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第101話 魔法少女は屈辱の証

「魔法少女なんて、私にとっては、屈辱の証でしかないわ」



 夜咲花よるさくはなの作ったメロンソーダを、ほんのり嬉しそうに三杯もおかわりしたクサリちゃんは、月華つきはなに契約を持ち掛けられて、全身の毛を逆立てるようにして、そう吐き捨てた。


 あたしたちはみんな、石像のように固まった。

 クサリちゃんのお返事に……というわけじゃない。いや、屈辱の証とか言うのはさすがにショックだけど、でも固まっているのは、月華の残念さに、だ。



 本当にメロンソーダが出てくるとは思ってなかったと思われるクサリちゃんは、出てきたメロンソーダに、それはそれは感動していた。

 恋する乙女のように頬を染めて、キラキラした目で緑のシュワシュワを見つめ。

 夜咲花に促されて、そっとストローに口をつけて、一口吸い上げる。

 それから、初めて炭酸を飲んだ人みたいに、驚いた顔でストローから口を放して、丸い氷が浮かんでいるシュワシュワを半泣きの顔で見下ろして。

 その後は、夢中でストローを吸い上げていた。

 当然のように、グラスの中身はあっという間に空っぽになって。

 クサリちゃんはジュゴジュゴ未練がましくストローを吸いながら、失恋でもしたみたいに悲しそうな顔になる。

 夜咲花の得意げな「おかわりあるよ」の一声に、またパッと顔を輝かせるんだけどね。

 くっ。

 可愛い。

 ほっこりする。

 両方とも!

 クサリちゃんも夜咲花も、両方とも!

 心のエネルギーが満タンになった気がする。

 心春ここはるに気づかれたら面倒なことになるから、顔には出さないように超気を付けたけどね!

 ふっ。成長したな。あたし。

 あんまり、嬉しくない成長だけど。


 とゆー。

 そんな、ほっこり可愛い一幕を台無しにしたのが、ある意味いつも通りなんだけれど、ちょっと考えなしかなー、みたいな月華の一言なのだ。

 みんながグラスを空にしたところで、おもむろに、何の前置きもなく、言い放っちゃったんだよ!

 あたしも言われた、例のあのお誘いの文句を。


「私と契約して、魔法少女と言う名の使い魔にならないか?」


 ていう、例のあれですよ!

 普通に魔法少女に憧れ的なものを持っていて、妖魔に食べられそうになったところを月華に助けてもらったあたしですら、ヒいちゃった例のあの勧誘ですよ!

 それを、それをさ。

 せっかく、メロンソーダのおかけで、少し顔も気持ちが緩んできていたクサリちゃんに、今このタイミングで前置きもなく、直球ストレートど真ん中にぶつけちゃうとか! とか!


 いや、さ。それも、大事なことだって分かってるよ?

 クサリちゃんが、この闇底で生きていくためには、妖魔と戦うための力が、魔法少女の力が必要になるわけだし、いずれその話はしなきゃいけないことは、あたしだって分かってるよ?

 でもさ!

 クサリちゃん。クサリちゃんは、さ。

 華月かげつに無理やり使い魔にされて、出来損ないの魔法少女だって罵られながら、今までさんざんいいようにされてきてたんだよ?

 そのクサリちゃんに、いきなりあの勧誘はないよね?

 せめて、こう、もっとさ。

 まずは、クサリちゃんの話を聞いて。それから、あたしたちのことを、月華プロデュースの魔法少女(いや、プロデュースはちょっと違うか……)がどういう感じなのかを説明してさ。で、もう少し打ち解けて仲良くなったところで、もっと穏便に仲間にならないか的なお誘いをするとかさ。

 えーと、なんていうの? 段取り?

 そう、段取りってものがあるよね!


 それを、それを!

 案の定、なんか想定外の凄い断り方されちゃってるしー!

