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第113話 長老と一緒!

 予想外の玉が飛んできて呆然としていたクロウは、子ネコーの肉球でペチペチと手を叩かれて我に返った。

 青い背景も相まって、お空の彼方に放り出されたような感覚に陥っていた。

 ハッと気づいた視線の先で、子ネコーは「もういいでしょ?」と言うお顔で、もふっとした眉間に指を置いたままのクロウをペチペチしながら見上げている。


『クロウは、長老と一緒!』


 クロウは胸の中で、先ほどのにゃんごろーのセリフを反芻した。反芻している内に、そのセリフに隠された真実が、じわじわと染みわたっていった。

 そして、気づいてしまった。


『それって、俺の扱いが雑なことを何一つ否定してないよな?』


 ――――ということに。


 にゃんごろーは長老が大好きだ。尊敬している…………ところもいっぱいある。

 短い付き合いとはいえ、クロウだってそれには気づいている。

 だが、同時に。

 その割には、扱いが雑なことも多い…………と言うことにも気づいていた。

 そもそも、にゃんごろーは。扱いが雑なことについては、肯定はしていないものの否定もしていない。

 つまり。つまりは、そういう事なのだ。


「…………………………」

「みゃぅっ!?」


 クロウは半眼で子ネコーの眉間をピシッと弾いた。

 これで問題はなかろうと言いたげな子ネコーに、言いたいことはある。言いたいことはあるが、さすがにこの場で口にすることは憚られた。

 なぜなら、当の本ネコーである長老がこの場にいるからだ。本ネコーを目の前にして、「おまえ、長老さんのこと、結構雑に扱っているよな?」などとは言えない。付き合いの長いマグじーじなら、平気で口にしたかもしれないが、クロウには言えない。もふもふ可愛い見た目をしていても、長老はクロウよりも年長者なのだ。おまけに、まだそこまで親しいわけでもない。

 それは、クロウの扱いが雑であることを遠回しに認めながらも反論を封じ込める、子ネコーの見事な反撃だった。

 これで、分かっていて、狙ってやっているのならば「全身わちゃわちゃの刑」に処すところなのだが、そういうわけでもなさそうだった。子ネコーは人差し指で弾かれた眉間をさすりながら「今、なんで、おでこをピンってされたの?」といお顔でクロウを見上げている。もふっと三角お耳の上でハテナが乱舞しているのが目に浮かんでくるようなお顔だ。何か「うまいこと」を言った自覚はあるが、何がどう「うまかった」のかは分かっていないようだったので、クロウは勘弁してやることにした。


 これ以上子ネコーと話していても不毛なだけだと立ち上がろうとしたクロウだったが、その肩をポムと叩くものがいた。それまで、ニマニマにゃふっと含み笑いながら事の成り行きを面白楽しく見守っていた長毛の白いもふもふ、長老だ。

 長老は、子ネコーの尻尾を掴んでいるのとは反対の手をクロウの肩において、「にゃふっ」と笑いながら言った。


「クロウよ。せっかくじゃから、本当に長老のいたずらの弟子になってみんか? 歓迎するぞい?」

「………………………………いえ。丁重に、お断りさせてイタダキマス」


 長老は、完全に面白がっている。

 クロウは口元とこめかみを引きつらせながら、謹んで辞退申し上げた。なのに、クロウのセリフを聞いていなかったのか、はたまた意味が通じなかったのか。子ネコーがクロウの膝に縋りつくようにしながら真剣なお顔で忠告をしてきた。


「クリョー。いたじゅらは、ほろほどにしにゃいちょ、だめらかりゃね! にゃんごろーせんしぇいとの、やくしょくらよ!」

「いや、今断っただろ! しかも、なんでちゃっかり先生目線なんだよ! 俺は、弟子も助手もお断りだっての!」

「長老殿の弟子にして、にゃんごろーの助手か。羨ましいぞ、クロウ?」

「いつでも、代わってやるよ!」


 子ネコーの顎をワシワシしながら遠ざけていると、カザン迄話に加わってきた。それも、ネコーたちにモテモテのクロウを揶揄っているわけではなく本気で羨んでいるようだ。だったら、おまえが弟子・助手になれとクロウは吠えたが、カザンは名残惜しそうにしながらも、さらりと受け流した。


「そうしたいのはやまやまだが、ふたりはクロウをご指名だからな。謹んで拝命するとよい」

「くっ…………!」


 クロウは拳を握りしめた。はなからそのつもりがなかったのを誤魔化すために言っているわけではなく、本心から言っているらしきところに、また腹が立った。

 拳を握りしめて震えるクロウと、クロウの肩に手を置いたまま「にょほにょほ」笑っている長老。

 にゃんごろーは、二人の様子を見比べて、ハッとなにかに思い至った。


「クリョー、もしかしちぇ、ちょーろーに、みゅりりり、でしにされちゃの?」

「みゅりりり…………? ああ、無理矢理って言ってるのか? いや、だから、弟子にはなってねーよ」

「やっぱり! みょー! ちょーろーはー! らめれしょ! めっ!」

「みょほほ。仕方がないのー。今回は勘弁してやるとしようかのー」

「あ、そーシテクダサイ。いたずらの師匠の押し売りはお断りしてるんで」


 子ネコーは微妙に勘違いをしているようだが、渡りに船の話の展開ではあったので、クロウはちゃっかりその船に乗り込んだ。にゃんごろーに叱られて大人しく引き下がった長老に向かって片手の手のひらを突き出し、師弟関係お断りの旨をきっぱりと念押しする。

 こうして、“いたずらの弟子”は無事回避できたクロウだったが、残念ながら“助手”の方からは逃れられなかった。

 危うく、無理矢理長老のいたずらの弟子にされるところだった助手を華麗に救出したつもりのにゃんごろーは、長老とは反対側のクロウの肩に手を置いて、先生風を吹かせた。


「よかっちゃね、クリョー! あ、おれーちょかは、いいからね! せんしぇいちょしちぇ、こまっちぇいるじょしゅをたしゅけるのは、とーじぇんのこちょらからね! にゃふふふ」

「先生の押し売りもお断りなんだが」

「さあっ。すっかり、はなしが、よりみちしちゃ! けんがくきゃい、ちゅるけよー! しゅっぱちゅ、しんこー!」

「聞けよ……」


 先生気取りの子ネコーは、助手の反抗も華麗に聞き流した。

 自ら率先して話を寄り道させていた本ネコーであることを棚に上げ、威勢よく片手を振り上げて、見学会再開を宣言する。

 クロウの訴えが耳に届いている様子はない。


 クロウの意思とは裏腹に、子ネコーの中では「にゃんごろー先生とクロウ助手」はすっかり確定してしまったようだった。


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