お城が見えた。
ゆっくりと降りていくキノコエレベーターから、こっちに向かって突進してくるお城が見えた。
“地上”にいた頃なら、見ただけで、うわーってテンションマックスになったけれど。
“闇底”では、なんだかげんなりした気分になってくる。
例のあのお城だった。
「何でしょうか? シンデレラな感じのお城がこっちに近づいて来るみたいですけれど。はっ! まさか、あのお城、妖魔なんでしょうか!? もったいないけど、殲滅すべき!?」
「あー、うーんとね。あのお城は、妖魔じゃなくて、幻のお城でね。その幻を作っているのは、残念なことに魔法少女の一人……かなあ…………」
「え!? あのお城を生み出したのは、魔法少女なんですか!? プリンセス系魔法少女!?」
「え? うん、まあ、そう……かな? あのお城は、その子の、背景的な? 魔法で作った大道具的な? そんな感じ?」
「ふ、ふぉぉぉぉおおおおおお!! 魔法で作った幻のお城をバックに登場する魔法少女――!?」
劇場型魔法少女初体験の
瞳も頬も声も、全身が高揚しているのがよく伝わってくる。
エレベーターの下がる速度が上がった気がする。
気のせい……じゃないな、これ。
下降じゃなくて、上昇してほしいんですけど。あたしとしては。
「なあ。エレベーターはこのままにして、別の空飛ぶキノコとか呼び出してそれで逃げるわけにはいかんのか?」
「却下よ!」
サトーさん、ナイスアイデア!
ぱあっと、脳内にも顔にも花が咲いたけれど、そのアイデアは
なんで! と思ったけど、そうだった。月下さん、お空飛ぶの、苦手みたいですもんね。
「なんでだよ?」
「空飛ぶキノコなんて、飛んでもな…………あ、いえ。そうじゃなくて。コホン。
「あー、まあ。それはそうなんだけどよ」
「そうでしょう!?」
そうでした。そういう問題もありましたね。
確かに、その通り。
でも、サトーさんに賛成!
まだ、何も言っていないけど、言いたいことは分かる。
夜陽、人の話まったく聞かなさそうだからなー。
あたしには、ちゃんと華月の危険性について夜陽に正しく伝える自信はない!
「そもそも、会話になるのかよ?」
「……………………こうして出会ったのに、何も言わずに済ますわけにもいかないでしょう。それに、たとえ夜陽の脳髄まで情報がちゃんと届かなかったとしても、一応、形として大事な情報を伝えた、という事実は残るわ」
「それ、ただのおまえの自己満足なんじゃね?」
「脳のどこかに情報の切れ端が引っかかって、辛くも生き延びられた……みたいなことになる可能性だって、絶対にないとは言えないでしょう!?」
「引っかかるような凹凸があいつの脳にあるのかね……? なんか、ツルツルしてそうじゃね? つかよ、もしも、華月に会ったとしてもよ。あいつの持ち前の特性のおかげで、一人で勝手に強制退場して命拾い、とかいう結果になるんじゃね?」
「…………………」
サトーさんのどこか投げやりなセリフに、月下さんは押し黙る。
あんまりと言えば、あんまりな内容ではありますが。
あたしも、サトーさんに賛成―。
とかやっている間に、キノコエレベーターは地表へと到達し。
ついに、夜陽主催の一人芝居の幕は上がった。
「ああ! 素晴らしい!! プリンセスですよ! 本当に、プリンセスですよ! もはや、彼女は魔法少女ではなく本当にただのプリンセスなのでは!? ああ、でも、幻想のお城を生み出すということは、やはりマジカルなプリンセス!? 水際のマジカルプリンセス!」
現れた夜陽は、水色のドレスを着ていた。
胸元には、波打ち際をイメージしたような模様の白いレース飾り。それから、水泡をイメージしているのかな? 真珠っぽい飾りが、一面に縫い付けてある。
海の精霊のお姫様的な?
幻想の魔法で生み出されているのは、お城だけで、全然水際ではないけど。海どころか、湖も川も、沼すらない、ただの荒野だけど。
後ろに執事服を着た河童の妖魔が澄ました顔で立っているから、あの子に合わせたのかな? 河童は、海じゃなくて川に棲んでいるような気はするけど。
てゆーか、あの子、あれだよね?
