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第72話 幸か不幸か

「この気配は……。まだたった半日しか経っていないのに!」


 ホテルマグノリアに向けてミーティアを急がせている途中、なんとも嫌な予感がしたわたしは、魔法適用範囲に入ったと同時にホテルをセンシングした。

 そしたら案の定、古美術商・ロジエ=イフニールの部屋に大勢の人の気配を感じ取ったというわけだ。


 外周を走らせながら上層階を見上げた。

 部屋は四十階だ。

 感知できたオーラに暴力的な気配まで感じるとあっては一刻の猶予ゆうよもならない。


「内側に回り込むだけの時間はなさそうね。よし、ここから飛ぼう。ミーティアは庭で待機して! フォルティス ベンティス(強風)!」


 風の魔法で一気に空を舞ったわたしは、部屋を間違えないようセンシングを頼りに、外壁側から飛び蹴りで窓を割ってロジエの部屋に突入した。


「でぇりゃぁぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!!!」

 ガッシャァァァァァァァアアンン!!


 そこにいた者たちの視線がわたしに集中する。

 床に転がされたパンツ一丁の太っちょオジサン――ロジエと、それを取り囲む黒スーツを着た十人近い男たちだ。

 美少女の乱入という突然のトラブルにも動揺することなく男たちは懐から銀色の棒を取り出すと、その場で振った。


 ジャキィィィン!


 音を立てて棒が伸びた。

 伸縮性の特殊警棒だ。

 全員、構えが堂に入っている。

 警察か軍か、いずれにせよ、正規に訓練を受けた者の動きだ。


「一応聞いておこう。お嬢さん、君は何者だ」

「偶然通りがかった超絶美少女よ。あんたたちこそ何者よ」

「ホテルの四十階のガラスを割って乱入が偶然ねぇ……」


 黒のサングラスをかけた目つきの鋭い中年男性が、右手に警棒を構えたまま、左手で懐から黒い手帳を取り出してわたしに向かって示した。

 ルワント共和国のマークが入っている。


 ありゃ、公僕だわ。大事おおごとになるからあんまり関わり合いになりたくないんだけどなぁ……。


「我々はルワント警察捜査一課・強行犯係の者だ。そこの古美術商は、犯罪組織と結託し、盗品をこの国に持ち込んだ疑いを掛けられている」

「わ、ワシはそんなの知らない! 本当だ!!」


 後ろ手に縛られたロジエが、床に転がったまま叫んだ。

 なるほど、破邪の護符を手放したせいでロジエに不幸が襲いかかったんだわ。

 護符でせき止めていたぶん、反動は相当なもののはず。

 おそらくはただの間違いなんだろうけど、この状況だと逮捕、投獄、処刑まであっという間ね。さてどうしたものかしら……。


「……って言ってるけど?」

「隣国から照会もあった。ともかく取り調べをするので彼には局まで同行してもらう。もし君が無関係なら邪魔をしないでいただこう。そうでないのなら君も取り調べの対象となるが?」


 証拠品の押収とでもいうのか、部下の黒スーツたちが部屋の隅に置いてあった古美術品を、続々と外に運び出していく。

 まずい。その中のどこかにクィンが潜んでいるはず。持っていかれた末に新たな事故でも起こったら目も当てられない。


「……しゃーない。実力行使!」

「抵抗するか!!」

火焔蹴撃フランマ カンチータ!」


 右足に炎を付与したわたしは、手前の黒スーツに右の回し蹴りを放った。

 蹴りと共に、高温の炎と熱波とが広間を高速で横切る。

 当たれば大やけどをする広範囲攻撃に尻込みするかと思いきや、そこはさすがにプロ。

 全員素早く飛び退って炎を避けると、反転、特殊警棒片手に突っ込んできた。


「確保だ!!」


 一対五。 

 次々に襲いかかる警棒による打撃を腕でさばく。

 いやいや、さすがプロ。こんな美少女相手に手を抜かない。


 通常なら二の腕が折れるほどの打撃が容赦なく降り注ぐも、ざーんねん。防御壁のお陰でわたしの腕は一切ダメージを負わない。


 クィンに会った直後のわたしだったら、魔法防壁のどこかに偶然開いていた穴に攻撃が入って大怪我をしていたところだが、借りた護符のお陰でそんな異常な偶然が発生することもない。

 どこで手に入れたか知らないけど、ずいぶんと強力な護符だこと。


 クィンの不運は日を追うごとに強くなる。

 影響が出る前にクィンを倒さないと!


