むかしむかし、天女へと献上した刀で岩を斬ったことで、天女より認められ、天野の姓を得た者どもの里である。
伝統的に優れた鍛冶師、ようするに『
生活面では里の者を充分にまかなえるだけの田畑があり、これもまた、綺麗な水の恩恵と言えた。
その土地に降り立つ、
「お、悪いねぇ。こいつは澄んだいい酒だ!」
「いやー、ウチの里の者が世話んなったね。どんどんやっとくれ!」
里長の下にもおかぬ歓待を受けるこの
帯で閉じず着物を羽織り、サラシで胸や腰まわりを隠した、紺色の髪の女性だ。
もてなしの場である。足を投げ出すようにして
その刀、細く長いのが特徴の
その博徒、なぜ天野の里長に歓待されているかと言えば──
「十子の荷物を守ってくれたんだって? ありがたいことさね」
十子が飛脚便で里に送った、異形刀。
これを運ぶ飛脚が野盗の襲撃を受けていたところに出くわし、野盗を撃退したのである。
そうしてそのまま、沈丁花自身の目的地が天野の里であったのも何かの縁、ということで。この博徒、飛脚の護衛を引き受けた。
もとより渡世人や博徒といった者どもは、街に居ついている者は街の治安、主に町民同士のいさかいを仲裁、代理で戦うなどして利を得る。
そして旅の渡世人は博打で稼いだり、日雇い仕事をしたりして稼ぐ。
沈丁花、実のところ、博打の種銭稼ぎはそういった日雇い仕事で稼いでおり、護衛というのは手慣れたものであった。
「いやあ、こうまで感謝されると気分がいいねぇ。里長さんもいけるクチだね、さ、私にばっかり飲ませてないで、里長さんも一献!」
「恩あるお客人に勧められちゃあ、断るわけにはいかないねぇ!」
……そして里長と沈丁花、波長でも合うのか、先ほど会ったばかりだというのに、十年来の旧友が再会したごとき様子であった。
年齢もかなり離れているはずだが、この二人の親しみよう、『長らく里を空けていた孫娘でも帰って来たんですか?』と思うほどである。
もちろん、波長が合うだけではなく……
「そんで、十子と千尋は、
十子と千尋。
共通の知り合いについての話題に、花が咲いたのである。
「さぁて、次はどこかねぇ。んー……ああ、たぶんだけど、『天罰の塔』あたりにでも行くんじゃあないかな。どうにもあの二人、武者修行でもしている様子。さりとて最近は天女教がどこもかしこも見張ってて、闇試合も減ってきている始末。ってぇこたあ、命のやりとりを求める剣客、『そういう場』に行くだろうってぇ寸法よ」
「なるほどねぇ。ま、あの二人なら大丈夫かな」
「そうだねぇ。ああ、痛い、痛い。千尋に寸止めで叩かれた親指が、こうしてまだじんとするよ。愛しいうずきさ。でも、次はそうならないように、
「いいねぇ。思いっきり粋な拵えにしちまおうか。侠客の長ドスはどうにも質素でいけない。女なら、刀を派手に着飾らせてやるのも甲斐性だよ」
ちなみにこの世界において、船は男性の人格を与えられるし、同様に、刀も男性のごとく扱って話されることが多い。
なので愛刀がある者などが拵えを頼む時、こういう表現をする。
「いいねぇいいねぇ。里長さん、話がわかる! どうぞ、こいつを思いっきり
「任せな! 先々代岩斬の、この
昼から酒を飲み、会話をし、たいそう楽し気である。
このままだと肩でも組みながら歌いかねない勢いであり、収穫がもうじきというところに迫った天野の里、時間も金銭も余裕がある状態であるので、こういう贅沢ができる、というわけだった。
……そこに。
まさか、
「里長ァ!」
慌ただしい足音とともに──
「なんだい、騒々しいねぇ! アンタも混ざるかい!?」
こんな知らせが届くなど、
「そ、そんなこと言ってる場合じゃ……天女教! 天女教が、来ました!」
「あぁ? そりゃ坊さんぐらい来るだろうよ。旅の僧侶ならもてなして──」
「違うんすよ! 兵を率いて、里を囲んでるんです!」
「……なんだって?」
想像も、しようが、なかった。
……かくして天野の里が、まったく心当たりのない戦火にさらされることになる。
これは天意かはたまた人為か。
刀鍛冶の里が、灼熱に包まれていく。