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第52話

自室に戻ってベッドに横になった。


少し胸が重苦しい。


不安が突き上げてくると同時に、怒りか悲しみなのかわからない感情が湧き出してくる。


ユーグやティファの表情を見る限り、彼らを責めることはできない。公爵は本心はともかく、立場としてはあたりまえのことを言っているのだと頭では理解していた。


あの場で心象を悪くしても、自分にはメリットはない。だからこそ、表面上は冷静に対処した。


しかし、本心では異なる。


俺を差し出せば多くの人が帝国の脅威にさらされなくなる。それに、まだ年端もいかない王女殿下が人質として嫁ぐ必要もない。それは十分に理解している。


しかし、なぜ俺なのか。


この都市の発展のために良かれと思ったことが仇となった。そして、それは頼まれたわけではなく、自身のやりたいことと合致していたから行ったのだ。そう考えるとユーグを恨むことはできない。彼やティファは、少なくとも俺に対して好意的だったのだ。


では、このやりようのない感情はどこにぶつければいい。


公爵?


それも違う。


賢者を寄越せといった帝国?


そもそも賢者と誤解される振る舞いをしたのは自分自身なのである。


だったら矛先は自分しかない。


「はぁ···」


深い溜息を吐きながら起き上がった。


床で座禅を組み、呼吸を整える。


あの場で直情的にならずに振る舞えた。それは人間としての成長だと思うことにした。


冷静に対処して、彼らに曖昧ではあるが貸しを作れたと思うことにする。


不安なのは何だ?


蛮族とも呼ばれている魔族の所へ行かされること。そして、何をさせられるのかがわからないことに対してである。


そうだ。


冷静に考えればそれだけのことなのである。


帝国に行けば身の危険があるだろうか?


それは今後のことで、今の状況では不透明でしかない。何かの罪をきせられたり、断罪されるわけではなかった。


良いふうに考えてみる。


魔法に卓越した魔族、そして亜人が暮らす国。異種族との交流というのは、善し悪しは別としてなかなかにおもしろい体験となる。


海外に行くと、まったく違う思考や文化に触れて好奇心が刺激されるのは間違いない。嫌なことといえぱ、時間にルーズであったり常識が違うことによる苛立ちを感じさせられることくらいか。


それもビジネスが絡んだ時だけともいえる。


プライベートで考えると、交流関係を広げやすいのは日本よりも海外だと個人的には感じていた。


実はあるメディアのランキングで、日本は友人を作りづらい国のワースト10に入っている。


世界的に共通なのは、複数の言語が入り交じり会話がしにくい地域や、寒い国はワースト上位に入りやすいというところだ。


日本に関しては、それとは別に人間性はフレンドリーだが、外国人に対して構えてしまうというのがあるらしい。要は自己開示や積極性に乏しいということだと俺は解釈している。


確かに日本人はシャイだとは思う。しかし、それは北欧諸国の人々と比べるとそれほどのものではない。彼らは寒く閉ざされた期間が長い地域にいるため、感情表現が控えめだったりする。ただ、真面目で慎重な性格は日本人と通じるところがあるのだと、交流していてわかったりするのだ。


世界には笑顔を振りまくことが良いとされる地域もあれば、普段から愛想を振り撒くのは軽薄だという国もある。


そういった人々の内面の違いを知ることも、なかなかに楽しいことだったりするのは経験上で知っていた。


とにかく言語を早めに覚えてしまうことだ。


俺は会話が通じなくてもガンガン行こうぜ的なポジティブさを持っているわけではない。言葉を覚え、それをさらに活用できるように異なる分化や風習を持つ人々の中に入っていく。


帝国に行くこともそれと何ら変わらないじゃないか。


戦争は既に終結している。治安の悪さや血気盛んな者はいるかもしれないが、それを怖がってどうする。


そう、ただそれだけのことだという結論に達した。


座禅をやめ、執事のドニーズさんを探すことにする。


扉を開くと、その横にはティファがいた。


「ソー···」


ティファは泣きそうな顔をしていた。


こんな表情をする彼女は初めて見たので、すぐに言葉は出てこない。


「····················」


「ありがとう。」


「え?」


「俺のことを心配してくれているんだろう?大丈夫。あっちに行ってもうまくやるよ。それに、ティファやユーグには感謝している。」


「そう。」


ティファはそっと息を吐き出した。彼女なりに俺のことを友人として心配してくれているのだろう。それだけで十分だと思えた。


「帝国の言語を学んでおきたい。ドニーズさんに言って、関連書物があれば貸してもらおうと思ってね。」


俺は努めて笑顔で接した。






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