 ……………………断られちゃってるよね? あれって、やっぱり。



 で、当の月華といえば。


「そうか。では、月下美人げっかびじん。あとは、頼む」

「は?」


 板の間に落ちた嫌な沈黙とクサリちゃんからの拒絶をものともせず、どこ吹く風で。

 月華は、クサリちゃんからのお返事にあっさりと頷くと、あとのことはすべて月下さんに丸投げした。

 月下さんは目を見開いて、それからわなわなと震えだす。

 気持ちは、分かります。


「ちょ、このタイミングで、それなの? 確かに、交渉が決裂したときは、私に任せなさいとは言ったけれど。私がいない場でのことなら、まだともかく。ここに、私も一緒にいたのよ? こんな状況にしてからじゃなくて、どうせなら最初から任せなさいよ…………!」


 月華が隣に座っていたなら、その首を掴んで、がっしがっしに揺さぶっていたことだろう。

 うん。気持ちは分かります。

 月華は全く分かっていないらしく、唸りだした月下さんを不思議そうに見つめているけれど。うん、まあ、安定の月華というか。月華らしいよね。


 他のみんなも、どう声をかけていいか分からないみたいで、気まずそうに成り行きを見守っていた。

 月下さんは、右手の人差し指と中指をこめかみに押し合あててぐりぐりしていたけれど、一つため息をつくと、ギラギラした感じが復活してしまったクサリちゃんの目を見つめた。


「ここで生きていくためには、戦うための力が必要になるわ。そのことは分かっているわよね?」

「…………分かってるわよ」

「生きていくつもりはあるの?」

「………………分からない」


 ギラギラが少し消えて、伏し目がちに答えるクサリちゃんに胸が痛む。

 月下さんも、その返答に痛みを覚えたみたいで瞳を曇らせたけれど、でも淡々と質問を続けていく。


「華月から血を与えられた?」

「血……? 何のこと?」

「そう……。つまり、あの鎖によって隷属させられていただけで、本当の意味で契約を交わしたわけではないということね」

「え?」


 え?

 そうなんですか?

 クサリちゃんも、ビックリ真ん丸お目目で月下さんを見つめ返している。ギラギラが完全に消えていた。もう、復活しませんように。


「契約の仕方を知らないってことは、手にかけた魔法少女から知識を得たりはしてなかったってことかしらね」


 真っ白い羽根をバサリとさせて、鳥妖魔の雪白ゆきしろが話に加わってきた。

 アジトも大分手狭になって来たので、今は手乗りサイズになって月華の頭の上に載っています。ちょっと、可愛い。


「でも、これは朗報ね。私には、この子から華月の気配は感じ取れないけれど、雪白はどう?」

「ええ。アタシもよ。あんたもでしょ、月華」

「ああ」

「つまり、どういうことなの?」


 当事者であるクサリちゃんが、震える声で月下さんに尋ねる。

 ご、ごくり。

 みんなも、固唾をのんで月下さんの答えを待つ。

 朗報って、朗報って言ってたよね?

 つまり、それって。


「この子はもう、自由の身になったってことよ」


 ふわりと、月下さんが優しく微笑む。

 淡い黄色いワンピースのイメージそのままの、優しい優しい笑顔。

 月下さんのこんな顔、久々に見た気がする。

 うん、でも。

 あたしも、嬉しい!

 みんな。みんなもすっごくいい笑顔になってる。

 月華を背後からじっとりと見つめていたフラワーですら、ほんのり口元に笑みを浮かべている。

 …………………………クサリちゃんのことを、喜んでくれているんだよね?


