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第133話 月の決意

 割とプチパニック状態だった。


 だって、夜咲花よるさくはなとは違った方向に引きこもりだった月下さんの突然の旅立ち宣言だよ?

 しかも、「旅に出てもいいかしら?」のお伺いじゃないやつ!

 しかも、しかもさ!

 口調とか眼差しとかから、「もうこれ、決定事項だから。誰に何を言われても、絶対結構するから」っていうのが、もう、ビッシバッシに伝わってくるんだよ!


 一体、何がどうなってその結論に達しちゃったのかが、さっぱり分からん!

 なんか、もう、突然すぎて、ショックだし!


 それに、それに、今までは!

 あたしたちがお出かけして帰って来ると、いつも月下さんが優しく微笑みながら「お帰り」ってしてくれたのに、それがなくなっちゃうのがさみしくてショックだし!


 あとあとあと!

 なんか、こうさ。やりたいことがあって、旅に出るぞー、わくわくー!――――って感じじゃなくってさ。私がやならきゃって、ちょい悲壮感が入ってる感じなのと、それを一人でやろうとしているっぽいのが、滅茶苦茶ショック!!


 ――――――――と、思いきや。


「月華 《つきはな》。あなたが、地上から落とされたり迷い込んだりしてきた女の子たちと出会った場所を巡って、調べたいことがあるの。案内してくれる? あなたは覚えていなくても、雪白は大体場所を覚えているでしょ?」

「別に、構わない。場所は分かっている。少女たちは、同じ場所に現れることが多いからな。巡回のルートに入っている。勝手についてくればいい」

「…………やっぱり、そうなのね。じゃあ、そうさせてもらうわ」


 ま、まさかの月華との二人旅!?

 いや、雪白ゆきしろもいるけど!

 雪白は妖魔だし、旅の間はほぼ、月華と合体しているし!

 あー、でも、何だろう?

 この組み合わせ。対妖魔的には全く問題ないと思うんだけど、むしろ向かうところ敵なしなんじゃないかと思うんだけど。それとは違う方向で、なんか不安があるというか。

 ――――――――と、思ったのは、あたしだけではないようでした。


「よーし、分かった! じゃ、月下ちゃんがいない間は、あたしがアジトに残るね! 華月かげつの時にアジトの場所を宣伝したからさ、すでに魔法少女になっちゃった子たちが、来てくれるかもしれないしねー。そっちは、あたしがうまく対応しておくよ! だからさ、代わりに月下ちゃんは、星空ちゃんも一緒に連れて行ってよ! ね?」

「へ? あたし?」

「え? アジトを預かってくれるのはいいけれど、どうして、そこで星空が出てくるのかしら?」

「ふうん? じゃあ、私も一緒に行くわ」

「へ?」

「え?」

「お! いいね! じゃ、そういうことで!」


 あたしだけじゃなかったのはいいんだけどさ。

 え? え? 月見サン?

 なんで、あたし? 何の打ち合わせも、目配せすらなかったですよね?

 おまけに、ベリーまでのっかって来てるし!

 え? 何それ? どゆこと?


「いや、意味が分からないわ。どういうことなのかしら?」


 月下さんが、人差し指でこめかみをグリグリしながら深いため息をついた。あたしとベリーの参入には、とりあえず反対らしいことだけは分かる。

 月華の方は、どっちでもいいから早く決めてくれって顔で、突っ立っていた。話に入ってくる気はないようだ。


「んー、だってねぇ? そのメンバーだとさあ、調査に行き詰ったら、月下ちゃんが一人でグルグル煮詰まっちゃうことになると思うんだよねぇ。そういう時に、うまく気分転換をさせてくれる能天気な要員が一人は必要だと思うわけよ! 気分転換は大事だよー? やみくもにグルグルしてるよりもー、一回リセットしたほうが、いい考えが浮かぶと思うよー? それにー、現場でさー、実際に神隠し? にあった星空ちゃん本人の話を聞いてみることで得られる情報もあるかもだし? あと、素人だからこそ気が付くこと、なんかもあるかもしれないしー?」

「それは、一理あるわね……」


 月見サンの説得に押されて、月下さんがぐぅと唸りながら、星空・ベリー参入について考え直し始める。

 のは、いいんですが。

 えーと、月見サン?

 後半はともかくとして。

 前半の、能天気要員って、何?

 それ、任命されても、あんまり嬉しくないんですけど?

 あと、あたしが闇底に迷い込んだ始まりの場所は、月華との出会いの場所でもあるけれど、お魚妖魔に襲われた嫌な思い出の場所でもあるので、あんまり行きたくないんですけど。

 テンション、下がるんですけど。

 それに、ベリーが行きたいって言ってるし。だったらベリーに行ってもらえばいいんじゃないの? いじいじ。


「で、ベリちゃんは、どうして一緒に行こうって思ったのかな?」

「私は…………。能天気要員にはなれないと思うんだけど…………。その内、旅に出てみたいとは思っていたのよ。闇底を旅するって言うと、あいつに鎖で繋がれて引きずりまわされていた記憶しかないから、それを上書きしたいっていうか。でも、一人だと、嫌なことばっかり思い出しちゃいそうだし」

「ベリー…………」

「だから、月見がまた旅に出るなら、その時に一緒に連れて行ってもらおうかとも思っていたんだけど。でも、月華と一緒に旅ができるなら、その方がいいかと思って。だって、あいつは、月華の真似をしていたわけでしょ? だったら、あいつの記憶を上書きするのには、あいつとご本家様との違いを知るのが一番なんじゃないかと思って。だから、迷惑かもしれないけれど、私も連れて行ってほしい。別に、ずっととは言わないから。それから、私のメンタルケアのために、能天気要員として、星空にも一緒に来てほしい。お願い、星空」

「も、もちろんだよ~!」


 ベリーに頭を下げられて、あたしは半泣きでベリーに泣きついた。

 もー! そういうことなら、任せてよー!