あたしが初めて夜陽に会った時に、あの幻想のお城に住みたいから夜陽と結婚するとか言って夜陽をお姫様抱っこして強制退場の原因になった、あの子だよね?
その後、どうなったのかと思ったら、そうか。えーと、お姫様とお付きの人? そういうことになったんだ。
まあ、可愛い河童さんではあるけれど、結婚できるかと言うと、それはちょっと問題が別と言うか、ねえ?
可愛いだけでは、結婚は出来ない!
まあ、それは置いておくとして。
夜陽は、なんていうか。この前会った時以上に、キラキラと輝いていた。キラキラと輝いたオーラに包まれていた。圧倒的、姫オーラ!
魔法の力、とかじゃなくて。
心春に褒められて、気を良くしたおかげ、みたいな感じ。
称賛が力になるタイプ、っていうか。
基本、人の話を聞かない感じの夜陽だけど、誉め言葉は別みたいだねー。
「おーほほほほほほほほ! わたくしは、夜陽。闇底を照らす太陽! それが、このわたくし!」
「あ、夜陽。話があるの。最近、華月っていう褐色の肌に銀髪のセーラー服を着た人型の妖魔が徘徊しているらしいの」
「この闇底の真の女王となるために、魔法少女はわたくし自ら一人残らず抹殺してさしあげますわ! 覚悟なさい!」
「結構手ごわい妖魔みたいでね。既に何人かの魔法少女が食べられちゃってるみたいなの。あなたも気を付けてね?」
げ、月下さん? 月下さん、月下さーん!
ちょー、ナニコレ?
夜陽は相変わらず舞台女優みたいだけど。月下さんにお構いなしで、一人芝居を繰り広げていらっしゃいますけれど。
月下さんは月下さんで。なんか、先生に頼まれて話を聞く気がないクラスメートに嫌々話をしに来た学級委員みたいなんですけど!?
これ、何? 何なの?
サトーさんは一人だけ笑い転げているし。お笑い? お笑いなの?
でもって、心春は、感極まったみたいに、両手を口元で組み合わせてなんかウルウルしながら夜陽を見つめているし! てか、今の夜陽のどこに、そんな感動ポイントがあったの!?
意味不明!
あたしは、あたしは一体、どういう反応をしたらいいの!?
「さあ、時間よ! このわたくしの手にかかって死ねることを、光栄に思いなさい!!」
スッと夜陽が右手の人差し指を天に掲げた。
その指の先に、水色に輝く光の玉が現れる。大きさ的には、くす玉っぽい!
えーと、合図ともにアレが割れて、夜陽がより一層キラキラになる……とか、そういうんじゃないんだよね?
え? あれを、どうするの?
ついに、あたしたちも夜陽の一人芝居に強制参加させられちゃうの!?
「決して逃れられない水の牢獄の中で、溺れ死ぬがいいわ!」
え? あの水色の玉の中に水が入っていて、その中に閉じ込められちゃう系な?
えっと、姫? お気を確かに?
ごくりと生唾を飲み込みながら見つめる先で、水色の光の玉はくす玉大から運動会の大玉送りの大玉サイズへと成長を遂げ、そして。そして――。
「真珠姫のワルツ、味わうがいい、わ? え? あ~れ~~~~!!!」
「な、何事ー!?!?」
夜陽とその後ろの控えていた河童執事の姿がフッと掻き消え、二人(一人と一匹?)の背後にそびえ立っていた幻のお城がものすごい勢いで地面の中に埋まっていく。
え? 本当に、何事?
夜陽と河童執事が立っていたはずの場所へ視線を下ろすと、そこには。
どこかで見たことあるような、黒い楕円が広がっていた。
その端から、モグラ……みたいな妖魔? なのかな? が、ひょこッと顔を出している。
黄色いヘルメット被っているんですけど。スコップ持ってるみたいなんですけど。
このモグラさんは一体?
