〔※美嗣の回想〕
次に目を覚ましたとき、私は見知らぬ場所にいた。
手足を縛られ、口を塞がれたまま、椅子に固定されている。
ここは……? 一体どこ……?
混乱する意識の中で、記憶が蘇る。私は、両親に捕まったのだ。
拉致された――そう理解した瞬間、絶望が押し寄せる。
どうしよう……! どうすればいい……!
両親は私をどうするつもりなのか?
殺されるのだろうか?
恐怖が全身を駆け巡る。
そのとき、扉が開いた。
現れたのは、父と母。
「目が覚めたか」
父が冷たい声で言う。
「お前は私たちの邪魔をする存在だ。消えてもらう」
母が憎しみに満ちた目で私を見下ろす。
必死に抵抗するが、父の力はあまりにも強い。
目の前にいるのは、血走った目でナイフを構える父。
(逃げられない……!)
咄嗟に、私は父の足元に足を引っ掛けた。
バランスを崩し、父はよろめく。その隙をついて、私は彼の手からナイフを奪い取った。
「ねえ、お父さん、教えて?
何で、紬お姉ちゃんや親戚のおじさん、おばさんを殺したの?」
美嗣の透き通る瞳が、父親の顔をじっと見つめる。
震える唇、泣きそうな表情。
父親は娘の問いに、一瞬言葉を詰まらせた。
重苦しい空気が部屋を満たし、時計の針の音がやけに大きく響く。
薄暗い部屋で、父親の顔は影に覆われ、その表情は読み取れない。
「あれは……事故だった」
絞り出すような声は、喉に何かが引っ掛かっているかのようにかすれていた。
「最初は殺すつもりなんてなかった。
俺が妻と親戚の家に紬を迎えに行ったとき、聞かれたんだ。
最近生まれた娘さん、どうしたんですかって」
遠くを見つめる父親の目に、記憶が蘇る。
あの時の情景が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
「俺は、娘がバラしたんじゃないかって紬を問い詰めた。
すると、親戚の旦那さんが紬を庇って間に入った……」
声が震える。
怒り、悲しみ、後悔。様々な感情が混ざり合っている。
「親戚の旦那さんは持病で心臓が悪くてな……急に苦しみだしたんだ。
親戚の奥さんが介抱に入り、家内も助けようとしたが、間に合わず生き絶えた……」
父親は、深く息を吐く。
まるで、重い荷を背負っているかのようだった。
「だから、俺は親戚の奥さんも……この手で殺めた。
そして、現場を目撃した紬も、生かしておくわけにはいかなかった……」
氷のように冷たい言葉が、美嗣の心に突き刺さる。
信じられない。
信じたくない。
紬お姉ちゃんが、あんなに優しかった紬お姉ちゃんが……こんなこと、あるはずがない。
「嘘だ」
美嗣は必死に首を横に振った。
「紬お姉ちゃんが死んだなんて、そんなこと……だって、だって……」
美嗣の目から、大粒の涙がこぼれ落ちる。
頬を伝い、床に落ちる雫が、悲しみを物語っていた。
父親は娘の涙を静かに見つめていた。
その表情には、悲しみと絶望が満ちていた。
まるで、抜け殻のようだ。
「ごめん、美嗣」
絞り出すような父の声。
「でも……本当なんだ」
美嗣は泣き続けた。
どうして?
どうして?
どうして?
頭の中は、疑問符で埋め尽くされていた。
美嗣は父親の胸に、ナイフを振りかざす。
しかし――
「あっ……!!」
「美嗣……元気でな……」
「え!?
ちょっと……何で避けなかったの!?
ねえ、お父さん……!?」
違う……こんなこと……!
ナイフを奪い返したものの、私は父を傷つけるつもりはなかった。
しかし、ナイフを巡る押し問答の末――
誤って、父の腕を刺してしまった。
嘘……!
※美嗣の回想が続きます。