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第119話 お船の精霊

 子ネコーが吹かせた先生風に心配と動揺を吹き飛ばされたクロウは、腹いせに「子ネコー持ち上げて揺さぶりの刑」を実行した。すぐに、それは子ネコーを喜ばせるだけだと気がついたのだが、あんまり子ネコーが喜ぶので、しばらくそのまま遊んでやる羽目になった。

 とはいえ、いくら子ネコーが軽いと言っても流石に腕が疲れてきた。「はい、おしまい」と腕を降ろして胸に抱え直すと、不平を言うかと思った子ネコーは満足そうに笑った。その代わりに、壁にお手々の先を向けて、クロウに要請してきた。


「クリョー! あっち! みょーいっきゃい! かべのしょばまれ、いっちぇ!」

「いや、その前に、だ。何が見えたのか、教えろ」


 子ネコーを壁の中から引っこ抜いた後、クロウは念のため壁際から少し距離を取っていた。大した距離ではないが、クロウが子ネコーを落とさないようにしっかりと抱えていれば、壁中ダイブは阻止できるはずだ。

 子ネコーの要望が、「子ネコー持ち上げて揺すぶりの刑」ではなく、「壁中調査を再開したいから、もう一回壁の傍に寄れ」だったことに安堵しながら、クロウは立ち止まったまま、にゃんごろー先生に尋ねた。子ネコーの先生風により、心配と動揺と一緒に吹き飛ばされていた好奇心が、一人だけ戻ってきたのだ。またしてものお預けを食らってはたまらないと、クロウは先生に中間報告を求めた。

 助手のお願いを聞いた先生は、その場から動かないクロウに文句を言うことなく、お顔とお目目をパラキラッと輝かせた。クロウに質問されたことにより、調査再開欲よりも、発見したことをお話ししたい欲の方が上回ったのだ。にゃんごろーは両方のお手々を上下にわちゃわちゃ動かしながら、「よくぞ聞いてくれた」とばかりに勢いよく捲し立てた。


「あ! しょー! しょーにゃの! あのね、あのね! おんにゃのこが、いちゃの! にんげん、みちゃいにみえちゃ! みじゅいろのおかみ! ながいかみのけが、ふわぁーっちぇ、なっちぇちゃ! あしをー、てで、ぎゅっちぇしちぇ、まぁーりゅくにゃっちぇ、あおいちょころで、うかんでりゅの! ねみゅっちぇるみちゃいらっちゃ! にゃんごろーが、よんでみようとしちゃら、クリョーに、グイっちぇされちゃっちゃの! みょー! いいちょころだっちゃのにぃ! じょしゅちょしちぇの、しゅぎょーが、ちゃりにゃい!」

「は? マジか? 女の子? この壁の向こうに? 水色の長い髪で、膝を抱えて丸くなって、宙に浮かんで、眠ってるってことか? マジで?」

「しょーいっちぇるでしょ! ほりゃ! はやく! みょーいっきゃい! にゃんごろー、あのこちょ、おはにゃししちぇみちゃい!」


 壁の向こうに隠されていた情報が、子ネコーの拙い言葉と共に一気になだれ込んできた。クロウは助手として、にゃんごろー先生の「夢でも見たんじゃないか」と言いたくなる話を通訳しつつも半信半疑だった。抱えていた子ネコーの両脇を掴み直して目の前に持ち上げ、興奮に輝くお顔をまじまじと見つめる。

 お話したい欲が満たされ、お話をしたことで調査欲が再燃したにゃんごろーは、クロウの腕をパンパン叩いて「早く、早く」と急かしたが、そこに長老が待ったをかけた。


「こらこら、にゃんごろーよ」

「ふぇ? にゃあに? ちょーろー? にゃんごろー、いみゃ、じょしゅちょ、だいじにゃおはにゃしを、しちぇいりゅちょころ、にゃんれけろ?」

「その子は、まだ眠っておったのじゃろう?」

「しょう! しょうにゃの!」

「だったらじゃ。眠っている女の子を、無理矢理起こしたりしてはいかん」

「ええー? れもぉー。にゃんごろー、あのこちょ、おはにゃし、しちぇみちゃい…………」


 長老に無作法を窘められてしまったけれど、子ネコーは納得がいかないようで、小さなもふ顔を曇らせた。それが無作法だという自覚はあるのか、声に勢いはないけれど、壁の向こうで眠っている女の子とお話ししたい気持ちは、止められなかった。

 クロウは気をきかせて、長老の方に体を向けてしゃがみ込んだ。ふたりが、目線を合わせて話が出来るようにするためだ。

 長老は、クロウに向かって軽く頭を下げてから、お胸の長い毛をもしゃもしゃとかき混ぜながら子ネコーに向かって語りだした。


「その子はな、長老たちの古いお友達で、このお船の精霊さんなのじゃ」

「おふねの、しぇーれーしゃん……。ちょーろー、しぇーれーしゃんちょ、おともらちにゃの?」

「そうじゃ。長老だけじゃない。そこにいるマグと、ナナやトマもじゃ」

「へぇえ。しょーらったんら」


 初めて聞かされるお話に、子ネコーはすぐに夢中になった。もふ顔を覆っていた雲は流れ去り、お目目からはキラキラと光が零れ落ちる。


 青くて透明な空間で、体を丸くして眠っていたあの子。

 その子はお船の精霊で、長老たちのお友達なのだという。


 素敵なお話が聞けそうな予感がして、にゃんごろーは胸を高鳴らせた。

 ワクワクキラキラと輝くお目目。

 続きをせがむように、にゃんごろーは長老の白いもっふぁり顔にワクキラ光線を発射した。


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