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第25話 ランチはお洒落なカフェでシェアして食べよう

 手帳の他、本屋で夏に取り組む問題集も買い終えてから、カフェに移動した。


「淳之輔先生、ありがとうございます。大切に使います」

「ちゃんと使ってるか、たまにチェックするからな」

「……俺のプライバシーは?」

「見られちゃならないことを書くつもりか?」


 ランチメニューを広げながら、先生はけらけらと笑う。

 どうせ書くことなんて、学校の予定と勉強の記録ばかりだろうから、見られて困ることなんてないだろうけど。


「先生は、見られて平気なんですか?」

「見られて困るもんは別にしてるし、持ち歩かないよ」

「え、何それ、気になる!」

「俺にもプライバシーがあります」


 綺麗な顔で笑った先生は、さらりと交わすと「何食べる?」と話題を変えた。


 広げられたメニューに視線を向け、うーんと小さく唸ってしまった。

 パスタとピザの店というだけあって、お洒落な名前のメニューが多い。ボロネーゼとボンゴレくらいは知ってるけど、アマトリチャーナってなんだろう。

 じっとそれを見ていたのに淳之輔先生は気付いたようで、長い指でメニューを指し示した。


「ここのアマトリチャーナ美味いよ」

「アマトリチャーナってなんですか?」

「パンツェッタを使ったトマトパスタだ」

「……パンツェッタ?」


 聞き覚えのない単語がまた出てきた。

 アマトリチャーナもそうだけど、舌を噛みそうな名前だし、英語じゃなさそうだ。パスタに使うものだし、イタリア語なのかも。


「パンツェッタは豚の塩漬けな。ベーコンと違って、燻製にしてないやつ」

「詳しいんですね」

「俺のバイト先にもあるから」

「え? 先生、カフェでバイトしてるんですか?」


 やっぱり、お洒落な服を着る大学生にはお洒落なカフェが似合うってイメージは合っていたようだ。パスタがメニューにあるっていうことは、お洒落な店に決まってる。


「兄貴の店でな」

「お兄さん?」

「うん。たまに新メニューの研究だって昼飯付き合わされるんだよ。それで、ここにも来たことがあるんだ」


 そういえば、お兄さんがいるっていってたな。まさか、料理人だとは思わなかった。

 ランチメニューを選ぶのそっちのけで、淳之輔先生のお兄さんに興味を示していると、再び、長い指がメニューを指し示した。今度は、ピザだ。


「ここ、石窯が入ってるからピザも美味しいよ。両方頼んでシェアしようか?」

「ピザって、耳まで生地が厚いタイプ?」

「デリバリーとは違うけど、耳までこんがり焼き目がついて、美味しいんだよ」


 いつぞや話していたことを思い出して聞くと、どうやら先生もそのことを思い出したらしく、小さく噴き出すように笑った。

 オーダーをすますと、唐突に「休日いつもは何してるの?」と尋ねられた。


「ゲームしたり、マンガ読んだり……友達と外行くこともあるけど、家にいることが多いかな」

「そうか。部活はやってないっていってたもんな」

「特にやりたいことなかったんで」

「じゃあ、勉強する時間はいっぱいあったわけだ」

「でも家だとやる気が起きないから、土日はだらだらしがちで」


 むしろ、通学時に電車の中で勉強してた方が集中できてたりするんだよな。後、放課後の図書室とかファミレスでの耐久勉強とか。


「今はそれでもいいかもな。でも、来年に向けて休日も勉強する習慣作ると良いぞ」

「先生は高校の時、自宅で勉強できました?」

「無理だったな」

「同じじゃないですか」

「俺は予備校通ってたからさ。その自習室に入り浸ってたよ」

「自習室?」

「そう。予備校の学生なら誰でも使えるんだ。俺のところは、自習室にWi-Fiなかったから、黙々と勉強できたわけ」

「それ良いですね。ファミレスで耐久勉強するけど、何も頼まないわけにいかないから、財布が軽くなるのが難点なんですよ」

「だろうな。自習室は予備校の最大メリットだと思うよ。家庭教師だと、そういうオプションないもんな」

「先生、随分予備校推すね」

「そういう訳じゃないけどさ。瑠星が、どうやったら勉強しやすい環境作れるかなって考えたら、自習室が一番いいかと思って」


 市民図書館にいくのも手だよなと先生はいう。

 それは俺も考えたけど、あそこの勉強用ブースって、結構な割合で争奪戦が起きるんだよな。皆、考えることは同じなんだろう。結果、一番安上がりで済むファストフード店や、ドリンクバーのあるファミレスが俺の行きつけになっちゃうわけだ。


「本当にお金がない時は、学校の教室で勉強することもあるけど、あまり、クラスメイトには見られたくないんですよね」

「努力を知られたくないか?」

「まあ……なんか、真面目って思われるのも嫌っていうか」

「なるほどな。努力は恥でも何でもなんだが……それなら、俺の部屋来るか?」

「へ?」

「瑠星の高校って、桐煌学院だよね。てことは東浜線つかってるだろ?」

「そりゃ、まあ、そうですけど……なんで先生の部屋?」

「俺のアパート、新桜台にあるんだよ。定期圏内だろ。俺も夏休みに入るし、特に予定のない日は、俺の部屋で勉強したら良いんじゃない?」


 軽くいう淳之輔先生だけど、俺は突然の提案に思考がつかず、唖然とした。

 家庭教師って、そこまで面倒見がいいもんなのだろうか。そもそも、それって報酬も発生しないだろうし、淳之輔先生にメリットなんてないんじゃないかな。もしかして、ド級のお人好しとか面倒見の鬼みたいなところがあるんだろうか?


 返す言葉に困っていると、店員が「お待たせしました」といって、テーブルにマルゲリータピザと、アマトリチャーナ、セットのサラダや取り分けの皿を置き始めた。


「ご注文は以上でしょうか?」

「ありがとう」

「ごゆっくりどうぞ」


 淳之輔先生の笑顔を見た店員の女性は頬を赤らめながらいなくなった。そんな様子を気にもしない先生は「さて、食べるか!」とピザを切り分け始めた。

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