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第98話 軍と荒くれ

 宗田そうだ千尋ちひろが躍り出ると、まずは敵軍、困惑の様相である。


 なぜってパッと見た限りでは大した神力しんりきの感じられない者が、何も言わずにいきなり斬りかかってきたのだから。


 武装した集団である。

 武装。胴当て、籠手、槍、刀、弓。

 しかも揃いの服を着た集団。すなわち『一軍』。


 数は隊伍が三つで十五名である。とはいえ十五名の神力持ちの女、しかも武装したうえ、その所属が『どこかの領主大名』ではなく『天女教』であるから、昨今の天女教が『男を守るため、女は強くあれ』という風潮であるのも加味して、一人一人が手練れである。


 この手練れの軍を相手に、まともな武装もしていない千尋と十子、そこにくわえて宿屋の女将に、中に閉じ込められていた客が勝っている要素、ほとんどない。


 だが一点、あるとすれば、それは。


 千尋が奇襲により、一人の体勢を崩した。

 すると、軍の注目が千尋──『唐突に出現した侵入者』に集まる。


 ……千尋らが、天女教の軍勢を相手に勝っている部分。

 それは、心構えである。


 軍勢は己の政治的・軍事的強大さを知っている。

 が、ゆえに、『まさか自分たちに本気で抵抗する者はいないだろう』という慢心があった。


 正しい。

 だがしかし、軍勢は見誤っていた。


 ここは天野あまのの里へ続く道、ぽつんと建つ宿屋である。


 ここの利用者は天野の里の関係者か……


 刀鍛冶の里に用事がある荒くれ者どものみだ。


 その荒くれ者ども、いきなり来た軍隊に囲まれ、偉そうにされ、宿に閉じ込められていたという状況を、酷く・・面白くない・・・・・と感じている。

 そういった心情の者どもの前で、『軍』に隙ができた。

 すると、こうなる。


「ほら、よぉ!」


 という声とともに、卓の上にあった徳利とっくりで目の前の天女教兵の頭をぶん殴る者、宿屋の女将である。

 それと同時、押し込められるように槍を突き付けられていた荒くれども、「やっちまえ!」と叫び、そのへんにある物をなんでも使って、天女教兵に襲い掛かる。


 一瞬のうちに混沌に包まれ、そこらで列も集もないケンカが始まった。

 騒ぎの中で目鼻の利く者、自分たちの武器がまとめて置かれている場所に忍び寄り回収。それをどんどん味方へ投げていく。


 あとは勢い任せの酷く乱雑な争いの始まりである。


 わあわあぎゃあぎゃあという声がし、天女教兵指揮官が落ち着けと号令する。

 だが号令を発したが最後。指揮官を特定した千尋による攻撃──天女教兵を投げつけての攻撃である。

 どう見ても非力そうな千尋が武装した兵を投げ飛ばすと、さすがにそれで倒せはしないものの、指揮官、尻もちをついて倒れこむ。


 あとは荒くれ者どもによる袋叩きであった。


 どうにもかなり横暴な指揮官であったらしい。袋叩きにこもった恨み、実にすさまじい。

 これでもかこれでもかと殴打された指揮官が動かなくなると、ギラついた怒りを目に宿した荒くれどもの目が軍の他の者へ向く。


 ……昨今の風潮から、現在の天女教兵は強い。

 実際、袋叩きにされた指揮官、そこまでされてもまだ『気絶』という程度で、息はあるのだ。これだけ集団でボコボコにされて死なない耐久力を見るに、相当な神力の持ち主なのであろう。


 だがしかし、戦とはせいである。


 反撃されると思っていなかった軍、指揮官を袋叩きにされ、その『一人を囲んでボコボコにすることになんのためらいもない連中』の視線が自分を向いたとなると、逃げだす者が出てしまう。

 一人逃げ出すと蜘蛛の子を散らすがごとく、それに続く。


 荒くれども、ずいぶん『ケンカ』に慣れているのであろう。誰も追撃せず、手際よくそこで転がっている指揮官をふん縛っていく。


 ……かくして、宿の状況は一応の解決を見たのであった。



「で、何が起きたんだ?」


 十子とおこがたずねると、宿の女将は「こっちが聞きたいよ!」と怒りをこらえきれないように吐き捨て、


「あの連中ったら、いきなり来て、横暴にサァ! 飯はたかるし、酒はたかるし、そのくせこっちにゃ横暴と来たもんだ! しかも金も払わない! ウチはね、ツケはやってないんだよ!」