戸惑いながら見つめていると、モグラさんもまたあどけない瞳でこちらを見つめてくる。
しばらく見つめ合う。
「………………」
モグラさんは何も言わずに、穴の中にひょっと顔を引っ込めた。それと同時に、黒い楕円もシュッと閉じる。閉じて、楕円があった場所は、もとのなんもない乾いた荒野の地面になる。
え、えーと?
いつもの夜陽の強制退場が発動したことは分かるんだけど、それはそれとして、何が起こったの?
戸惑いから抜け出せないでいると、サトーさんが穴のあった場所に近づいてしゃがみ込み、楕円があった場所をコンコンとノックするみたいに叩く。
「おー。完全に閉じているな。残念、新しい“道”発見かと思ったんだが。まあ、どっちにしろ空でも飛べなきゃ、俺には使えそうもないが」
「えーと、つまり?」
「ん? 言ったろ? “道”は、元々妖魔の能力を応用してできたもんだって。今のが、そうだ。“道”を繋ぐって言うか、自分で掘って作るって言うか、そんなんだ。見た目がモグラとか、分かりやすいよなー。ひょっとして、地面の中限定で“道”を掘る妖魔なのかね?」
「な、なるほど。で、それはもう、あなたには使えないの?」
「おお。これはダメだ。使用禁止。たぶん、おまえか心春ちゃんのどっちか、いや、両方か? お前らのことがよっぽど怖かったんじゃねーの? 追って来られないように、完全に閉じられちまってるぜ」
「使える場合もあるの?」
「あるぜ? 滅多にお目にかかれないけどな。それにしても、“道”の開通式に立ち会えるなんて、それ以上にレアだぜ? 宝くじより確率低いんじゃないか? 立ち会えるだけでもかなりのレアなのに、ちょうどその開通したばかの“道”の真上に立ってるとか、あいつの強制退場能力、ホント凄いな」
無精ひげが生えた顎をすりすりしながら、サトーさんが立ち上がる。
えーと、つまり? あのモグラさんは、“道”を掘って作る妖魔で、モグラさんが作った“道”の上に偶々夜陽が立っていて、開いた“道”の中にお付きの河童も一緒に落っこちた、と。
そういうこと?
“道”が消えた跡を(って言っても、なんも残ってないけど)見下ろすサトーさんは、本気で感心しているみたいだけれど、夜陽を心配する素振りは微塵も感じられなかった。
まあ、分かる。あたしも心配はしてないし。
落ちながらも、お城の幻は維持してたしね。
なんか、本人が何にもしなくても、勝手にどうにかなるような気がする。
悪運が強い、って言うの?
「だ、大丈夫なんでしょうか?」
心春だけが、夜陽の行く末を心配していた。
あたしたちは三人で顔を見合わせる。
お互いに説明を譲り合う。目線だけの攻防の末、説明は月下さんにお任せすることになった。
「大丈夫よ、心春。大体、いつもあんな感じだけれど、忘れた頃にまた何事もなかったかのように全開な感じで現れるから」
「そうなんですね! つまり、闇底を統べる太陽、その名に偽りはない、ということですね! 素晴らしい! 素晴らしいです!! 夜陽さん! いえ、夜陽様とお呼びするべきでしょうか?」
何やら瞳を輝かせている心春に、あたしたちはげんなりする。
夜陽様って……。
「ああ……。あの方は、星空さんの物語に、どのようなポジションで登場させるべきでしょうか? 本命……にするには、少々灰汁が強すぎる気もしますし。心の本命は夜陽様で、心の奥底では二人は結ばれているけれど、本妻には別の魔法少女を……いえいえ、やはり……」
あたしたちの存在を忘れたように、ブツブツと恐ろしいことを言い始める心春。
疲れた顔で心春を見つめていた月下さんとサトーさんの視線があたしへと移る。
やめろ! そんな目であたしを見るな!
そんな、乾いたような同情が混じった瞳で、あたしを見ないで!
認めてない! あたしは、認めてなから!!
心春!
あたしの物語に、勝手に変なものを登場させないで!
心の本命って、なんじゃ!?
あたしの物語は、劇場型禁止だから!!
今後、一切!!
絶対!!
これだけは、譲れない!!!