 ピュウ!


 リーダーが口笛を吹く。何かの合図だ!


 次の一拍で、男たちはわたしから目をそらすことなく一斉に飛び退すさった。

 同時にわたしの真下の床に、薄っすらと直径二メートルほどの魔法陣が浮かんだ。

 気配を感じて天井を見上げると、床の魔法陣と全く同じ魔法陣が発生している。


 視界の隅、扉近くの黒スーツが短杖ワンド片手に呪文の詠唱をしている。

 いつの間に……。


 懐から短杖を取り出したわたしは、杖の先で目の前の空間を急いで二度、トントンっと叩いた。

 次の瞬間、発生した大量の雷がわたしを包み込んだ。

 床と天井とを、凄まじい数の雷がひっきりなしに行ったり来たりしている。


「きゃぁぁぁぁぁぁぁぁあああああ!! ……って言うと思った?」

「な、なんだと!?」


 雷の魔法は相変わらず連続でわたしに対して降り注いでいる……ように見えているが、実は当たっていない。

 雷撃がわたしの身体を避けて走るよう、魔法陣に干渉したのだ。

 でもま、雷の雨が激しすぎてそこまで目視確認はできないでしょうね。


 顔色を失った魔法使いに満面の笑みを返しながら、わたしは杖で宙に魔法陣を描いた。


「返すわね」


 わたしに向かって降り注いでいた雷が一気にわたしから離れ、放射状に広がった。

 部屋にいる黒スーツたちを巻き込みながら部屋の隅まで一気に広がる。


 ガガガガガガガガ!!!!

「ぎゃぁぁぁぁあああああ!!」


 雷に打たれた黒スーツたちがバタバタと倒れ伏す。

 悪人を取り押さえるための対人制圧用魔法を自分が食らうなんて思いもしなかったでしょうからね。


 わたしは痺れてうめき声をあげている黒スーツの男たちを放って、部屋の隅に転がされていたロジエのそばでひざまずくと、手首を縛りつけていた紐を魔法で切断した。

 ロジエには雷が当たらないように細かく調整したのだ。


「ちょっとロジエさん、大丈夫?」


 ロジエが死んだ魚のような目でこちらを見る。

 わたしを認識したからか、途端にロジエは涙をボロボロこぼしながらわたしにすがりついてきた。


「あぁ、パンツの女神ちゃん! 何がどうなっておるんじゃ! ワシはどうすれば! どうすればいいんじゃぁぁぁああ!!」

「誰がパンツの女神よ!! 落ち着いて、ロジエさん。あなたは今、呪いによって不運が降りかかっているの。わたしの一件が片づけばそちらの誤解も解けるから」

「不運? うーむ、今まで結構怨念がこもってそうな道具の売買とかもしてきたのじゃが、問題なんてなかったのじゃがなぁ」


 わたしは自分の首に揺れる護符を見た。

 ロジエから借りたものだ。


 やっぱり、古代神アーマンの破邪の護りをわたしに渡したせいで、今までガードできていた不運が一気にロジエさんを襲ったって感じよね。

 それにしても、たった半日で一気に運気を乱高下させるなんて、さすが貧乏神の能力を持つ悪魔だわ。

 そこでふと我にかえった。


「いっけない! 残った古美術品、運び出されていたんだった! ロジエさんはそこにいて!!」


 わたしは感電して部屋に転がっている黒スーツたちには目もくれず、部屋の玄関ドアをぶち破って外に出た。

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