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第43話「這い寄る圧力」

 ベジミール社からの提携打診から約二週間、そこで源二もフードプリンタ界隈に動きがあったことを察知した。

 まずはいつも仕入れに使っているフードトナー卸会社から「調味用添加物の流通量が減らされる」という連絡が来る。この情報は源二も既に知っている内容で、白鴉組が主体となって確保に動いているからあまり心配はしていない。しかし、情報通りの展開に裏社会の情報網の密度と巨大複合企業メガコープの動きの速さに舌を巻かざるを得なかった。


 だが、白鴉組が動くと言ってくれているのにここで動くのは不義理になる。源二はただ白鴉組たちを信じていつも通り営業するしかできなかった。

 チハヤに答えた通り、調味用添加物は万一のことを考えて多めに仕入れていたのですぐには枯渇しない。その余裕が源二に通常通りの動きをさせていた。


「『四つくれGive me four.』」

「二つで十分ですよ」


 隠しメニューの合言葉も十分浸透し、多くの常連客や偶然にも謎を解くことができた新規客にミソカツドンを出しながら源二は「いつまで落ち着いていられるだろうか」とふと考えた。

 いくら白鴉組が協力してくれても販売元が供給を絶ってしまえばそこで全てが終わってしまう。そうなる前に源二自身も決着をつけなければいけなかったが、ベジミール社が特に動きを見せないのなら下手に動くわけにはいかない。


 ここで締め付けに音をあげて泣きつけばそれこそベジミール社の思う壺である。


「タイショー、なんかあったのか?」


 突然、常連の一人に声をかけられて源二は我に返った。


「あ、ああちょっと考え事してた」

「大丈夫か? 疲れてんなら少し休んでもいいんだぞ?」

「まぁ正直言うとここの飯は毎日でも食いたいがな」


 そんなことを口々に言う常連たちに、源二は思わず笑みをこぼす。

 そうだ、自分が守るべきなのは店ではない。常連たちの笑顔だ。

 もしベジミール社の提案が富裕層に向けたものだった場合、常連たちは自分の料理を食べることができなくなる。


——それは、嫌だな。


 店がなくなったとしても常連たちが今までと変わりなく源二の料理と変わらないものを食べられると言うのならそれはそれで構わない。

 それがはっきりするまではとにかく店を守るだけだ、と源二が自分に気合を入れた時、別の常連が源二に話しかけてきた。


「そういやタイショーはあれ、試してみた?」

「あれ?」


 何のことか分からず、源二が首をかしげる。

 そんな源二の反応に、常連はあれだよあれ、と繰り返した。


「一週間ほど前にベジミール社が新しい味覚投影のプラグイン出してたんだが、タイショーは試してない感じか?」

「あー……」


 常連の言葉に源二はようやくピンときた。

 あれは「食事処 げん」が合言葉キャンペーンを始めたころだっただろうか。


 ニュースで「ベジミール社が新型の味覚投影プラグインを発売決定」と報道され、「食事処 げん」の中でも常連が少し騒いでいたが源二は完全にスルーしていた話題だった。


 味覚投影がどれ程優れようとも実際に自分の舌で味わうものとは違う、それなら自分の料理とは競合しない、と思っていたためプラグインの発売日なども全く気にかけていなかったが、それがいよいよ発売された、ということか。


「発売日とか完全に失念していたよ。ミヤさんは試したのか?」


 源二が常連にそう尋ねると、ミヤさんと呼ばれた常連はおうよ、と頷いた。


「結論から言ったら、やっぱりタイショーのメシには叶わないよ。『データベースに登録されていた味覚成分をより正確に投影する』ってのがウリだが、それでもタイショーのメシみたいな複雑さはないんだ。俺はこれからも『げん』を応援するぞ!」

「ははは、それは心強い」


 常連の言葉に、源二は「まだまだ戦えそうだな」とふと考えた。

 いくら新型のプラグインを使ったとしてもデータベースのデータが同じならそれが味覚投影の限界ということか。そもそも、データベースの味はその料理の全体的な風味しか収録されていないので噛み締めたときの味の変化や食べる部位によっての味の変化はどうあがいても再現できない。

 これがこの時代で失われたものであり、源二が疑似的にでも再現しようとしているものだった。


「まあでも、味覚投影の精度が上がったなら味覚投影オフはまあいいやってなる奴も増えるだろうな」


 味覚投影オフ、面白いんだけどなあと呟きながら焼き魚を食べる常連に、源二は「そうですかね」と首をかしげて見せる。


「味覚投影と実際の味覚は完全に別物だが、それでも味覚投影の不満が減れば味覚投影オフの興味も薄れるってことですかね」

「多分。俺は味覚投影オフの凄さを知ってるからこれからも通うけど知らない奴は知らないままで通すんだろうな」

「ふむ……」


 と、なると新規の顧客獲得は難しくなるか? と源二が考える。

 今の時点で十分すぎるほどの常連客はいるから新規開拓をしなければ客足が途絶えて閉店に追い込まれる、ということは考えにくいが、それを過信していれば痛い目に遭うのは元の時代で閉店した店を見てきたから分かっている。常連客であっても永遠に通い続けてくれるわけではない。何かしらの事情があって来れなくなることもあるので新規顧客が獲得できなければ先細りになるだけである。


——まさかな。


 ふと、とある考えに至り、源二はそれを否定しようとした。


——これもベジミール社の圧力か?


