イチゴのショートケーキが、激辛麻婆豆腐を頬張って、ものすごく幸せそうにとろけている。
あんなに、あんなに甘口な見た目をしているのに(中身はそうでもないけど)、見るからに辛そうな劇物を、平気な顔で……、幸せそうに!
し、信じらんない!
あたし、甘口でも十分辛いんですけど!
あと、もう一つ信じらんないのが!
あの辛そうな麻婆豆腐を食べながら、メロンソーダを飲んでいるベリーの味覚だ。
しょっぱいものと甘いものの組み合わせは、分かる。あれは、無限ループに陥る危険がある。
でも、それはどうなの?
激辛麻婆と甘シュワなメロンソーダの組み合わせは、どうなの?
激辛……いや、甘口麻婆ならいいという問題でもないな。そもそも、麻婆豆腐にメロンソーダは合わないと思う。
お互いが放つ匂いからして既にミスマッチ。
口に入れるまでもない。
罰ゲーム的な取り合わせだと思う。
なのに。
赤茶色の刺激物をハフハフした後、緑の甘シュワをストローで吸い上げて、どうして。どうして、あんなに幸せそうな顔が出来るのか。
魔法少女はミステリ-…………。
ショートケーキ系魔法少女限定でミステリー。
…………ん? あたし?
あたしは、普通にウーロン茶だよ?
麻婆豆腐にウーロン茶は鉄板だよね!
もう、甘口麻婆が辛すぎて、ウーロン茶が進む、進む!
はー。
あ、
「うーん、ごちそう様。満足のいく辛さで美味しかった。でも、こんなに辛いのに、なんでだろう? 辛い物を食べた時の、こう、体中の細胞が活性化して、わーって汗が噴き出してくる感じがしないのよね……。その辺に生えている、赤い実を食べた時みたいな、体中に不思議な力が広がっていくような感じはするんだけど。ん? そう言えば、最初にメロンソーダを飲んだ時も、そんなだったような?」
激辛麻婆を心行くまでおかわりして(おかげで、あたしと夜咲花は何度も錬金部屋とこっちの部屋を往復するハメになった。別にあたしはいなくてもいいと思うんだけど、一人じゃ寂しいからとか言われたら、そんなの断れないじゃん! くっ。卑怯な)、満足のため息をついたベリーは、大事なことに気づいたようだった。
はい、それ、正解!
「うん、まあねー。見た目や味は、地上……元居た世界の食べ物と同じだけど。同じなのは見た目と味だけって言うかねー……。まあ、ほら。作り方からしてアレなわけだし?」
「うん。こっちで採れた妖……んん、こっちに生えている植物なんかを一回魔素に分解して、新しく作り直して、いる……のか?」
説明はみんなに任せよう……と、見守っていたら、月見サンと夜咲花が説明役をしてくれた。……のはいいんだけど。えーと? 二人とも? それと、夜咲花は製作者のはずなのに、なんでそんなに曖昧、というか疑問形なの?
まあ、こっちで採れた妖魔って、言いかけて止めたのはグッジョブだけど。
あたしの歓迎会のコロッケの時には、材料に普通に妖魔の爪とか牙とか羽とか混ざってたもんね。で、それを本当に材料に使ってたもんね。いや、食べたけどさ。
でも、その気遣い。あたしの時にも見せてほしかった。
「まそ…………?」
そして、案の定。
ベリーは眉間にしわを寄せて首を傾げている。
って、そこからかー。
「魔素というのは、魔力の素といえばわかりやすいのでしょうか!? まあ、私たちにとってのガソリンのようなものです!」
「ガソリン……」
散々、おかわりした後で、今まで食べてたのがガソリンみたいなものとか言われてもねー。
気にしない人は気にしないんだろうけどさ。
ベリーは、そういうのすごい気にしそう。
うん。
微妙そうな顔で、空っぽの深皿をじっと見てる。見てるよ。
「まあ、私たちにとってのエネルギー源ということよ。私たちにはもう、ビタミンとかたんぱく質とか、そういう栄養素は必要ないの。私たちは、ここにいる限り、成長することはない。たぶん、ね」
「え? どういうこと? あ、そういえば、あいつも言っていたわね。魔法少女という名の使い魔って。使い魔がどういうものなのかは、なんとなくしか分からないけど。つまり、使い魔である私たちは、もう人間ではないってこと? だから、妖怪なんかが年を取らないみたいに、私たちも……。だから、それで、普通の栄養的なものは、もういらないってことなの?」
「まあ、そんなかんじかしら? 年を取らないのは、使い魔になったことが直接の原因ではないと思うけれど。たぶん、この闇底にとって、私たち地上の人間は、異分子にすぎないのよ。それがどうして、成長が止まったことにつながるのかは、私にも分からないけれど……」
「なるほど! そうだったんですね! 闇底には昼も夜もないとはいえ、それでもなんとなく何日も経ってそうな感じなのに、爪とか髪とか全然伸びたりしないのは、魔法少女になったからなんだと思ってました! てっきり!!」
丁寧な感じで穏やかに、こう詳しい感じの説明をしてくれるのは、やっぱり月下さんで。
その説明に、最終的にベリー以上に激しく驚いたのは心春だった。
あたしは、結構初めの頃にその説明を受けた気がするけど。そういや、心春には、そういう説明的な話をしてなかったかも。まあ、出会った時には、すでにあたし以上に一人前の魔法少女だったし。なんか、こう。当然、知ってるもんだと思ってさ。
テーブルに両手をついて、おおおおおと低い唸り声を上げながら、体を小刻みに震わせている。「キノコが震えている……」という、誰かの呟きが聞こえてきた。
うん? キノコの着ぐるみが、震えてる、ね?
