龍神式神楽が終盤に差し掛かる頃には、すっかり夜の帳も下りていた。
一足先に演奏を終えた村長さんたちから十秒ほど遅れて、彼らに追い縋るような形で私も舞を終えた。
「はぁ、はぁ、はぁ」
松明に照らされた観覧席から窺えるのは落胆や愉悦といったものが大半で、その視線に屈するみたいに私は深くお辞儀した。
――パチ……パチ……。
まばらな拍手はそのまま神楽の出来栄えを物語る。
本来、神楽は神事であって大衆へ向けた娯楽じゃない。
なんて言い訳でしかない。
「いやぁ素晴らしい龍神式神楽でした! 惜しくもところどころのミスが響いて奏者との息は合いませんでしたが――」
「……」
ブルクハルトがここぞとばかりにフォローしてくるけど、優しさとかじゃないことは言うまでもない。
ぐっと堪えながら顔を上げて、準備のためにいったん舞台を下りて簡易待機所へと向かう。
疲労で手も足も重いけど、のんびりしてる時間なんかない。
早く次の準備を終わらせて、十分後には舞台の上に戻ってないといけない。
「あ、そういえば杖の先っぽって危ないから外されてたんだっけ。あれってどこに――」
「あいにく、巫女様の頑張り虚しくまだ龍神様の姿は見えていないようですねぇ」
「っ!」
一瞬視線を上げれば。
場をつないでるブルクハルトが大げさに目の上に手を当てて探すような仕草をしてた。
「次の神楽こそはお戻りいただけるとよいのですが!」
「……。ああ、ここにあったんだ」
私はすぐにまた手元に視線を戻した。
先端を外された錫杖は数こそ多いけど、幸い金具を押し込むだけでいいっぽい。
鋭く尖ったそれを次々片側にはめていく。
「おいおいブルクさん、あんな舞じゃ無理だろー!」
「おっと、今のヤジは誰ですか⁉ そんなことおっしゃらずに!」
「いいえ、あなた。私も同感ですわ。あんなものを見せられては応援する気も失せるというもの」
「いやはや私の妻は相変わらず手厳しい!」
村の一大事のはずなのに、笑う声が壁みたいになってぶつかってくる。
まるで龍神様も私も、なくてもいいみたい。
『龍神様に依存した体制からの脱却』
私自身、村の将来を案じて唱え続けてきたことだけど。
「……お水、飲もうかな」
小さなテーブルの上、木のコップに手を伸ばして――
「ぁ」
風が吹いた。
足場が揺らいで、目測を誤った指がコップを弾く。
「……」
ささやかな音とともに吐き出された中身が足元を濡らす。
立ち尽くしたまま、コロコロと転がる空の容器をぼうっと眺めて。
「――っ」
なんだか急にたまらなくなってきて。
私は咄嗟に俯いて、黒髪のカーテンで自分の顔を隠した。
この日のために備えてきた記憶と直前の失敗がぐるぐる頭の中を巡る。
『あいにく、巫女様の頑張り虚しくまだ龍神様の姿は見えていないようですね』
「……!」
この気持ちはよく知ってる。
いつもなら神楽を終えた日の就寝前にやって来て、それで私は何も動けなくなる。
今日はまだ、もう一つ残ってるのに。
――ヤト、今どこにいるの?
一言だけでいい。
声を聴かせてほしい。
それだけで私は――
「あのっ」
「っ!」
聞こえたのは不遜な声、じゃなかった。
「は、はいっ?」
慌てて目尻を拭い、顔を上げる。
なんだか緊張した様子の女の子が私を見つめてた。
この娘って確か、さっき話しかけてきた奏者の……?
「どうかしました?」
「あの、ええと……」
何か言おうとしては後ろの仲間を気にして口を閉じるを何度か繰り返す。
なんだろうって思いながら眺めてると、私の視線に耐えきれなくなったみたいに「う~」と唸った後、勢いよく何かを差し出してきた。
「これっ」
コップの中、水が跳ねて涼しげな音を立てた。
「お水、ですか?」
「零しちゃったみたいだから私のあげますっ!」
「え、ああ見られてたんですね。ありがとうございま――」
「じゃあ、頑張ってください!」
「あ、ちょっと……」
言うが早いか、ぴゅーんって音がしそうな勢いで演奏席に戻っていった。
惚ける私が見てる先で、その娘は仲間たちに何か言われるとムスッとした顔で言い返してさっさと演奏の準備を始める。……って。
「いや、私もやらないとじゃん」
ぼうっとしてる場合じゃない。
まだ舞台の上でしなきゃいけない準備が残ってるんだった。
慌ててもらった水でからからになった喉を潤し、錫杖の束を抱えて舞台へ向かう。
その途中、何気なく演奏席に目を向けるとさっきの娘と目が合った。
頬を紅くして顔を逸らしたのを見て、私はくすりと笑った。