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第192話 キラキラの女神様

 キラキラ子ネコーからの突然のウインク攻撃を受けて、涙目子ネコーはお目目をパチパチさせた。

 びっくりしたせいで、“がっかり”が一瞬吹き飛んだ。

 その隙を、キララは逃さず、すかさず攻め入った。


「にゃんごろー! 安心して! 今日はね、カフェとは違う、特別なお昼を用意してあるの!」

「ほぇ?」


 キララからの特別宣言は、にゃんごろーに舞い戻ろうとしていた“がっかり”を蹴飛ばした。“がっかり”は、にゃんごろーの足元で戻るチャンスを狙っていたが、キララはそれを許さなかった。更なる追撃を仕掛けていく。


「今日はね! うちのお母さんが、お弁当を作ってくれたの! みんなの分も!」

「……………………キララのおかーにゃんの、おれんとー。みんにゃの、にゃんごろーのぶんも、ありゅの?」

「もちろん! うちのお母さん、お料理上手なんだよー! お豆腐なにゃんごろーのために、張り切っていろいろ作ってくれたから、楽しみにしててね!」

「……………………う、うん! うん!」


 お豆腐子ネコーは、お豆腐であるが故に、お豆腐的な理由で、元気と希望を取り戻した。

 青猫号に来るまで森の外へ出たことがなかったにゃんごろーは、お弁当というものを食べたことがなかった。

 お弁当なるものの存在は知っている。

 教えてくれたのは長老ではなく、絵本だった。

 魔法は上手だけれど、お料理はダメダメな長老には作れそうもない綺麗で美味しそうなものが、箱の中にいっぱいに詰まっていた。涎で汚しそうになって、本好きの兄弟ネコー・にゃしろーに怒られたことは数知れない。

 お料理ダメダメな長老には、おねだりする気にすらなれなかった高嶺の花のような存在。

 お弁当は、にゃんごろーにとって、おとなの場所であるカフェとは、また違った方向で、いつか食べてみたい憧れの品だった。

 しかも、しかも、だ。

 今回用意されたのは、初めて出来たお友達子ネコーのお母さんが作ってくれたお弁当なのだ。

 よそのお家のお弁当。

 お料理上手なお母さんのお弁当。

 お街に住んでいるネコーが作ったお弁当。

 そんなのもう、期待しかない。

 ワクワクが、胸いっぱい、体いっぱいに広がっていく。

 キララたちは、どんなごはんを食べているのだろうという好奇心も相まって、にゃんごろーのお豆腐が溢れて止まらない。

 溢れて止まらないお豆腐キラキラをお目目から飛び散らかしながらも、同じく溢れて止まらない涎だけは、なんとかゴックンする。

 ゴックンして、にゃんごろーは「はっ!」と気づいた。

 気づいてしまった。

 気づいてしまったにゃんごろーは、「キッ」と長老を振り向いて、そのままポフポフと歩み寄り、荷物を抱えたミフネの周りをウロウロしている長老の“ふかもふ”尻尾を「ぎゅぎゅっ」と両方のお手々で掴む。


「もう! ちょーろーは! それは、キララとキラリのおかーにゃんが、ちゅくっちぇくれちゃ、みんにゃのおれんちょー、にゃんらからね! にゅすみぐいしちゃら、らめにゃんらからね!」

「……………………! そ、それぐらい、分かっておるわい! どんなお弁当なのか、ちょっと気になっただけじゃわい!」


 養い子の子ネコーに、白くて長いもふぁもふぁ尻尾を思い切り引っ張られ、危うく転びそうになった長老は、ようやく正気を取り戻した。尻尾を掴まれているため、お顔だけを後ろに向けて子ネコーに言い訳をするが、子ネコーは許さなかった。掴んだ尻尾をブンブンと勢いよく振り回し、お説教を続ける。


「わかっちぇるにゃら、マグりーりのちょにゃりにいっちぇ、ちゃんちょ、マグりーりのおてちゅらいをしちぇ!」

「むぐぅ…………」


 にゃんごろーは、最後に大きくブルンと尻尾を回すと、お手々を離して、片手をもふビシッとマグじーじの隣へと向けた。子ネコーに叱られた長老は、納得いかないお顔で唸り声を上げている。

 睨み合う、ふたりの“もふもふ”。

 見学会主催者であり司会進行役のマグじーじは、困り顔で禿頭をツルツルと撫で回した。お弁当のことは打ち合わせ済みだったし、ミフネが抱えている荷物の中身については、もちろん把握していた。長老が司会進行役を放棄してミフネに纏わりついていたのは、ミフネが持っているお弁当に気を取られているせいだということにだって、気づいていた。けれど、中身に手を出さないなら、まあいいかと放置していたのだ。

 マグじーじとしては、今さら長老のお手伝いなんて必要なかった。むしろ、最後まで一人でやり遂げたかった。

 しかし。しかし、なのだ。

 ここでそれを言ったら愛しの子ネコーの顔を潰してしまうことになる。長老のお手伝いなんて必要ないが、にゃんごろーがそれを望むのならば、それもやむなしだった。にゃんごろーが望むのならば、それに協力したいとすら思っている。

 常に、にゃんごろーの味方でありたい、と思っているのだ。

 思っている、のだが。

 長老とは長い付き合いであるマグじーじは、今ここで、自分が下手に話に入ろうものならば、かえって長老がへそを曲げて今よりも酷い膠着状態になだれ込むであろうとことが予測出来ていた。

 こういう時、上手く長老を丸め込んでくれるのは、ナナばーばの役目なのだ。だが、そのナナばーばは、現在コンテナの陰で絶賛不審者活動に勤しんでいる真っ最中だ。恥ずかしがり屋で怖がり屋のキラリを驚かせないためにも、この場へ呼び出すわけにはいかなかった。見学会を恙なく遂行するためには、切り札であるナナばーばには、大人しく不審者に徹してもらわねばならないのだ。

 にゃんごろーの味方であり続けるためのいい方法が思い浮かばす、困り果てたマグじーじは、クロウに助けを求めた。

 にゃんごろーの助手として(クロウ本人は認めていないが)、長老とは違った方面で、にゃんごろーあしらいのうまいクロウならば、何とかしてくれるのではないかと期待したのだ。

 頼みの綱であるクロウは、マグじーじの視線に気づいてビクリと体を揺らした後、気まずそうにスッと視線を逸らした。

 どうやら、クロウ助手でもお手上げのようだ。

 にゃんごろーひとりならば何とかなっても、そこに長老が絡んでくるなると、話が違ってくるようだ。


 クロウに見捨てられたマグじーじは。

 いよいよ、進退窮まってしまった。

 禿頭ツルツルのスピードがアップしていく。


 そこに、救いの女神が現れた。

 女神は、心理的にも、物理的にも、キラキラと輝いていた。

 女神が誰かなんて、説明するまでもないだろう。

 もちろん、キララのことだ。


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