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第117話 そこに、誰かいるの?

 「ほへぇ」としたお顔で、ぐるーんぐるーんと首を回しては感嘆のため息をついていたにゃんごろーだったが、魔法の通路の鑑賞モードは、一旦区切りがついたようだ。

 運搬係のクロウを見上げて、にゃんごろーは「にゃふっ」と笑った。


「にゃへへ。こーゆーのも、わるくにゃいねぇー。せが、たかくにゃっちゃおかげれ、いろいろちょ、あちゃらしいはっけんが、あっちゃ!」

「いや、おまえの背は高くなってないだろ」

「いーの! いまらけ、にゃんごろーのせが、たかくなっちゃの! ちょーろーよりみょ!」

「あー、はいはい。分かった。分かったから、暴れるな」

「うみゅ! わかっちゃなら、よし!」


 子ネコーの可愛い感想に、クロウが容赦なくツッコミを入れると、子ネコーは腕の中で両手両足をジタバタさせた。落とさないように抱え直しながらクロウが引き下がると、子ネコーは満足そうに頷いて大人しくなった。

 それから、にゃんごろーはクロウの肩越しに軽く身を乗り出して、長老を見下ろしてニマニマ笑い出す。通路を進む前にも、散々長老で遊んだというのに、まだまだ、いじり足りないようだ。


「ふふ、うふふ。にゃんごろー、ちょーろーよりも、せが、たかくにゃっちゃちゃー。ちょーろー、ちいさーい。にゃふふー」

「やれやれ、こんなことで喜ぶとは、まだまだお子様じゃのー。さて、マグよ。そろそろ、次へ行こうかの?」

「うむ。分かった」


 長老はお胸の長い毛を撫でつけながら半眼でにゃんごろーを見上げ、呆れた声をもらしてから、マグじーじへ呼びかけた。子ネコーが魔法の通路見学に飽きてきたことに気づいたからだ。

 次に行くと聞いて、子ネコーはあっさりと長老から興味を失くした。ササッと前に向き直り、ワクワクとマグじーじを見つめる。

 魔法の通路見学もこれで終わりかと思うと少し寂しかったが、新しい場所への興味の方がはるかに勝った。


「では、この辺で、出口を作るとするかのー」

「…………ん? ちょっと、待ってください? 今、出口を作るって言いました?」

「うむ? 言ったぞい?」


 魔法の通路見学に十分満足し、次への期待に胸をときめかせているにゃんごろーをチラリと振り返ってから、マグじーじは足を止めて片手を前に突き出した—―――ところをクロウが止めた。止めて、聞き返した。何かとても不可解なことを聞いた気がしたからだ。

 けれど、マグじーじはクロウが何を疑問に思っているのか分からなかったようで、「それが、どうしたんじゃい?」と言う顔をしている。


「え? いや、あの、だから…………」

「みょっほっほっ。入り口を魔法で作ったように、出口も魔法で作るんじゃよ」

「おお、そういうことか! 普段、当たり前に使っておるからのぅ、うっかりしておったわい。すまん、すまん。見学会なんじゃから、基本からちゃんと説明せねばいかんかったわい」


 もしかして、自分一人だけが分かっていないのかと不安になってしどろもどろになっていると、後ろから長老が助け舟を出してくれた。すると、マグじーじはピシャリと禿頭を叩いた。叩いた手を、そのままツルツルと滑らせながらクロウに謝罪する。


「青猫号内の出入り口の場所を正確に把握して、何処に行きたいのかを明確にイメージすれば、通路内のどこからでも行きたい場所への出口が作れるのじゃ。便利じゃろう? ただ、慣れないうちは、行きたい場所と違うところに出てしまったり、出口自体がうまく作れなくて、閉じ込められたりするんじゃがなー」

「丸一日、一人で彷徨っていたクルーもおったのぅ。それがトラウマになって、クルーを辞めてしまったんじゃよなー」

「おー、そうじゃった、そうじゃった。それが切っ掛けで、魔法の通路に使用制限をかけるようになったんじゃよな。それまでは、魔法を使えるクルーなら、自由に使わせとったんじゃがのー」


 どうやら、魔法の通路に使用制限がかけられているのは、迷子防止のためのようだった。

 クロウは、「なるほど」と顔を引きつらせ、辞めていったクルーに同情した。

 出口が作れなければ、ここは始まりも終わりもない場所になる。前も後ろも先が見通せない異空間の通路。何処にも行けないのに、何処までも続いて行く通路。ホラーでしかない。