「それに、私や月華、それにサトーは、使い魔でも魔法少女でもないもの。私たちまで成長が止まっているということは、使い魔であることが原因ではないはずよ」
まあ、キノコは置いといて。
なんだろ、こう。二人からの質問を切っ掛けに、その原因とやらに思いを馳せている……的な?
「よく分かんないけど。とりあえず、食べても大丈夫ってことだよ」
こうゆう話には興味がないのか、すっかり話の内容に関心を失って、夜咲花が用意していたデザートのケーキをみんなに配り始めた。
ベリーの希望で、イチゴのショートケーキ一択だ。
コンビニじゃなくて、ちゃんとケーキ屋さんで買ったやつっぽく見えるケーキをチラチラと見ながら、ベリーが月下さんを見つめかけて、月下さんが考える人状態になったことに気づいて、ぐるりとあたしたちの顔を見回す。
「問題ない。みんな、これを食べて育ってきた」
「いや、育ってはいないだろ」
「
「へいへい」
製作者である夜咲花が太鼓判を押す……のを、紅桃が混ぜっ返した。
ベリーは、フォークを片手に握ったまま、夜咲花とケーキの皿の間で視線を行ったり来たりさせている。
もう、今さらじゃないかなー?
美味しければ、それでいいじゃんねー?
いろいろ諦めて、受け入れた方が、楽しい闇底ライフを送れると思うな!
「まあ、何ていうのかなー? 魔素は、あたしたちが闇底で魔法を使うためのエネルギー源っていうかねー。何もしないで大人しく生きてく分には、そんなに補給はいらないんだけど。闇底内には魔素が溢れているし、こう、普段は皮膚呼吸的な感じで足りてる? みたいな? でも、妖魔と戦うためにバンバン魔法を使うにはねー、もっと積極的な摂取が必要かなっ!」
「まあ、なんだ。つまり、ゲーム的にいうならMPを回復する手段ってことだ。強い魔法は、その分MPの消費が激しいからな。回復手段は必要だろ?」
あ。月見サンが、今度は割合ちゃんとした説明を。追撃の紅桃は、ゲームやる人にはわかりやすいけど、ベリーにはどうだろ?
少し紅桃に見とれてから、振り払うようにベリーへ視線を流す。
相変わらずの心が震える可憐可愛さ。男の子だとは分かっているけれど、可愛いものは可愛い。視界に入ると、つい一瞬見とれてしまうことがよくある。この世に存在しないはずの可愛い生き物を幸運にも目撃してしまったかのような気持ちになるのだけど、男の子らしい言葉遣いや雑な仕草に、一瞬で我に返らされるのだ。
まあ、それはともかく。
ベリーの方はというと、こっちは甘ふわなアイドル的な可愛さというか……って、違う! 可愛さの話じゃない。
えーと、こほん。
ベ、ベリーの方は、紅桃の説明にあまりピンと来なかったのか、フォークを構えたまま、複雑そうな顔で皿の上のショートケーキを見下ろしている。
「……だったら、あの赤い実を食べてればいいんじゃないの? なんか、こう。改めて冷静に考えてみると、これって遺伝子組み換え食品みたいで、ちょっと怖くない?」
「遺伝子組み替えって……。そういうの、気にするタイプかよ……。俺たちもう、使い魔で魔法少女なんだからよ。もっとこう、魔法的なふわっとしたなにかだと思っとけよ。魔法少女が魔法で作ったMP回復アイテムってことにしとけよ。美味しく回復できるなら、一石二鳥だろ?」
「そうはいっても、気になるものは、気になるのよ!」
ベリーはなんていうか、ちょっとめんどくさい子だよね?
遺伝子組み換え的な何かが気になるけど、でもショートケーキも気になる。そんな葛藤を身から滲ませながら、お皿の上の錬金魔法によって魔素組み換え的に作られたショートケーキを凝視している。
ベリーは、イチゴのショートケーキをイメージしたような魔法少女コスチュームなので、ショートケーキがョートケーキを見つめているみたい。
共食い?
してもいいと思うよ?
