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第96話 天野の里への来客

 天野あまのの里──


 むかしむかし、天女へと献上した刀で岩を斬ったことで、天女より認められ、天野の姓を得た者どもの里である。


 伝統的に優れた鍛冶師、ようするに『神力しんりきで炎を放つことができる者』が生まれるこの里。鋼の産出こそほかの領地に頼っているものの、綺麗な水があり、それを吸って育つ木々に囲まれ、くべる薪には困らない場所である。

 生活面では里の者を充分にまかなえるだけの田畑があり、これもまた、綺麗な水の恩恵と言えた。


 その土地に降り立つ、博徒・・が一人。


「お、悪いねぇ。こいつは澄んだいい酒だ!」

「いやー、ウチの里の者が世話んなったね。どんどんやっとくれ!」


 里長の下にもおかぬ歓待を受けるこの博徒ばくと、その名を沈丁花じんちょうげという。


 帯で閉じず着物を羽織り、サラシで胸や腰まわりを隠した、紺色の髪の女性だ。

 もてなしの場である。足を投げ出すようにして茣蓙ござに座り、里長の手酌で昼間から酒をふるまわれているゆえ、刀は横に置いている。

 その刀、細く長いのが特徴の十子とおこ岩斬いわきりの作。鞘から抜き放てば柔らかい針のごとき刃がのぞく。勢いよく振ればしなり、その取り回しの速さと刃の細さから目にも止まらず、高い貫通力を持つゆえに布の背後に隠して布ごと人を突いても威力が減衰しない、異形の刀である。


 その博徒、なぜ天野の里長に歓待されているかと言えば──


「十子の荷物を守ってくれたんだって? ありがたいことさね」


 十子が飛脚便で里に送った、異形刀。

 これを運ぶ飛脚が野盗の襲撃を受けていたところに出くわし、野盗を撃退したのである。


 そうしてそのまま、沈丁花自身の目的地が天野の里であったのも何かの縁、ということで。この博徒、飛脚の護衛を引き受けた。


 もとより渡世人や博徒といった者どもは、街に居ついている者は街の治安、主に町民同士のいさかいを仲裁、代理で戦うなどして利を得る。

 そして旅の渡世人は博打で稼いだり、日雇い仕事をしたりして稼ぐ。

 沈丁花、実のところ、博打の種銭稼ぎはそういった日雇い仕事で稼いでおり、護衛というのは手慣れたものであった。


「いやあ、こうまで感謝されると気分がいいねぇ。里長さんもいけるクチだね、さ、私にばっかり飲ませてないで、里長さんも一献!」

「恩あるお客人に勧められちゃあ、断るわけにはいかないねぇ!」


 ……そして里長と沈丁花、波長でも合うのか、先ほど会ったばかりだというのに、十年来の旧友が再会したごとき様子であった。

 年齢もかなり離れているはずだが、この二人の親しみよう、『長らく里を空けていた孫娘でも帰って来たんですか?』と思うほどである。


 もちろん、波長が合うだけではなく……


「そんで、十子と千尋は、百花繚乱ひゃっかりょうらんの次はどこに行くって?」


 十子と千尋。

 共通の知り合いについての話題に、花が咲いたのである。


「さぁて、次はどこかねぇ。んー……ああ、たぶんだけど、『天罰の塔』あたりにでも行くんじゃあないかな。どうにもあの二人、武者修行でもしている様子。さりとて最近は天女教がどこもかしこも見張ってて、闇試合も減ってきている始末。ってぇこたあ、命のやりとりを求める剣客、『そういう場』に行くだろうってぇ寸法よ」

「なるほどねぇ。ま、あの二人なら大丈夫かな」

「そうだねぇ。ああ、痛い、痛い。千尋に寸止めで叩かれた親指が、こうしてまだじんとするよ。愛しいうずきさ。でも、次はそうならないように、こしらえを作って、鍔でももらおうかい、っていうのが、私の来た理由なんだよね」

「いいねぇ。思いっきり粋な拵えにしちまおうか。侠客の長ドスはどうにも質素でいけない。女なら、刀を派手に着飾らせてやるのも甲斐性だよ」


 ちなみにこの世界において、船は男性の人格を与えられるし、同様に、刀も男性のごとく扱って話されることが多い。

 なので愛刀がある者などが拵えを頼む時、こういう表現をする。


「いいねぇいいねぇ。里長さん、話がわかる! どうぞ、こいつを思いっきり婆娑羅ばさらな男に仕立ててやっておくれよ!」

「任せな! 先々代岩斬の、この三太夫さんだゆうが承ったァ!」


 昼から酒を飲み、会話をし、たいそう楽し気である。

 このままだと肩でも組みながら歌いかねない勢いであり、収穫がもうじきというところに迫った天野の里、時間も金銭も余裕がある状態であるので、こういう贅沢ができる、というわけだった。


 ……そこに。


 まさか、


「里長ァ!」


 慌ただしい足音とともに──


「なんだい、騒々しいねぇ! アンタも混ざるかい!?」


 こんな知らせが届くなど、


「そ、そんなこと言ってる場合じゃ……天女教! 天女教が、来ました!」

「あぁ? そりゃ坊さんぐらい来るだろうよ。旅の僧侶ならもてなして──」

「違うんすよ! 兵を率いて、里を囲んでるんです!」

「……なんだって?」


 想像も、しようが、なかった。


 ……かくして天野の里が、まったく心当たりのない戦火にさらされることになる。


 これは天意かはたまた人為か。

 刀鍛冶の里が、灼熱に包まれていく。

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