 綺麗だけれど、この世のどこでもないかのようなこの場所に、一人で丸一日も閉じ込められたなら、それはトラウマにもなるだろう。自分がその立場だったならと想像すると、背筋が寒くなってくる。腕の中のもふっとしたぬくもりが、今はありがたかった。

 しかし、その“ぬくもり”はクロウとは別のことに恐怖を抱いているようだった。


「いちにち、ひとりで、ここに……? しょ、しょのあいだ、ご、ごはんは…………?」

「もちろん、閉じ込められとる間は、ごはんは食べれんぞ? ポケットに、ちょっとした菓子ぐらいは入っていたかもしれんが、ごはんは抜きじゃの」

「ひゅぅうん……。なんちぇ、おしょろしい……。うぅ、ごはんぬきにゃんちぇ、きゃわいしょーにぃ…………」


 ごはん抜きの恐怖に身を震わせ、ごはん抜きの目にあったクルーに同情するにゃんごろー。クロウは呆れたが、そのおかげで背筋に感じていた寒気はどこかへ逃げて行った。

 そして、気持ちが少し落ち着いたことで、クロウはあることに気づいてしまった。


「あれ? とゆうことは、もしかして。俺だけ通路の外に出してもらえば、抱っこなんてしなくてもよかったんじゃ?」

「うむ。抱っこで魔法酔いが治らないようなら、強制退場を考えておった。そうならんでよかったわい。にゃんごろーも結果的には大喜びだったしの」

「あ、そうですか…………」


 クロウの素朴な疑問にマグじーじがホクホク顔で答えてくれた。そうしてくれた方がクロウ的にはありがたかったのだが、今さらだ。何か腑に落ちないものを感じながらも、クロウは余計なことは言わずに引き下がった。


「よし、では、今度こそ! 次の場所への出入り口を開くぞい? 準備はよいかな、にゃんごろー?」

「みょ!? は、はい!……………………あ! ちょっちょ、まっちぇ、マグりーり!」


 納得した体のクロウの答えを受けて、マグじーじは、ごはんの感傷に耽っているにゃんごろーに声をかけた。名前を呼ばれて我に返ったにゃんごろーは、「はい!」と元気な返事をした後、「はっ」と何かに気づいたお顔で「ちょっと、待って」と声を張り上げた。


「うむ? どうしたんじゃ、にゃんごろー?」

「いみゃ、にゃにか、きこえちゃきがしちゃの……。しょこに…………、しょこにだれか、いりゅの?」


 出鼻をくじかれたマグじーじは、そのことを気にした様子もなく、むしろ嬉しそうだった。優しく子ネコーに尋ねると、にゃんごろーはマグじーじではなく、左手の壁に向かって話しかけた。にゃんごろーから見て、マグじーじのちょうど真左の壁だ。


「ねえ、クリョー! あしょこ! あしょこに、もっちょ、ちかるいちぇ!」


 不思議な発言をした後、左の壁にピンと立ったお耳を向けて黙り込んでいたにゃんごろーが、くりんとクロウの顔を仰ぎ見た。にゃんごろーは、左のお手々を壁に向け、右のお手々で胸に回されているクロウの腕を急かすようにパンパンと叩きながら、クロウに出動を命じる。何かが聞こえてきたという左の壁に、もっと近寄ってほしいようだ。

 クロウが「どうしますか?」と視線でマグじーじに問いかけると、マグじーじは大きく頷いて脇へ避けた。心なしか嬉しそうな顔をしているように見える。クロウは念のために長老にも確認してみることにした。すると、振り返った視線の先で、長老もなぜか嬉しそうに頷いている。おまけに、にゃんごろーと同じ方向に片手を突き出して、「早く、早く」というように手を振っている。

 どういうことなのかは分からないが、とりあえず問題はないのだろう。問題どころか、子ネコーだけでなく、監督者と保護者もそれを求めているようだ。その結果起こる何かを、期待しているようにも思えた。

 もふ手の示す壁は、他の壁と何ら違っているようには見えない。

 何の変哲もない、空を固めて造ったかのような壁だ。色にも質感にも変化はない。

 にゃんごろーは、そこから何かが聞こえたと言っていたが、クロウの耳には何も聞こえなかった。


 一体、そこに何があるのだろうか?


 クロウには分からないが、マグじーじと長老の様子からして、悪いモノではないのだろう。

 クロウは、子ネコーの求めに応じてやることにした。

 監督者と保護者の積極的な許可が下りていることもあり、何が起こるのか楽しみになってきてもいた。

 クロウは軽い足取りで、マグじーじが避けてくれたスペースへと足へ運び、もふ手が示した壁の前へと立つ。


 そして、事件は起きた。


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