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第13話『おかえり』

 村に戻り米子と別れた私達は嬉々として神社に戻ると、境内には『今から帰ります』と連絡をしたからか、芹が鳥居の下で腕組をしながら待ってくれていた。


「芹様!」


 芹の姿を見つけてそれまで姿を隠していた狐たちが子狐の姿に戻って芹の元へ駆け出す。その姿はまるで飼い主に会えて嬉しくて仕方ないワンコのようだ。


「おかえり、お前たち。街は楽しかったか?」


 飛びついてきた狐たちを抱えていつもより幾分優しい声で言う芹に、狐たちは尻尾を振りながら東京の話をしている。


「巫女はどうだったんだ? その表情だと上手くいったのか?」


 しきりに東京の話をする狐たちの言葉を遮って芹が言うので、私は笑みを浮かべてコクリと頷く。そんな私に芹も少しだけ表情を和らげた。


「そうか。先程から米子ともう一人、男の声がする。どちらも巫女と私への感謝の言葉だ」

「そうですか!」


 それはきっと拓海の声だろう。最初は詐欺を疑われた私だが、ちゃんと役に立てたようだ。


「ああ。途切れかけていた縁も無事に繋がったようだ。良くやった、巫女」

「……はい!」


 芹に何かを褒められたのはこれが初めてで、私は狐たちのように坂を駆け上がると息を弾ませて芹を見上げる。


「なんだ」

「ただいま戻りました、芹様」


 誰かと誰かの縁を繋ぎ直すだなんて事、最初は本当に出来るかどうか不安だった。それでもどうしても米子に笑ってほしかった。そんな単純な動機だったけれど、芹に褒められた事でようやく自分のした事に自信が持てた気がする。


 満面の笑みで言うと芹は少しだけ面食らったように目を見開いて言う。


「ああ、おかえり」


 『おかえり』たった4文字の言葉が妙に私の心を揺さぶる。


 思わず涙ぐんで頷いた私を見て芹は不思議そうな顔をするが、そんな私の心などお構いなしに狐たちは芹の腕から身を乗り出して言う。


「巫女、ところでさっき東京で買った土産食べようぜ」

「忘れる所でした! ウチ達は何も食べることが出来なかったのです!」


 そんな事を言いながら狐たちは私の腕に飛びついてきてお土産の袋を漁りだす。


 そんな私達を見て芹が小さな笑い声を漏らした。


「仲が良くて何よりだ。戻るぞ、お前たち」


 それだけ言って私達に背を向けて芹は歩き出す。そんな芹の後を私達は追った。


 本殿に入ってお茶の準備をしていると、居間として使っている部屋から狐たちの声が聞こえてくる。どうやらどうやって米子と拓海の縁を繋ぎ直したかを話してくれているようだ。


「――それで、巫女が自分の生い立ちを話し出して――」

「ほう」

「それを聞いて拓海が自分の心の本心に気づいたみたいで――」

「それで?」

「そしたら米子が――」

「そうか。人の心が聞こえても、心の機微が分からない私には出来なかった事だ。力を使って無理やり縁を繋ぎ直す事は出来ても、それでは長続きはしない。巫女は良くやっていたのだな」

「はい。僕も驚きました。あれはもしかしたらなかなか優秀な巫女になるかもしれません」

「そうですか? たまたまかもしれません。ウチは甘やかしません」

「良いんじゃないか。お前たちはお前たちの好きにすると良い」


 何だか自分が居ない所でこんな話をされていると照れてしまう。そう思いつつも襖を開けて部屋に入ると、狐たちは人の姿になって私が持っていたお菓子を見て顔を輝かせる。


「今日はお疲れ様でした、先輩達。はい、これ念願のお菓子です」

「おお! これが東京では一番有名なんだろう? スマホで見たんだ!」

「ウチが気になっていたのはこっちです。本当はクレープというのも食べてみたかったのですが」


 そう言ってちらりとこちらを見たビャッコの視線が痛い。


「えっと……今度レシピ調べてみます」

「よろしい。ではいただきます」


 クレープなんて家で作った事は無いけれど、まぁどうにかなるだろう。お茶を啜りながらそんな事を考えていると、狐たちは早速お菓子に齧りついて飛び出してしまった尻尾をブンブン振って喜んでいる。


「……」

「芹様? どうかしましたか?」

「……いや。お前たち、美味いか?」

「はい! それはもう! やっぱり東京の菓子は洒落てますね!」

「菓子と言えば昔は地蔵に供えられたおはぎばかりでしたからね」

「お、お地蔵様のおはぎ食べてたんですか!?」

「ええ。何か問題でも? ウチ達は神使ですし、石はおはぎを食べません。放っておいたら傷んで無駄になるではないですか」

「いや、それはそうなんですけど……」


 何か間違っているような気もするが、確かにこの二人は神様の遣いなのだから良いのかもしれない。


 そんな私達の会話を聞きながらまだ芹は何とも言えない顔をしてお菓子を見つめているので、何気なく私はあの有名なバナナの形をしたお菓子を一つ、芹に手渡したのだった。

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