14歳の中学生サポーターに、きらりに弱さを見せるようにアドバイスされる。
確かに元カレから推察するにきらりはダメンズ好きな面がある。
彼女の母性本能が刺激されるのだろう。俺も彼女を落とす計画を立てる時に、抜けた男のふりをして気を引こうか考えた事もあった。
では、それは俺のプライドが許さない。大嫌いな母から俺が受け継いだのは、この美貌とエベレストのように高いプライド。
母を批判しながらも、俺は自分のプライドを曲げる事はできなかった。
きらりが上から目線の俺が嫌いと言っていたが、俺も自分が彼女の前で必要以上に上からものを言ってしまう事に気がついていた。
彼女の前では自然体でいたいのに彼女には少しでも良く思われたくて、その気持ちが嫌味な言動につながってしまう。
きらりも嫌ならその場で言ってくれれば良いのに、彼女は不満を溜め込んでしまうから分からない。
人の心を察するというのは俺の一番の苦手分野だ。
俺はきらりと話したくて、『果物屋』の事務所に向かった。
事務所の入るビルから出てきたりんごとバッタリ出会う。
「りんご! 久しぶり!」
努めて元気に挨拶すると、りんごが気まずそうに目を逸す。
「為末社長! お久しぶりです。私、為末社長にはお世話になりましたし、尊敬しています。でも⋯⋯」
「何? 何かあった?」
「私、梨子姉さんには幸せになって欲しいんです。やっぱり、梨子姉さんには渋谷ドクターが会ってた気がして呼んでしまいました」
「はぁ?」
りんごは俺に深々と頭を下げると走って行ってしまった。
俺は導かれるように事務所の扉の前まで行く、そっと扉を開くときらりと渋谷雄也の声が聞こえてくる。
「今、幸せじゃないですよね」
低く包み込むような声で語り掛ける渋谷雄也にきらりは抱きしめられていた。
「幸せじゃないけれど、自業自得です。『交際0日婚』って本当に失敗するんですね」
涙声のきらりに胸が締め付けられる。どうして、結婚したばかりなのに、もう失敗したと決めつけるんだろう。
彼女は変な男と14年も付き合っていたタフな女なのに、なぜ俺にの事はバッサリ切るのか。
そして、俺の存在も気が付かないように『二人の世界』に浸っているきらりと渋谷雄也をただ見つめていた。
「きらりさん、間違いをしない人なんていません。失敗を失敗と捉えられたなら、次に進めますよ。僕が貴方を幸せにしたい」
桃香は預言者かもしれない。というより、きらりの心の隙間を逃さない渋谷雄也がプロフェッショナル過ぎる。
渋谷雄也がより強くきらりを抱きしめると、きらりはそっと背に手を回した。
2人は思い合う恋人同士のように、お似合いに見えた。俺ときらりが結婚したはずなのに、まるで俺が2人の仲に割り込もうとする間男のようだ。
その光景に俺は思わず扉を閉めて、逃げるようにその場を去った。
本来なら夫である俺が不倫の現場を押さえたとばかりに出ていけば良い。
でも、俺はきらりと別れたいとは思っていない。
だから、2人が抱き合う現場は見なかった事にした方が良い。
記憶から消してしまおうと試みるも、2人が抱き合ってた姿が脳裏から離れない。
俺はその日から、ずっときらりの動向をGPSで確認するも、彼女に会いにいけなかった。
桃香がフランスに旅立つ日も俺は仕事を理由に顔を出さなかった。
きらりと会う自信がない。次に彼女と会うときは離婚話が進むだろう。
何もしなければ、俺はきらりの夫のままだ。
そんなある日、きらりが驚くべき場所にいるのが分かった。
「産婦人科?」
俺は思わず会社から出て、彼女のいる産婦人科に向かう。
きらりを自分と繋いでくれる奇跡のような存在が現れた。
昔から『子はかすがい』とはよく言ったものだ。
産婦人科の前で彼女が出てくるのを待つ。
俺を見るなり、彼女は一瞬目を見開くも戸惑った顔をした。
きらりを車に乗るように促す。
久しぶりに感じる彼女の甘い匂いに緊張した。
しかし、久しぶりの再会に感動するのも束の間、きらりが行き先を家から区役所に変更した。
彼女が話し合いもせず、離婚を推し進めようとしていると思った俺は言ってはいけない事を口走ってしまった。
「もしかして、そのお腹の子って渋谷雄也の子なんじゃ」