 開発自体はもっと前から進められていただろうが、発表や発売の時期を考えると「食事処 げん」を意識しているのではないかと思える部分はいくらでもある。発表当時は気にしていなかったが、あのあとハヤトから提携の打診を出されたことを考えるとベジミール社にはいくらでも「食事処 げん」を追い詰めるための手段がある、ということか。


——いや、考えすぎだよな。


 ベジミール社が「食事処 げん」を意識していないとは断言できない。むしろ意識しているのは事実だろう。それでもこんな立て続けに締め付けを行えば流石の源二も気づくことになる。

 それとも、ベジミール社は焦っているのだろうか、と考え、源二は思わずニヤリと笑った。


「どうしたタイショー、なんか面白いことあったのか?」

「あ? あぁ、少し面白いことになりそうだなと思って」


 ベジミール社が焦っているのならそれを利用しない手はない。

 今は気づいていないふりをしておくが、近いうちに利用させてもらおうと考え、源二はそのタイミングで店に顔を出したヨシロウに目配せした。




◆◇◆  ◆◇◆




「——なーるほどな」


 源二の話を聞き、ヨシロウが納得したように相槌を打った。


「確かに、新型プラグインの発表、発売時期を考えたら明らかに『げん』うちを意識してるよな。なんだよベジミール社はせっかちなのか?」

「『兵は拙速を尊ぶ』だよ。多少作戦が不完全でも先手必勝、じっくりと囲い込むよりさっさと取り込んだ方が損害は少ないって考えてんだろ?」


 調味用添加物の出荷調整と言い、新型味覚投影プラグインの発売と言い、ベジミール社は明らかに「食事処 げん」を経営難に追い込もうとしている。現時点では白鴉組が様々な方面から調味用添加物をかき集めてくれているので料理が出せない、という事態は回避できているが新規顧客の獲得を阻害するのも含めて明らかな営業妨害である。


 しかし、「食事処 げん」がそれを不当なものだと訴えるには証拠がない。調味用添加物の出荷調整も元々は採算の取れない部門を切り捨てただけだと言うことができるし新型味覚投影プラグインも源二が「タイミングがよすぎる」と思っただけで証明する手段がない。あくまでも合法的にベジミール社は動いている。あとはただ「食事処 げん」が自滅するのを待つだけでいい、そんな状況に風向きは変わりつつあった。


「まあ、巨大複合企業メガコープってそういうものだよな。間接的にじわじわと首を絞めてくる」

「怖いな」


 メガコープの本気を見せつけられたような気がして、源二は思わず身震いした。


「だが、負けるわけにはいかない」

「お前ならそう言うと思ったよ」


 そう言い、ヨシロウがどうする、と源二を見る。


「言っとくが、ベジミール社が不当な圧力をかけてると訴えるのはできないぞ」

「それはもちろん。っても、ベジミール社の動きを見ていると完全に潰す気はないんじゃないかな」


 顎に手を置き、源二が分析するように呟いて考えをまとめる。


「その根拠は」

「いや、調味用添加物も『出荷を絞る』なんだよな。完全に潰す気なら一旦『生産を打ち切る』とか言い出すはずなんだ。そうすれば調味用添加物の在庫がなくなった時点で『食事処 げん』は終わりだ。そうしないということはじわじわと首を絞めるが殺すつもりはない、俺が窒息して命乞いをするのを待っている感じがする」

「なるほど」


 源二の分析にヨシロウも納得する。

 「食事処 げん」を潰した場合、源二が完全に手を払いのける可能性をベジミール社は考慮している、ということか。そうなると「食事処 げん」は存続したまま、店の味を拡散する手段を講じるのか、と考えられる。ただ、その対象が——。


「『食事処 げん』を富裕層のみの店にするのは十分に考えられる」

「が、それは嫌なんだろ?」


 もう何度も繰り返されたやり取り。

 ああ、と源二が頷く。


「『食事処 げん』は誰もが自由に入れる店じゃないといけない。俺の味は誰もが自由に味わえるものじゃないといけない。それだけは譲れられないラインだ」


 だから、俺も徹底的に抗戦するぞ、と呟き、源二は店の奥に並んだベジミール社製のフードプリンタを一瞥した。

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