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穏やかな朝

 ――翌朝。


「――おいおい、そんなもんか、レジデント・リエリー! おまえは俺を超えるレンジャーになるんじゃなかったのか!!」

「――なるに決まってんじゃん! あたしの本気にビビんなよ、戦錠ッ!」


 カシーゴ・シティの中心街から西へ、数Km行ったところにある、ダグラス・パーク。

 北米らしい広大な敷地を誇る園内には、散策を楽しむ市民の姿や、芝生でヨガをする者、自然の風景をスケッチするアーティストなど、様々な人影があった。


「平和ねえ」


 と、しみじみ人工音声をこぼしたルヴリエイトだが、そんなありふれた朝の景色に対する感想ではなかった。

 眼前、開けたスペースで繰り広げられている、特訓。

 とうに姿を消した草地に代わり、顕わになった大地には、無数の穴が空いていた。さながら、隕石が降り注いだような有様だ。

 その荒れ地に近いグラウンドで、絶えず舞い上がる土埃。それが時に渦を巻いて形を取ったかと思えば、次の瞬間には紫電が貫いて、直線的なジグザグの軌道を描く。

 そして、興奮気味な二つの声が、爆発にも劣らない衝撃音を縫って、ルヴリエイトのマイクへ届いてくる。


「いい朝だわ」


 グラウンドの端に駐めた、救助艇〈ハレーラ〉の機内。そのキッチンの窓から例の光景を眺めつつ、ルヴリエイトは手際良くマニピュレータを動かし、ひたすら朝食を量産していた。

 栄養と量、双方を両立させようとすれば、人間ホモ・ルプスには骨が折れる作業だろう。何せ、50個を超す卵に、文字通り山と積まれたベーコンとウィンナの混合皿が、既にダイニングテーブルの面積半分を占めている。今、3本のマニピュレータを同時に動かしながら刻んでいるサラダのボウルを足せば、軽く見積もっても成人10人の胃袋を満たすだけの量はある。

 それが、一回の朝食で消えるのだ。それも、たった二人の家族の胃袋に。

 こういうとき、機械の体躯でよかったと、ルヴリエイトは常々感じていた。機械なら疲れないし、複数の作業を同時進行してもミスをしない。


「――セオークさ~ん!」

「あら、お客さんなんて珍しいわね」


 機体の玄関からインターホンが鳴らされ、未だ続く特訓の轟音に負けじと張り上げられた声があった。ルヴリエイトは手早くタオルでマニピュレータを拭くと、そのうち1本を筐体へ格納する。二つ以上の腕は、気味悪がられるのだ。

 そうして、ドアを開けると、そこには二人の人影があった。


「おはようございます、フレデリック・マネージャー」

「やあ、おはよう、ミズ・ルー。忙しい朝にすまないね」

「とんでもありませんわ。マネージャーのご好意でワタシたち、ここをお借りしているんですもの。感謝していますわ」


『口に手を添えた顔』の絵文字を筐体に浮かべ、ルヴリエイトは穏やかに話す白髪の老紳士へ言葉を返す。公園の管理者である彼とは長い付き合いで、園内の一角を特訓に使う許可をくれたのもフレデリックだった。

 そのフレデリックが、どこか気まずそうな表情を浮かべている。

 そしてフレデリックの前へ、ズイッと進み出た神経質そうなしかめっ面を認めて、ルヴリエイトはおおよその状況を察した。


「なんなんですか、この騒音は。こんなシティの中心で、戦闘でもやっているんですか」

「ここではレンジャーのセオークさんとご息女が、救命活動の訓練をされているんですよ、ミス・ケイル」

「救命活動の訓練? “化け物”退治の戦闘演習ではなくて? レンジャーは、そのためにいるんでしょう?」

「ミス・ケイル。レンジャーの皆さんは、命を救う仕事をされているのですよ。彼らは兵士では……」

「――申し遅れましたわ、ローザ・ケイル法務顧問。ワタシは、レンジャーチーム〈CL〉の随行支援機ルヴリエイト。お見知り置きを」


『ハグの顔』の絵文字を筐体へ描き、マニピュレータを差し出す。リーガルスーツを纏ったショートカットの女性――ローザは、一瞬、目を見開くとたちまちしかめっ面を濃くした。


「……どこから私の名前を?」

「まぁ、ご冗談がお上手ですこと。先月の就任挨拶を公式サイトで拝読いたしましたわ。何でも、カシーゴ公園地区委員会メンバーとして、より開けた《オープン》公園整備を目指していらっしゃるとか。立派ですわ」


 ルヴリエイトは随行支援機だ。支援機として、威療士レンジャーを支えるために当然、オンライン化の承諾を得ている。目の前の人物の情報を数秒で手に入れることくらい、造作もないことだった。


「そ、そうなの? ええ、私は栄えあるこのカシーゴ公園地区委員会のメンバーとして、その素晴らしい未来に向けて尽力するつもりで――」

「――ごめんなさいねぇ。ご用件を伺えますかしら? ウチの食べ盛りがそろそろトレーニングを終える頃ですのよ。そうそう、ローザ顧問もお子さんがいらっしゃるのでしたわね。働く女性として尊敬いたしますわ」

「……今日は、退去を勧告しに来ました。カシーゴ公園規則に従い、48時間以内に退去していただきます」

「ミス・ケイル、あなたの懸念は理解していますが、何もこうも唐突に退去を求めなくても。もう少し、わしに時間をいただけませんか」

「フレデリック元マネージャー。既に言いましたが、カシーゴ・シティの公園は以降、カナン・ロイヤル・リーガル・グループによって管理されます。あなたは退職金で悠々自適な生活でも送ってください」

(何このクソ✕✕。フレデリックが何十年、シティの公園のために働いてきたか知ってるの?)


 さすがに、カチンと来てしまった。

 カシーゴの公園管理件が企業へ買収された件は知っていた。もしかすると、自分たちにも影響が及ぶかもしれない。そのことは、マロカとも話し合ってあり、通知が来れば潔く従うとも話していた。元より、『枝部ネクサスの設備に損傷を与える』かもしれないと考えて、自主的に公園の敷地を借りていた身だ。この機に、新天地を探すのも悪くない選択だと思えた。

 が、そのことでフレデリックが侮辱される謂れはなかった。


「ねぇ、ローザ顧問。そういう通達は、文面でいただけるかしら。ワタシたち、カシーゴ・レンジャー・ネクサスににも報告する義務があるので」

「私は法務顧問です。私の言葉は、条文と同じです。信用できないとでも?」

「当たり前でしょう? 恥も外聞もなく自分の言葉を条文と同じなどとふざけたことを言うような、人のどこを信用しろと?」

「ミ、ミズ・ルー、ミス・ケイル。どうか落ちついてください」

「――ルー? 朝ごはんまだー? あ、フレフレだ。元気?」

「――こいつめ。いつになればその呼び方をやめるんだ。フレデリック、おはよう」

「ちょうどいいところにいらした! レンジャー・マロカにリエリー。今すこし困っていまして……」

「……そのようだな」

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