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第118話 そして、事件は起きたのか?

 クロウに抱きかかえられて、何かが聞こえたという壁の前まで連れて来てもらった子ネコーは、驚くべき行動に出た。

 何も言わずに、ひょいっと身を乗り出して、なんと。


 壁の中に頭を突っ込んだのだ。


「なっ!? ちょっ!? えっ!?」

「あー、大丈夫じゃ。じゃが、そのまま向こう側へ落っこちんように、しっかり体の方を支えてやっておくれな」

「は!? うー…………わ、かりました」


 子ネコーの大胆な行動に慌てるクロウだったが、長老とマグじーじは冷静だった。まるで、こうなることが最初から分かっていたかのような落ち着きっぷりだ。二人があまりにも平然としているので、思いもよらない事態に心臓をバクバクさせていたクロウも冷静さを取り戻した。

 壁の向こうに何があるのか、子ネコーの尻尾は忙しなくパタパタと動いている。子ネコーが突然暴れ出しても落としたりしないように、しっかりと抱え直すと、カザンがいそいそと手を伸ばしてきた。


「念のため、私も協力しよう」

「ん? いや…………あ、あー…………うん。よろしく」


 最初は「大丈夫だから」と断ろうとしたクロウだったが、にゃんごろーを心配してというよりも単に触りたいだけなんだなと気がついて、少し引きつつも申し出を受け入れた。カザンはクロウの返事が終わらない内に、にゃんごろーの腰を両手で優しく掴んだ。いつも同様のクールな表情だが、その目はにゃんごろーに釘付けで、手のひらに伝わるもふ毛の感触を楽しんでいるようだった。腰を掴むために近寄ったせいで、パタパタと揺れる尻尾が、カザンの顔をペシペシと叩いているのだが、決して避けようとはせず、積極的に受け入れている。

 「念のために協力する」なんて言っていたが、いざという時には役に立たなさそうだ。クロウは、カザンを当てにせず、子ネコーの様子を注意深く見守ることにした。

 今のところ、子ネコーが激しく暴れ出すような気配はない。

 尻尾は元気に動いているが、カザンの顔に嬉しい被害を与えているだけだ。何かを見つけた子ネコーが、強引に壁の向こうへ飛び込んでしまいそうな気配はなかった。

 とはいえ、油断は出来ない。

 子ネコーの声が聞こえれば、少しは状況が分かるのにな、とクロウは思った。きっと、壁の向こうで、子ネコー的感想をひとりで呟いたり叫んだりしているはずだ。だが、残念ながら、壁の向こう側の音が聞こえないことは、入り口付近で実施された子ネコー調査により検証済みだった。

 いつまでも壁の中に顔を突っ込んだままでいることと、楽し気なリズムを刻む尻尾の動きから推察するに、壁の向こうは子ネコーにとって興味深い空間なようだ。


 今、子ネコーの目には、何が映し出されているのだろうか?


 クロウの中で、好奇心がムクムクと頭をもたげてくる。けれど、子ネコーのように、壁の中に頭を突っ込んでみようという気にはなれない。

 クロウは、子ネコーの頭の帰還を待ちわびた。きっと、壁中調査から戻った子ネコーは、お目目をキラキラさせながら発見したものの報告をしてくれるはずだ。

 子ネコーの感想は、ピントが外れているようでいて、核心をついていることも多い。子ネコーのふにゃふにゃした感想を聞くのが、今から楽しみだった。


 けれど、子ネコーは帰還ではなく、突撃を選択したようだ。


 にゃんごろーの尻尾の動きが、突然激しくなったのだ。同時に、両手と両足を、泳ぐように、もがくように動かして、壁の中へ進もうと暴れ出す。

 流石にこれはマズいと、クロウは子ネコーの頭を壁の中から引っこ抜いた。慌てたせいで思い切りよく引っ張ったら、思ったよりも抵抗が少なく、たたらを踏みそうになったがカザンが支えてくれた。

 意外と役に立ったな――――などと失礼なことを考えながら、クロウは目の動きでカザンに礼を告げつつ壁から一歩離れ、壁に背を向ける。カザンは何も言われずとも、クロウの動きを読んで場所を譲り、先生と助手のコンビの向かいに立ちにゃんごろーを見つめる。

 壁の中を鋭意探索中のはずだったのに、なぜかいきなりカザンと向き合うことになったにゃんごろーは「はにゃ?」と首を傾げた後、カザンと見つめ合い、壁を振り返り、そして理解した。助手のクロウによって、壁から無理やり引きずり出されたのだということを。

 次の瞬間、子ネコーの騒々しい声が通路中に振りまかれた。


「みょー! にゃにしゅるのー! クリョーは、にゃんごろーのじょしゅにゃのにー! にゃんごろーしぇんしぇーの、じゃましちゃら、らめれしょ! めっ!」


 壁中迷子確定直前だった子ネコーは、クロウの鼻先にもふビシッと肉球を突きつけ、クロウを𠮟りつけた。

 迷子の運命から助けてやったはずなのに、不出来な助手扱いをされてしまったクロウは、半眼で子ネコーを軽く睨みつけ、無言のまま、その体を頭上に掲げる。恩をあだで返された腹いせに、子ネコーを「持ち上げて揺さぶりの刑」に処すことにしたのだ。

 突然持ち上げられた子ネコーは、びっくりして悲鳴を上げた――――が。


「にゃ!?…………にゃはははははははは!」


 揺さぶりが始まると同時に、通路内に楽しそうな笑い声が響き渡る。

 クロウとしては残念なことに。

 子ネコー持ち上げて揺さぶりの刑は、子ネコーを喜ばせるだけに終わったようだ。


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