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第12話 後悔と優しさのクレープ

「私、小さい時から得意な事って無いんですよ」

「は?『なんだよ、突然。聞いてねぇよ』」

「あら、そうなの?」

「はい。両親が不仲で、ずっと蚊帳の外だったんです。だから何かで賞を取っても誰も喜んでくれないし、応援もしてくれなかったんですよ」

「……『だから何だよ……可哀想な自分に同情でもしろってか?』」

「まぁ……『やっぱり何か事情があったのね……』」

「でもその事はもう別に良いんです。それが私の家族だった。それだけですから。でも、だからこそ得意な事が何も無いんです。この年になっても。だって、何しても誰も喜んでくれませんから。でもそれと同時に思うんです。もしも私の両親があの時手放しに私を褒めて褒めて褒め倒してたら、それはそれで物凄いプレッシャーになったんだろうなって」


 私の言葉に拓海と米子が息を呑んだ。


「!『そう……プレッシャーだった……ずっと、有り難いけど、嬉しいけど……辛かった……』」

「!『もしかして、私の言葉がずっとこの子を追い詰めてたの? それなのにあんな事……』」


 そこへ注文の品が届いた。私は二人の心の声を聞いて自分の分を持ってそっと席を離れると、少し離れた席に座る。


 しばらくは気まずそうにしていた二人だったが、ふと拓海が呟いた。


「なぁ母ちゃん、クレープ食っていい?」

「え? も、もちろん」

「……母ちゃんも食べる? 奢るよ。さっきさ、ちょっとだけ絵の金入ったんだ。クレープ奢れるぐらいの金だけどさ」

「……良いの? そのお金はあなたが稼いだものなのに」

「良いんだよ。元々俺は二人に楽させてやろうって家出たんだから。父ちゃん倒れた時に戻らなかったのだって、父ちゃんの病気も絶対に俺の絵で治してやるって。でも……クレープぐらいしか奢れねぇ。情けない。……なぁ、ごめんな、母ちゃん。この年になって彼女も居無けりゃまともな仕事もしてなくて、孫だって無理かも。10年振りに会った母親にクレープしか奢れないような息子で……ごめんな」


 泣き出しそうな震える声で呟く拓海よりも先に、米子が涙を零したのが見えた。そして手を伸ばし、まるで小さな子にするように拓海の頭を撫でる。


「何を言うの! 世界中のどこを探してもあなた程親孝行な息子は居ないわよ。ごめんね、拓海。私はずっと知らない間にあなたの重荷になるような事ばかり言ってたのね……。あなたは小さい頃から優しい子だった。あなたが電話をして来た時の事を、私はずっと後悔してた……私が一人になる事を心配して電話してきてくれたんだって分かってたのに、お父さんが突然死んじゃって怖くて仕方なくて、あなたの優しさに甘えてあんな事を言ってしまった……ごめんなさい……本当にごめんなさい、拓海」


 両手で顔を覆って泣き出してしまった米子の頭を、今度は拓海が撫でた。それを見てハンカチで涙を拭う私の耳に、狐たちの声が聞こえてくる。


「おい、あの二人繋がったぞ」

「ええ。まだか細くはありますが、もう切れそうなほどではありません」

「ほ、ほんと!?」

「ああ。初仕事にしちゃ良くやったんじゃないか?」

「まぁ、仕方ないので今回は褒めてあげますよ」

「うぅぅ」


 二人の言葉を聞いて安心した私がとうとう本格的に泣き出すと、狐たちは慌てた様子で言う。


「お、おい! また泣きすぎてこの間みたいになるなよ!?」

「ここには芹様は居ないのですよ!」


 慌てた二人の声を聞きながら鼻をかむ私の席に、拓海がやってきた。


「さっきは……悪かった。写真も消したから『悪かったな……疑って』」

「え……あ、いえ、こちらこそ突然すみませんでした」

「いや、あんたのおかげで母ちゃんにクレープ奢れたんだ。悪いけど帰りも母ちゃんに付き添ってやってくれるか?『母ちゃん、いつの間にかあんな年取ってたんだな……』」


 それを聞いて私はパッと顔を輝かせた。そんな私を見て拓海も安心したように笑う。


「もちろんです! 今度里帰りされたら、良かったら芹山神社にお参りに来てくださいね! お二人揃って」

「そうするよ。ついでに宣伝しとく。芹山神社の巫女さんは有能だって『この子には感謝しないとな』」


 それだけ言って拓海は私のテーブルに置いてあった伝票を持って、止める間もなく店を出て行ってしまった。


「わ、私の分まで奢ってくれた……」


 申し訳無さ過ぎて右往左往していると、米子がやってきて私の隣に腰掛け、手をそっと両手で包んでくる。


「ありがとうね、彩葉ちゃん。本当にありがとう」


 心の声も何も聞こえない、純粋なありがとうを聞いて私は満面の笑みを浮かべて頷くと、その後せっかくだからと言って東京駅を観光してお土産も買って沢山写真も撮って村に戻ったのだった。

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