馬車に揺られながら頭の中を整理する。
出発してからすでに一週間が経過していた。
食事や寝るときに冒険者たちと何度も談笑し、少ないながらも情報を手に入れている。
なぜ俺の護送に王国の人員が配備されなかったかについては不明だ。
通常、国家間で人のやり取りをする場合は、その国に属する兵士などが護衛につくのがあたりまえだろう。それほど要人として見なされていないとは思いつつも、万一俺か逃走したり道中で事故にあって命を落としたとすると争いになる可能性がある。
この馬車や人員を手配したのは帝国側だと聞いているが、冒険者も含めて一時的に雇われただけだろう。話していても大した情報が引き出せなかっただけでなく、彼らは詳しい情報も持っていそうになかった。
直接の雇用主は帝国ではなく、帝国と懇意にしている商人であることは聞き出している。帝国も終戦後の復興やら何やらでなかなか手が回らないのだというのはわかるが、和平条約として出した条件である俺への扱いにしては少し杜撰な気がした。
···いや、もしかして俺の護送は失敗する予定なのではないだろうか。
魔族は蛮族だという者がいる。
もし、俺が護送中にいなくなれば戦争が起きたりはしないだろうか。
和平条約の交換条件として身柄を渡す予定の相手がいなくなる。理由はどうあれ、和平条約に至るための条件が不履行になってしまう。
仮に俺ではなく王女殿下が帝国に行くとしたら、もっと護衛の兵はついたはずだ。一国の王族が拐われたり命を落とすなんてことになれば、国の一大事になるに違いない。それに比べれば俺の命など軽いものだ。
もしかして、これは仕組まれたものなのか。
王国側の謀略ではないだろう。もしそんなことをすれば、国は戦禍にみまわれ最悪の場合は亡国となり得る。
では帝国側の陰謀か?
それも少し違う気がする。
帝国は長年の戦争で国力が低下し、兵士も疲弊しているはずだ。終戦からそれなりの時間が経ったとはいえ、まだ一年程度。わざわざ王国に戦争を仕掛けるメリットがない。それに、帝国は侵攻や略奪行為はしていないと聞く。蛮族というのは、戦いの際の苛烈な躍動からいわれているに過ぎない。
実際に彼らの戦いや戦争の背景を目のあたりにしたわけではないが、客観的に見て義は彼らにある。ならば、争いの原因をわざわざ作って再び戦火にまみれるだろうか。
確かに彼らの戦闘力は凄まじいのかもしれない。しかし、帝国から仕掛けるのは違う気がした。
「あんた、馬車の中じゃほとんどしゃべらないがよく耐えられるな。」
近くに座っていた男が急に話しかけてきた。スラムの男だ。
「あと三日くらいで帝国領に入る。もっと焦った顔を見れると思っていたのにあてが外れたわ。」
この男は、再会したときに俺の所持品を奪おうとしたもうひとりの男をいさめた。それに今の言葉を聞くかぎり何も知らないのかもしれない。ただ俺に意趣返しがしたかっただけなのだろうか。
「あなたを雇った商人は、もしかして武器を扱っていたりしませんか?」
「あ?そうだよ。戦争でかなり儲けたらしい。帝国ともそのつながりがあって賢者様の話を伝えたそうだ。俺はあんたがあの都市でいろいろとやってるのを知らせて、商売敵になるから潰せって言いたかったんだけどよ。情報料としてそれなりに大金をもらったし、この役目が終わったら報酬も出る。結果的にいい思いをさせてもらったってわけよ。」
「それで満足なのか?」
「そうだな。偉そうにしていたあんたは帝国行きだし、俺の懐も潤ったからな。」
この男は問題ないだろう。
しかし、雇い主が武器商人というのはまずい。
「帝国領に着くまでに襲われると思うぞ。」
「あ?何言ってんだよ。」
この男はただ利用されただけのようだ。
「同行している冒険者の装備を見る限り、それほど腕の立つ者ではないと思うがどうだろうか?」
「ああ、そうだな。」
「もうひとりの男はあなたの連れなのか?」
最初に俺の所持品を奪おうとしていた男だ。今は食事の準備を冒険者たちとしている。何度もチャンスがあったのに毒殺されなかったことを考えると、冒険者たちも無関係の可能性が高かった。
毒殺は死因が特定されやすい。俺と冒険者全員を殺害するとなると、死体を隠しても冒険者ギルドが捜索に動く可能性があった。
「いや、あいつは商人が普段から使ってる奴だ。もめごとがあったときに出ていくような手合いだな。」
「俺は和平条約を結ぶための条件として、王国から身柄を差し出された。帝国側が賢者を指名したと聞いている。その俺が護送中にいなくなったり命を落としたらどうなると思う?」
「さあな。そんなことは俺にはわからねえよ。」
「最悪の場合は帝国が王国に対して戦争を起こす。」
「は?どうしてだよ!?」
「俺を帝国に受け渡すのは二国間の約束事だからな。それを反故にした場合、事実がどうであれ王国が帝国に不義理を働いたと考える可能性がある。」
「いや、さっきも言ったようにあと3日ほどで帝国領だぞ?」
「帝国領の近くで俺が殺されたら、王国も帝国側を疑うだろうな。」
「それって···」
「互いに疑心を持ち、こじれたら争いになる。そこで一番得するのは誰だと思う?」
「···················」
「これまで長引いた戦争のおかげで儲けた奴が、今は帝国の小間使いのようなことをしているよな。」
「まさか、武器商人···」
そうだ。
帝国が関与しているかはわからないが、わざわざ武器商人が絡んでいることから、そう考えてもおかしくはないということだ。