「………………っ!」


 みんなの笑顔に囲まれて、クサリちゃんだけが、一人大粒の涙を流していた。

 華月から解放されることを、ずっとずっと願っていたはずだ。


「う、うぅ……う……うわぁあああああ」


 両手で顔を覆って、クサリちゃんは本格的に泣き出した。

 隣に座っていた月見サンが、優しくその背中を撫でてあげている。

 う、うぐっ。もらい泣きしそう。

 よかったね。よかったね、クサリちゃん。



 そうして。

 散々、泣き散らかしたクサリちゃんがようやく落ち着きを取り戻したところで。

 次なる爆弾を投下した者がいた。


 月下さんだ。

 いい笑顔だった。


「さて。華月からは解放されたわけだけれど、今のあなたは何の力もないただの女の子よね? つまり、このままだと屈辱の証である魔法少女たちに面倒を見てもらうか、一人でアジトの外に出て他の妖魔たちのエサとなるか、二つに一つなわけだけれど、それは理解しているのかしら?」

「な!?」


 泣きはらしたクサリちゃんの顔が歪む。

 あたしたちもぎょっとして、一斉に月下さんの顔を見る。

 いや、あたしたちって言っても。

 月見サンは、あーって顔をして頬をポリポリしているし、月華は何にも気にしてないみたいだし、ルナはよく分かっていないみたいだし、フラワーはフラワーだったけど。


「ちなみになのだけれど。先ほどメロンソーダを用意してくれた夜咲花は、闇底のものを使って地上の食べ物を作ることが出来るちょっと特殊な魔法少女なの。魔法少女になれば、いつでも彼女に食べたいものを作ってもらえるわ。もちろん、メロンソーダもね」

「え?」


 いい笑顔を浮かべたまま、爆弾の後にエサをチラつかせる月下さん。

 なんか、質の悪い勧誘っぽい。

 文字通り甘いものをエサにしてるよ!


「ああ、それと。最近、アジトの隣に温泉施設が出来たのよね。魔法少女になれば、いつでも温泉に入りたい放題よ? もちろん、お風呂上がりのよく冷えた牛乳なんかも堪能できるわよ?」

「…………っ。い、いちご牛乳は?」

「もちろん、用意できるわ」

「ラジャ! 仕込んでくる!」


 月下さんに流し目を送られて、夜咲花は錬金部屋へとすっ飛んで行った。

 お風呂の自販機には、今のところ普通の牛乳とコーヒー牛乳とフルーツ牛乳の三種類しか入ってないからな。

 うーむ。しかし、クサリちゃんはいちご牛乳派か。

 チラリとクサリちゃんを見ると、瞳がゆらゆらと揺らいでいる。

 きっと、心もぐらんぐらんになっていることだろう。

 好きな食べ物とか、温泉とか。

 うん。ずるいよね。


「まあ、経緯が経緯だし。無理強いをするつもりはないわ。しばらく、ここに滞在してみて、それからゆっくり答えを出せばいいのじゃないかしら? 魔法少女になってメロンソーダと温泉といちご牛乳のある暮らしを送るか、このままただの女の子のままアジトの外へ彷徨い出て妖魔に怯えながら生きていくか。まあ、その場合、すぐにエサにされてしまう可能性の方が高いとは思うけれど」

「う……ぐ…………。か、考えさせて」

「ええ、もちろん。あ、そうそう。もしも、あなたが魔法少女になるのなら、その時は歓迎のパーティーを開くわね。あなたの好きな食べ物をたくさん用意して」

「……………………」


 月下さんは、ぐらんぐらんしているクサリちゃんに優しく微笑みかける。

 天使のような悪魔のような、どっちともとれるような。いやむしろ、そのどっちでもあるような、そんな微笑みだった。

 え、と。

 ま、まあ。しばらくとはいえ、クサリちゃんがアジトにいてくれるつもりになったみたいなので、それはよかったかな。

 結果は、なんとなく、もう見えているような気がしないでもないけれど。

 いや、でもまだ分からないし。

 せっかく、月下さんが作ってくれたチャンスなのだ。

 ここは、魔法少女になることの素晴らしさをアピールしまくって、なんとしてでもクサリちゃんにも仲間になってもらわねば!

 妖魔のエサにされてもいいから、このまま一人で出ていくとか言わせないようにしなければ!

 よーし、がんばるぞ!!


 しかし、それにしてもさ。

 月下さんって、見かけによらず、結構腹黒だよね?


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