「なるほど。肉と同じようなものだということだな。」
「はい。健やかな体は、野菜や肉などをバランスよく取らなければ維持できません。このコーンシロップや砂糖は体を動かすための力の源にはなりますが、消費できなければ脂肪となる短所を持っていますから。」
「ふむ。君は食医の知識も持ち合わせているのか?」
「知識だけです。それよりも、食医が存在するのでしょうか?」
食医というのは周王朝時代にまでさかのぼる。当時は食医や内科医にあたる疾医、外科医の瘍医、そして獣医という4つの医者が存在したそうだ。その中でも食医は医師として最高位を持っていた。皇帝の日々の食事を管理して健康を維持するのが主務で、古来の中国では病気を未然に防ぐことが重要視されていたのがわかる。
「いや、我が国ではそういった者はいないが、遠く離れた東の国では古くから存在すると聞いたことがある。」
「私は専門ではありません。ただ、食事の内容に気をつけることで寿命をのばし、病気を未然に防ぐことはできます。両殿下には健やかにお育ちいただきたいと思いましたので、出過ぎた真似をしてしまいました。」
「いや、かまわぬ。むしろ感謝するよ。このシロップが流通すれば、君の言うように食べ過ぎてしまう者も出てくるだろう。事前にそれがわかっていれば、流通量の制限も可能だ。」
「それは、あまり食べられないということですか?」
王女が悲しそうな顔でそう言った。
「王女殿下。私はたまに食べるからこそ美味しいものだと思っています。いつでも食べられるというのは、普段の食事が毎回同じメニューで出てくるのと似たようなものです。ですから、がんばったご褒美として食べたときの感動も大きいのではないでしょうか。」
「確かに、そうかもしれません。」
俺はユーグに視線をやった。
ユーグはそれで理解したのか、今後のことについて話を始める。
「このシロップはまだ試作段階です。これを冬までには完成させて王家に献上するつもりでした。そこで陛下の了承が得られれば、さらに増産して出荷する予定です。」
「まあ。それでは王都でも食べられるようになるのですね?」
「ええ。それまで少しの間ご辛抱ください。」
貴重なものであるということ、そして摂りすぎると体に良くないことを理解してもらえたようだ。
ユーグのいうように、王家に献上した後に商品として出荷する計画はある。シロップ類は比較的賞味期限が長い食品だが、直射日光や高温なところでは変色しやすく虫がつきやすいのが特徴だ。
容器や蓋に使うコルクの調達にも時間がかかり、さらにトウモロコシの在庫を考えると出荷できるまでは少し時間が必要となる。あと1ヶ月くらいの猶予は必要だろう。
容器に使う色ガラスについては既にクリスタルガラスやレースグラス、エナメル彩色などと共に技術が流入しているため問題はない。重要なのはその生産体制である。ガラス職人に話を通して発注段階まで来てはいるが、希望数の納品までにはまだ時間がかかりそうだったのだ。
余談だが、ガラスの技術についてはかなり高度な技術が展開されている。15世紀の中世ヨーロッパとほぼ同水準であり、他の技術を見る上で矛盾のない広がり方だと思えた。この世界で異なるのは、地球にはない魔法文化があるということだけなのかもしれない。
俺にとっては時代考証を実体験できるのだから非常に喜ばしいことだった。まあ、魔法については未知の部分が多いため、そのうち本格的に知識に取り込みたいとは考えている。しかし、俺自身が使えないから少し躊躇いがあるのは事実だ。どちらにしても、専門的な文献が大きな都市に行かなければ目を通せないようなので、機会があればそうしたいと思っている。
「明日はジャック釣りに両殿下も同行するのだが、君も一緒に来てもらえるのかな?」
公爵は釣具の説明をして欲しいのだろう。
「ええ、問題ありません。両殿下も釣りをされるのでしょうか?」
「ああ、今回の訪問はそれが目的なのだ。私がジャック釣りの話をしたところ、両殿下もやってみたいと言われてな。」
「それではおふたりの釣具も作りましょう。」
「あまり時間はないが、できるのか?」
「竿や糸は予備がいくつかあります。疑似餌もティースプーンを用意すればすぐにでも作業ができますので。」
疑似餌はいくつか予備があるが、もう少し作っておいた方がいいだろう。ワイヤーを使っているとはいえ、何かで擦れて糸が切れないとも限らない。
「作業を見学させてもらってもいいだろうか?」
「はい、大丈夫です。」
公爵は目を子供のように輝かせていた。よほど釣りが好きなのだろう。
両殿下も興味があるようだったが、何やら勉学の時間を取る必要があるらしく残念そうな表情をしていた。
しばらくして茶会は解散となり、俺はそのままこの部屋で作業をすることになった。
俺が与えられた作業部屋には他にもいろいろと製作中のものがあるため、あまり人を入れたくないのが理由だ。