もう、心を決めちゃいなよ。
てゆーか、あたしがケーキ食べたい。
でも、今回はベリーが主役だし、先に食べるわけにもいかないし。
誰か! 誰か、早くベリーを改心させちゃって!
自分での説得は諦めて、あたしは他力本願にみんなの顔をソワソワ、チラ見する。
だって、何をどうしても「みんなで食べれば、大丈夫! だから、ケーキ食べよう!」くらいしか、言うべきセリフが思い浮かばない。思い浮かばないけど、これでベリーがその気になってくれないことだけは分かる。そして、打開案はない。
だから、誰かお願いします。
みんなで、ケーキを食べるために。
「ねえ、ベリー。確かに、MPを回復するだけなら、その辺に生えている闇底的に自然な赤い実でもいいよ? でもさ。あたしたちは、魔法少女。つまり、女の子なんだよ。だからさ、体に栄養は必要なくても、心の栄養は必要じゃない? 女子として!」
「う、確かに。女子にとってスイーツは必須。死活問題だけど」
あたしのソワチラに答えてくれた……というよりは、自分も早くケーキが食べたいのだろう。いつもよりは若干真面目な口調と表情で、女子の正義を述べる月見サン。ベリーを見つめる瞳が、キラリと光っている。
ベリーはそれに、いい感じに反応した。女子として、いい感じに。
「ベリー、いい? 遺伝子ならぬ魔素組み換えスイーツはカロリーゼロなんだよ。だから、いくら食べても太らない」
「つまり?」
「魔法少女にダイエットは不要! ここでは、無制限にスイーツ食べ放題! ダイエット不要で食べ放題!」
「て、天国か!? 魔法少女、最高じゃない!?」
「そう! つまりは、そういうことよ!」
二人だけで勝手にヒートアップしていく。
葛藤中だった、アーモンド形でぱっちりとしたベリーの瞳の奥に、希望の光が灯るのが確かに見えた。
「そういうことなら! 夜咲花! チョコレートケーキとチーズケーキも追加で頼むわ!」
「お? おお、ラジャ! すぐに作ってくるから、待ってて! 星空、来い!」
「へ、あたしも?」
「そうだよ! 今度は、おぼ……ん、んん、トレー使っていいから!」
「わ、分かったよー」
ああー。ようやく、ベリーが心を決めてケーキにありつけると思ったのに。またまた、おお預けかぁー。ま、まあ。種類が増えるのは嬉しいけどさ。
あと、トレーってわざわざ言い直さなくてもいいよ?
「取りすぎた魔素はねー、なんか放っておいても毛穴から放出されちゃってる感あるんだけどさ」
「取り過ぎて持て余した魔素を何とかするなら、ガツンと魔法を使うのが一番ですよ! ケーキ食べ放題パーティーの後は、魔法の練習もかねて、一緒に妖魔殲滅狩りに行きませんか!?
「考えとく」
夜咲花に手を引かれて錬金部屋に連行されながら、みんなのいるテーブルの方へ視線を送ると、何やら興奮したキノコが立ち上がって拳を振り回しているのが見えた。
なんか、勝手に巻き込まれてるな?
別に、いいけどさ。ベリーの魔法練習、気になるし。
それと、ベリーはまだ心春に慣れていないんだから、少しは加減して?
まあ、ベローは甘ふわな見た目の割にクールな対応しているし、大丈夫そうではあるけれど。
「ご安心ください! お二人の邪魔はさせません! お二人の邪魔をする妖魔がいたら、私が責任をもって殲滅しますから! もう本当、安心してお二人の世界を創って下さって問題ありませんから! そして、この私はお二人の観察者に徹しますから!」
「魔法の練習はしたいけど。……誰か、もう一人くらいついて来てくれる?」
「あ、じゃあじゃあー。月見サンがお邪魔しちゃおっかなー」
「はっ! なるほど! 星空さんとお二人きりでは、まだ恥ずかしいということですね! 私としたことが、配慮が足りませんでした! ふふ、そうですよね! 私たちには無限に時間があるんですから! 焦らずにじっくりと距離を縮めていきましょうね! それに、考えてみれば、その過程だって、お二人の大事な時間ですものね! 心春、勉強になりました!」
「何の勉強か知らないけど。立ち上がったままいつまでもプルプル震えてないで、いいから座って大人しくしてなさい」
「はい! まだまだ、私は勉強不足ということですね? おっしゃる通り座ってじっくりと考察に努めます!」
ベリーのクール対応をものともしない安定の心春ぶりだけど、ベリーも負けてないな。
なんか意外とキノコあしらいがうまいよね?
これは、放っておいてもよさそうだな。
あたしはすっかり大人しく自分の世界に入り込んだキノコからそっと視線を外し、黙って錬金部屋の戸を閉めた。
出来れば、ベリーにはこのままキノコ制御担当をしてほしいな――――なんて。
切実なる、星空の心の願いでした。