――時は、チーム〈
「――反対しますっ」
ただでさえ山積みの作業が待っている中、部下たちにそれを無理やり押し付け、
整備担当の多忙ぶりを熟知しているハリスは普段、自ら格納庫へ足を運んで用件を伝えてくる。
そのハリス直々の呼び出しとあっては、何か重大な用件があると考えるのが普通だ。となれば、整備長として無視するわけにもいかず、こうして彼の部屋で向かい合うことになった。
が、実際に切り出された用件と、それに伴う要望を聞かされた今となっては、数分前まで思い詰めていた自分が道化に思えてくる。
そんなストレートに言い切ったピケットの反応に対し、応接エリアのカウチで前屈みになったハリスが、「理由を訊かせてもらえるかい」と大真面目な表情で尋ねてきた。
「第一に、これは――〈ジョン・K・ハリス〉の建造は、ネクサスメカニックの仕事ではありませんっ。あの機は、マスター・ハリス、貴方の私物ですよっ? 『稼働を急げ』など、公私混同ではありませんかっ」
「もっともな意見だがね、P。その件に関して言うならば、お互いとっくに承知したはずじゃないか。
「では、その時が来たのですかっ?」
「いいや。いっそ永遠に来ないでほしいさ。あんな物騒な代物をネクサスの
吐き捨てるように言ってのけたハリスだが、
あのときのやり取りが頭をよぎりかけ、ピケットは急いで振り払った。これ以上、頭痛のタネを増やしたくはない。
「ともかくですっ。スペクターの増加に伴う出動件数の急増で、整備場は既に火の車。次世代機に回す人員は人っ子一人、いませんっ」
「おかしいな。ついこの前、うちの
「……貴方のそういうところ、オペレーター・カニンガムに躾けてもらうべきですねっ」
「首輪ならもう付いてるさ。……それで、だ。ピケット整備長、きみが反対する理由はそんなことだからじゃないはずだ。きみは、
図星だった。
そして、そのためにわざわざハリスは呼んだのだろう。
直接、自分を説得するために。
「……当然ですっ。あの次世代機は、プロトタイプですらありませんっ。
「だからこその彼女たち、じゃないか」
「貴方は一体、何を考えているのですかっ! レンジャーを失うことを何より恐れている貴方が、何故、このような危険を冒すのですっ!」
「信じているからだ、ピケット整備長」
「……信じて、いる?」
即答した枝部長の言葉をオウム返しすると、同じ言葉をハリスはもう一度、繰り返した。
「ああ、そうだよ。僕は彼女たちを信じている。無論、きみもメカニックの諸君もね」
「それだけですかっ? 命を賭けることになりかねない
「それが僕の仕事だからね。僕には、スペクターと命がけで向き合う勇気もなければ、彼らを救命するスキルもない。僕にできるのは、死ぬかもしれない――いいや、
それは、自身へ言い聞かせるような口調だった。
祈るように握り合わせていたハリスの手が震えていることに、ピケットは初めて気が付いた。
「……ひとつ、条件がありますっ」
「いいとも。カネならいくらでも出すよ。どのみち、血縁のいかがわしい事業を継いだカネなんだし」
「前言撤回しますっ」
「冗談だよ、P。ネクサスマスター室でネクサスマスターが買収されるなんて、洒落でも笑えないさ。で、きみの条件って?」
「試験飛行前の整備と飛行中、双方に彼の協力を取り付けてくださいっ。彼が、レイモンド・バークがゴーサインを出さなければ、テストは中止しますっ」
「P。それ、一つじゃなくて二つじゃないかな?」
「マスター・ハリスっ。条件を受けいれるのですかっ、却下するのですかっ」
「わかった。僕が説得するよ。だから、くれぐれも彼女たちには内密に頼む」
「わが輩はメカニックですっ。顧客の機密保持は常識ですっ。――それからマスター・ハリスっ」
「条件追加は勘弁してくれよ? P」
「その呼び名、そろそろ卒業してくださいっ」
立ち上がり、踵を返す。
直前に見えたハリスの表情を思い出しながら、ピケットは急ぎ足で格納庫へと戻っていった。