 あたし、ちゃんと立派に、能天気要員としての役目を果たしてみせるよ!


「はあ。そういうことなら、仕方ないわね。いいわ。二人とも、ついていらっしゃい。でも、ちゃんと自分の身は自分で守るのよ?」

「はい!」

「もちろん」


 最終的に、ベリーの決意が月下さんの背中を押したようだった。

 絆されたっていうの?

 でもって、そのおかげなのか、さっきまで張り詰めた感じだった月下さんが、ちょっといつもの柔らかさを取り戻した気がする。

 そのことに、ほっとする。

 さっきまでの月下さんは、あたしたちみんなを置き去りにして、自分だけで突っ走って行っちゃいそうな雰囲気だったけれど。今の月下さんは、いつも通りの、少しお母さんみのある、あたしたちみんなの、頼れる優しいお姉さんだ。

 きっと、月見サンがあたしについて行ってほしいって言ったのは、こういうのを期待して、なのかな。

 月下さんが、一人で突っ走ってしまわないように。月下さんは一人じゃないんだって、あたしたちがいるんだよって、思い出させるために。そのためなのかなって。

 あたし一人じゃ、ちょっと、荷が重い気がするけれど。

 ベリーも一緒なら、きっと何とかなるよね。


 うん!

 月下さんが、どうして急に旅をするとか言い出したのかはよく分からないけど。

 きっと、たぶん。

 闇底に彷徨い込む羽目になった子たちのためなんじゃないかなー、とは思うんだ。

 だって、あたしたちが彷徨い込んだ場所を、調べて回るようなことを言っていたし。

 そいうことなら、あたしだって。

 闇底の魔法少女として協力しないとだしね!

 よーし!

 何を頑張ればいいのか分からないけど、あたしも頑張るぞー!

 なーんて、やる気に燃えるあたしでしたが。

 両手を頭の後ろに組んだポーズの紅桃べにももの一言に水を差された。

 それはもう、ばしゃーんと盛大に。


「問題は夜咲花よるさくはなだよなー」

「…………そうね。まあ、何も言わずに旅に出るってわけにもいかないでしょうし。ちゃんと私から話はするわ。…………納得してもらえなくても、決行するけれど」


 あー!

 そうだ! そうだよ!

 夜咲花!!

 月下さんがアジトの守りを固めているから、安心して引きこもっていられたんだと思うんだよね。なのに、その月下さんがいなくなっちゃうって知ったら、きっとショックだよね? しかも、なんか月下さん。納得してもらえなくても決行するとか言っているんですけど。

 おまけに、そっちの問題が解決してもですよ? よく考えたら、あたしってば成り行きとはいえ、月華と一緒に旅をすることになっちゃってますよ?

 こんなことを、月華大好きっ子の夜咲花が知ったら、どうなるのか!

 抜け駆けしたとか、怒り狂いそう!

 いやいや、違うんだよ! 夜咲花!

 これは、決して抜け駆けとかじゃなくて、あたしはベリーの、ベリーのためにだね!?


「まあ、月下ちゃんが旅に出る理由とかをちゃんと説明すれば、最終的には分かってくれるんじゃないかな? あと、ベリーがさっきした話を聞けばさ、星空ちゃんのことも『星空! ベリーのこと、任せたからね!』とか言って、快く送り出してくれるよ、大丈夫! でさ、とどめに、月華から『帰ってきたら、また美味しい料理を食べさせてくれ』とか言ってもらえれば、全然問題なしじゃない?」


 動揺のあまりに、怪しい踊りを踊っていたら、月見サンがすっごいくいい笑顔で、バチコンとウインクを決めてくれた。

 はっ、そうか。

 ベリーのためってことなら、夜咲花もきっと、許してくれるよね?

 妖魔に食べられかけたのがトラウマで、妖魔が怖くて引きこもりになっちゃった夜咲花だからこそ、華月にひどい目にあわされていたべりーのことを特に気にかけているみたいだったし。

 きっと、きっと…………。

 うん、きっとね、ベリーは大丈夫だと思うの。月華に「ベリーのことよろしくね」とかお願いしたりしそう。でも、あたしは、どうかなぁ?

 なんで、星空まで一緒に行くの? とか言われないかなぁ?

 対夜咲花については、あたしだけが被害を受けそうな気がするんだけど…………。

 なんか、気が重くなってきた。


「ところでさー、この固まってるキノコはどうする?」


 どんよりしていたら、紅桃に肩を叩かれた。

 あー、キノコ。心春ここはるね。

 月下さんが、月華と二人で(正確には二人と一匹、いや一羽?…………なんだけど)旅をしたいとか言った辺りから、脳内がどこかにトリップしたみたいで活動停止中だったんだよね。

 てゆーか、いまだに活動停止中なんだけど。

 もう、これさ。

 花壇の隣に埋めておけばよくない?


 とも、思ったのですが。

 なんか、増えちゃったりしても怖いので、あたしとベリーで持ち帰ることにいたしました。


 百合胞子をまき散らすキノコなんて、一本で十分だってーの!


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