 そうだそうだと荒くれ者どもが同調する。

 女将はそちらを振り返って、


「アンタらも壊した分はきっちり取り立てるからね!」


 ええ~!? と荒くれ者どもが一斉に声をあげた。


 女将はため息をつき、真剣な顔で十子を見る。


「……あの連中の話だとねぇ、天野あまのの里に攻めてるらしい」

「…………は? あいつら、どう見ても天女教だろ? なんで天女教がウチを攻めるんだよ」

「知らないよ! けどまあ、最近の天女教はおかしいからねぇ……特に『男隠し』にゃ厳しくなってる。嫌なご時世だよ。隠すほど男なんざいやしないってのに! 天女教アンタらがそこらじゅうから男を根こそぎさらってんじゃないかって、ねぇ!」


 そこで千尋が反応を示さなかったこと、驚嘆に値する精神力であった。


 ただし十子は千尋を振り返ってしまった。


 仕方なさそうに、千尋が口を開く。


「これは、行くべきであろうなァ」

「……危ない状況みてぇだぞ」

「だからこそ、であろう? それに、十子殿は『やめよう』と俺が言ったとて、やめるのか?」

「…………『悪い、行く』って答えるな。あそこは……」

「故郷とはそういうものだ」

「……ああ」

「ここに配置されているので十五名。ということは──はは。百名、あるいは千名単位の軍勢がいるやもしれん。俺はさすがに『戦』の経験はない。数十人程度に囲まれたことならあるが、百名、千名の敵の渦中に躍り出るというのは、胸が躍る」


 踊るほどねぇだろ、と荒くれが言い、笑いが起こる。

 どうにも胸はでかいほどいいという価値観がある様子であった。


 千尋もそれが『荒っぽい者が集まった時に仲間内で交わされる下品な冗談』であることを理解して笑って見せ、


「友の故郷の危機を前に逃げること、『女がすたる』というやつではないか?」

「……」

「俺は行くぞ。誰が止めようともな」

「……すまねぇ」

「何を謝ることがあろうか。言ったはずだ。俺は、俺の魂に従い人を斬る。剣のせいではない。他者のせいでもない。俺が何かを斬ると決めた。ゆえに、斬りに行く。それだけだ」


「乗ったァ!」


 と、そこで大声を挙げるのは荒くれの一人であった。


 突然の声に千尋と十子がそちらを見れば、着流しに一本差しの女が、着物の合わせに手を入れて乳房の下を掻きながら、ニタリと笑った。


おんなだねぇ、アンタ! 天女教何するものぞ。コケにされたらとことん、だ。あたしも一枚噛ませてもらおうじゃあないか!」


 一人が口火を切ると、口々に賛同の声が上がる。

 治安の悪い集団である。向こう見ずな集団である。ノリと勢いだけで生きているような連中である。


 だがしかし、彼女らの言葉を借りれば、おんなであった。


 十子は、


「……仕方のねぇ連中だよ、本当に。なんだかもう、現実的なこと言うのも馬鹿馬鹿しいやな。……頼む、力を貸してくれ」


 頭を下げた。


 千尋が『ぱん』と手を叩く。


「ではこれより先、拙速が求められよう。逃げた連中が我らのことを報告し、天野の里に向いている注意が我らに向く前に突撃。……おそらく取り囲んでいるであろう連中を突き抜け、里の中へ突っ込む」

「……突っ込んで大丈夫か?」

「この無勢ぶぜいで『軍』を相手に外からちくちくやってどうなる? ……まァ、相手が全部で三十名ぐらいであれば、その場で倒してしまえるやもしれんがな。この宿に十五名というのは、いかにも豪華な人数の使い方ではないか。アレを『見張り』と仮定すると、相手の母体は十倍以上、百五十名は最低でもいるという目算でいる」

「……」

「であれば中に入り、里の者と合流しようではないか。十子殿の故郷の者たちだ。すでに滅ぼされていたり、抵抗をあきらめて囚われているなどということはなかろう」

「どういう意味だよ」

「そういう意味だが。……『外』への働きかけは、女将に任すか。戦の想定はしているか?」


「女に生まれたからにゃあ、いつでも戦う覚悟はできてるよ! 任せな! 伝手という伝手を使ってやらぁな」


「そいつは力強い。では、行くぞ。駆け足だ」


 かくして天野の里の危機に、千尋と十子が駆けつける。


 稲穂の刈り入れを間近に控えた季節──


 天野の里で、炎が燃え上がることになる。

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