なぜってパッと見た限りでは大した
武装した集団である。
武装。胴当て、籠手、槍、刀、弓。
しかも揃いの服を着た集団。すなわち『一軍』。
数は隊伍が三つで十五名である。とはいえ十五名の神力持ちの女、しかも武装したうえ、その所属が『どこかの領主大名』ではなく『天女教』であるから、昨今の天女教が『男を守るため、女は強くあれ』という風潮であるのも加味して、一人一人が手練れである。
この手練れの軍を相手に、まともな武装もしていない千尋と十子、そこにくわえて宿屋の女将に、中に閉じ込められていた客が勝っている要素、ほとんどない。
だが一点、あるとすれば、それは。
千尋が奇襲により、一人の体勢を崩した。
すると、軍の注目が千尋──『唐突に出現した侵入者』に集まる。
……千尋らが、天女教の軍勢を相手に勝っている部分。
それは、心構えである。
軍勢は己の政治的・軍事的強大さを知っている。
が、ゆえに、『まさか自分たちに本気で抵抗する者はいないだろう』という慢心があった。
正しい。
だがしかし、軍勢は見誤っていた。
ここは
ここの利用者は天野の里の関係者か……
刀鍛冶の里に用事がある荒くれ者どものみだ。
その荒くれ者ども、いきなり来た軍隊に囲まれ、偉そうにされ、宿に閉じ込められていたという状況を、
そういった心情の者どもの前で、『軍』に隙ができた。
すると、こうなる。
「ほら、よぉ!」
という声とともに、卓の上にあった
それと同時、押し込められるように槍を突き付けられていた荒くれども、「やっちまえ!」と叫び、そのへんにある物をなんでも使って、天女教兵に襲い掛かる。
一瞬のうちに混沌に包まれ、そこらで列も集もないケンカが始まった。
騒ぎの中で目鼻の利く者、自分たちの武器がまとめて置かれている場所に忍び寄り回収。それをどんどん味方へ投げていく。
あとは勢い任せの酷く乱雑な争いの始まりである。
わあわあぎゃあぎゃあという声がし、天女教兵指揮官が落ち着けと号令する。
だが号令を発したが最後。指揮官を特定した千尋による攻撃──天女教兵を投げつけての攻撃である。
どう見ても非力そうな千尋が武装した兵を投げ飛ばすと、さすがにそれで倒せはしないものの、指揮官、尻もちをついて倒れこむ。
あとは荒くれ者どもによる袋叩きであった。
どうにもかなり横暴な指揮官であったらしい。袋叩きにこもった恨み、実にすさまじい。
これでもかこれでもかと殴打された指揮官が動かなくなると、ギラついた怒りを目に宿した荒くれどもの目が軍の他の者へ向く。
……昨今の風潮から、現在の天女教兵は強い。
実際、袋叩きにされた指揮官、そこまでされてもまだ『気絶』という程度で、息はあるのだ。これだけ集団でボコボコにされて死なない耐久力を見るに、相当な神力の持ち主なのであろう。
だがしかし、戦とは
反撃されると思っていなかった軍、指揮官を袋叩きにされ、その『一人を囲んでボコボコにすることになんのためらいもない連中』の視線が自分を向いたとなると、逃げだす者が出てしまう。
一人逃げ出すと蜘蛛の子を散らすがごとく、それに続く。
荒くれども、ずいぶん『ケンカ』に慣れているのであろう。誰も追撃せず、手際よくそこで転がっている指揮官をふん縛っていく。
……かくして、宿の状況は一応の解決を見たのであった。
◆
「で、何が起きたんだ?」
「あの連中ったら、いきなり来て、横暴にサァ! 飯はたかるし、酒はたかるし、そのくせこっちにゃ横暴と来たもんだ! しかも金も払わない! ウチはね、ツケはやってないんだよ!」
そうだそうだと荒くれ者どもが同調する。
女将はそちらを振り返って、
「アンタらも壊した分はきっちり取り立てるからね!」
ええ~!? と荒くれ者どもが一斉に声をあげた。
女将はため息をつき、真剣な顔で十子を見る。
「……あの連中の話だとねぇ、
「…………は? あいつら、どう見ても天女教だろ? なんで天女教がウチを攻めるんだよ」
「知らないよ! けどまあ、最近の天女教はおかしいからねぇ……特に『男隠し』にゃ厳しくなってる。嫌なご時世だよ。隠すほど男なんざいやしないってのに!
そこで千尋が反応を示さなかったこと、驚嘆に値する精神力であった。
ただし十子は千尋を振り返ってしまった。
仕方なさそうに、千尋が口を開く。
「これは、行くべきであろうなァ」
「……危ない状況みてぇだぞ」
「だからこそ、であろう? それに、十子殿は『やめよう』と俺が言ったとて、やめるのか?」
「…………『悪い、行く』って答えるな。あそこは……」
「故郷とはそういうものだ」
「……ああ」
「ここに配置されているので十五名。ということは──はは。百名、あるいは千名単位の軍勢がいるやもしれん。俺はさすがに『戦』の経験はない。数十人程度に囲まれたことならあるが、百名、千名の敵の渦中に躍り出るというのは、胸が躍る」
踊るほどねぇだろ、と荒くれが言い、笑いが起こる。
どうにも胸はでかいほどいいという価値観がある様子であった。
千尋もそれが『荒っぽい者が集まった時に仲間内で交わされる下品な冗談』であることを理解して笑って見せ、
「友の故郷の危機を前に逃げること、『女がすたる』というやつではないか?」
「……」
「俺は行くぞ。誰が止めようともな」
「……すまねぇ」
「何を謝ることがあろうか。言ったはずだ。俺は、俺の魂に従い人を斬る。剣のせいではない。他者のせいでもない。俺が何かを斬ると決めた。ゆえに、斬りに行く。それだけだ」
「乗ったァ!」
と、そこで大声を挙げるのは荒くれの一人であった。
突然の声に千尋と十子がそちらを見れば、着流しに一本差しの女が、着物の合わせに手を入れて乳房の下を掻きながら、ニタリと笑った。
「
一人が口火を切ると、口々に賛同の声が上がる。
治安の悪い集団である。向こう見ずな集団である。ノリと勢いだけで生きているような連中である。
だがしかし、彼女らの言葉を借りれば、
十子は、
「……仕方のねぇ連中だよ、本当に。なんだかもう、現実的なこと言うのも馬鹿馬鹿しいやな。……頼む、力を貸してくれ」
頭を下げた。
千尋が『ぱん』と手を叩く。
「ではこれより先、拙速が求められよう。逃げた連中が我らのことを報告し、天野の里に向いている注意が我らに向く前に突撃。……おそらく取り囲んでいるであろう連中を突き抜け、里の中へ突っ込む」
「……突っ込んで大丈夫か?」
「この
「……」
「であれば中に入り、里の者と合流しようではないか。十子殿の故郷の者たちだ。すでに滅ぼされていたり、抵抗をあきらめて囚われているなどということはなかろう」
「どういう意味だよ」
「そういう意味だが。……『外』への働きかけは、女将に任すか。戦の想定はしているか?」
「女に生まれたからにゃあ、いつでも戦う覚悟はできてるよ! 任せな! 伝手という伝手を使ってやらぁな」
「そいつは力強い。では、行くぞ。駆け足だ」
かくして天野の里の危機に、千尋と十子が駆けつける。
稲穂の刈り入れを間近に控えた季節──
天野の里で、炎が燃え上がることになる。