨレヨレで髪も整えられていなくてやつれているけれど、メガネの奥の目には意志の強そうな光が灯っていた。
「拓海……あんた、そんなにやつれて……どうしたの、どうして連絡してこないの。ちゃんと食べてるの? 寝てるの?」
「た、食べてるし寝てるよ! 全部上手くいってるから! 本当に、何でこんな急に! 急に――」
拓海はそこまで言って俯いてしまう。そんな拓海を見て米子は心配そうにこちらを見た。それに気づいて私は二人の元まで行くと、目の端に入った喫茶店を指差す。
「良かったらあそこで話しませんか? 拓海さんも」
「……あんたは?」
「私は芹山神社の巫女をしてます。小鳥遊彩葉と申します。米さんとお話する機会があって、そこであなたのお名前が出たんですよ。だから一緒に会いにいっちゃおうって話になって」
「はあ? 芹山神社って……お袋、なんでそんな怪しい話に乗っかるんだ。詐欺だったらどうすんだよ!?『あんな廃寺の名前を使って母さんを騙そうったってそうはいかないからな。そんな事、絶対にさせない!』」
心の声が聞こえて本当に良かった。確かにその通りだ。
ジャミジャミして強い拓海の心の声を聞いて頷くと、私は財布の中に入っていた学生証を拓海に見せた。それを見て拓海は何度も私と学生証を見比べて、おまけに写真まで撮っている。
「これ、拓海!『何もそこまでしなくても……』」
「いや、これぐらいしないと最近は危ないから『一人暮らしの老婆狙うとかか詐欺の常套句じゃないか!』」
完全に詐欺だと思われている私だが、このままではいつまで経っても先に進まない。
「そこまで疑うのなら学校に電話してみてください。私は詐欺師ではないし、本当に米さんの願いを叶えたかっただけです」
「母さんの願い?」
「そうです。あなたの事を米さんはずっと心配していました。それは多分、あなたものはずです」
「……行くぞ」
拓海の目を真っすぐに見つめて言うと、拓海は少しだけ怯んだように顎で喫茶店をしゃくりあげて歩き始める。そんな後ろ姿を見つめながら米子が私の手をそっと握ってきた。
「ごめんなさいね、彩葉ちゃん『あの子は本当は優しい子なのよ、本当に優しい子なの』」
「大丈夫ですよ。お二人共ちょっとすれ違っただけです。そろそろ素直になってみても良いと思いませんか?」
「素直に?」
「はい! 参道も新しくなったし、丁度良い機会ですから」
私の言葉に米子は頷いて拓海に付き従うように歩き始める。
「おい、大丈夫か?」
「大丈夫ですか? あの二人、本当に危ういですよ?」
足元から声が聞こえてきたので私は頷いて二人の後を追った。
「私は離れていた方が良いですか?」
私の言葉に拓海は頷くが、米子は首を横に振る。そんな米子を見て拓海は悲しげに呟いた。
「ま、遠くの親戚より近くの他人って言うもんな『なんでそんなポッと出の奴信用すんだよ』」
「拓海!『どうしてそんな事言うの? そんな事言う子じゃなかったでしょ?』」
二人の心の声はどんどんすれ違っていく。それに気づいた私は慌ててメニュー表を二人に見せた。
「何頼みますか? お二人共」
「あ、ああ、じゃあコーヒーで」
「私はお紅茶にしようかしら」
「分かりました。すみませーん!」
手を上げて3人分の注文をして待っていると、二人は何か言いたげにチラチラとお互いを伺っている。
「そう言えば拓海さんは何のお仕事をされてるんですか?」
「は? イラストレーターだけど『売れない、ほぼ自称だけどな……』」
「え、すご!」
絵が全く描けない私からすると、売れなかろうが自称だろうが凄い。それはどうやら米子もそう思うようで、目を輝かせて早口で話し始めた。
「そうなの! この子は昔から本当に絵が上手でね! 小学校の時に絵画コンクールで優秀賞もとった事があったのよ!」
嬉しそうに拓海の事を語る米子とは裏腹に、拓海の顔はどんどん歪んでいく。
「止めろよ、お袋。そんな昔の話、みっともない『止めてくれ! もう止めてくれよ!』」
「何を言うの!『あの時の絵は本当に素晴らしかった。お父さんも皆に自慢してたのに……』」
「本当に! もう止めてくれよ……頼むから……『絵が描きたくて家出たのに、絵だけで食ってけないなんて……今更言えねぇんだよ……』」
「拓海……『どうしてそんな事……あんなに絵が好きだったのに……』」
「……」
どうやら二人の心の繋がりが切れそうな原因はここにありそうだ。かと言ってこれを聞いた所で、二人の為に私が出来る事なんてあるのだろうか。
それでもやるしかない。芹に止められても加護をつけてもらって、二人のかけ違えてしまったボタンをもう一度ちゃんとかけ直すと決めたのは私だ。