目次
ブックマーク
応援する
いいね!
コメント
シェア
通報

第92話 俺にコロッケを作らせろ!

「この子は、フィリア・ディアリエル。私の娘だ」


 冒険者パーティ【黄金の流星団】の団長であり、エルフのサシャーナが紹介してくる。


 え? 娘……いや、どう見ても人族の子じゃん。

 けど艶やかな長い金髪に神秘的な碧瞳、まだあどけなさこそ残しているも女神やエルフに引けと取らない美貌は確かに人族離れをしているかもしれない。


 小柄で華奢な身体に急所部分のみに覆われた軽装な鎧を着用し、腰元には日本刀に近い形状の湾刃剣サーベルを携えている。

 ダリオの説明によると、彼女の年齢は16歳で【刃の乙女ブレイド・メイデン】と呼ばれる凄腕の剣士セイバーであり幹部でもあるとか。


 こんな物静かそうで綺麗な子が……人は見かけによらないわ。


「日野 明日夢だ。よろしく頼む」


 アスムは腕を差し出し、何故かフィリアにだけ自己紹介して握手を求めてきた。

 しかし彼女は応じることなく、じっとアスムの顔を見上げている。


「よろしく」


 そう小声で呟くのみだ。


「この子は人見知りが激しくてね。失礼があったらすまない、勇者アスム」


「いや、見知らぬ男の前だ。警戒されて当然だろう……それじゃ案内の方を頼む」


 特に嫌か顔を見せず、アスムはさらりと流した。

 元々ポーカーフェイスなところがあるから、彼が何を考えているかわからない。


「ねぇダリオくん。団長とフィリアって子、本当の親子なの? ハーフエルフにも見えないんだけど……」


 移動中、私はつい気になって訊いていた。


「いや、サシャーナ団長は独身だぜ。詳しくは知らねぇけど、フィリアは戦災孤児らしく彼女が赤子の時に、団長が拾って育てたって話だ」


「その団長殿もハイエルフですね。エルフの中でも王位、あるいは貴族の位置に該当する高潔のお立場ですぞ。どうしてそのような高貴なエルフが冒険者などに……」


 同族のエルミアが疑問を投げ掛けている。


「オイラだって知らねーよ。団長は超美人だけど年齢不詳なんだ……けど下手な勇者なんかより半端なく強ぇーし、弓の名手でもあるぜ。周囲から【流星群シューテングスター】と通り名で呼ばれているのも、サシャーナ団長から由来しているんだ」


 そんな会話をしている中、先頭を歩くフィリアがピタっと足を止める。

 綺麗な碧い瞳で、じっと私達を凝視してきた。


 やばっ、本人達の前で変な話しちゃったかな?

 超気まずくなり、私達も思わず足を止めてしまう。


 フィリアは向かって来て、とある人物の前で不意に屈み始める。

 それは、むしゃむしゃとマンドレイクのコロッケを頬張るラティの前だ。


「……それ、コロッケ? 美味しそう」


「うむ! アスムが妾のために作ってくれた『モンスター飯』じゃ。言っとくが誰にもやらんぞ!」


 無害だけど食い意地だけは半端ない幼女ラティ。


「良かったら後で俺が作ってやろう。まずは厨房に行ってからな」


「うん」


 アスムの提案に、フィリアは無表情だけど素直に頷いている。

 ダリオ曰く、彼女は口下手で感情を表に出すのが苦手なのだとか。

 さらに大のコロッケ好きらしい。



「――駄目だ。たとえ勇者だろうと厨房は貸さん!」


 念願の厨房を見せてもらった早々、アスムは料理長に拒まれる。

 スキンヘッドの頭にスカーフを巻いた筋骨隆々で中年の厳つい大男だ。


 名はバーンズといい、元傭兵の戦士だったとか。

 黒のタンクトップにエプロン姿で露出した肌と顔には勲章と言わんばかりの傷痕が数多に見られ、左目には黒い眼帯がされている。

 よく見るとエプロン越しに見える右足は義足のようだ。


 ダリオの話だと、魔物討伐の際に負傷し一線を退き、サシャーナ団長の勧めで料理長に任命されたとか。


「下手なマズイ店に金を払うより、バーンズが作った料理に金を払った方がマシ」


 という少し微妙な評価だが、そこそこ料理の腕はあるらしい。


料理長シェフよ。そう言わないで頼む。ここの厨房はこじんまりしているが、とても清潔で拘りを感じる。同じ料理人として感銘を受けているぞ」


「そりゃどうも。しかし褒めても無駄だ。団長から料理番を任されている以上、この厨房は俺にとっての聖地だ。何人たりとも安易に貸し出すことはでみない……てか、あんたは勇者だろ? 料理人じゃないだろーが」


 ちなみに料理番には他のスタッフはおらず、このバーンズが一人で担っている。


「俺は勇者であると同時に料理人を目指している。頼む、フィリアにコロッケを作ってやると約束したんだ!」


 アスムが熱弁を語る後ろで、フィリアが「うんうんうん!」と無言で仕切りに頷いている。

 すっかり飼い慣らされた子犬みたいだ。

 つーか、どんだけコロッケ食べたいのよ。


「あんた、勇者アスムと言ったな? コロッケなら俺が作ってやる。それでいいだろ?」


「それでは駄目だ。彼女には俺が作ったコロッケを食べさせてやりたい。だから頼む、頼む頼む、頼む、頼む、寿限無、寿限無、寿限無――」


「おい! 頼むを連呼するな! それに途中から『じゅげむ』とかになってるぞ! なんなんだそれは!? 呪術の詠唱か!?」


「違う、『寿命が限り無い』という意味だ」


「頼むと関係ねぇじゃねーか!」


「すまん……『頼む』を言い過ぎると、つい日本人としてつい口走ってしまうんだ」


 同じく元日本人として言わせてもらうけど、そんなこと絶対にないからね! 異世界だからって話を盛るなよ!


「知らねーわ! しかし、あんた随分とイカレた勇者だな!? それに料理人を自称するなら、俺の気持ちを理解しろ! 逆にあんたが俺の立場なら見ず知らずの不衛生そうな奴に大切な厨房を貸したりするのか!?」


「そんなの絶対に貸さん! まずは風呂に入れと言ってやるぅぅぅ!」


 まるで自分が言われたかのように目を血走らせブチギレ出した、勇者アスム。

 その狂人ぶりに周囲の誰もが心の中で「あっ駄目だ、こいつ」と思い始めた。


「……ならその言葉、そのままあんたに返してやるよ」


 バーンズの冷静な言葉で、アスムは「ハッ」と我に返る。


「なるほど……もっともな意見だ。サシャーナ団長、風呂を借りるぞ」


「わかった部屋まで案内しよう」


「オイラが案内するっす! 団長のお手間を取らせるわけにはいかないっすぅ、へへへぇ」


 愛想笑いを浮かべるダリオがアスムの腕を引っ張り、部屋まで案内することになった。


 どうでもいいけど私達には上から目線な癖に、上司には媚びへつらってウザいわ、このとっつぁん坊やの小人妖精リトルフ


 面倒くさいけど、それまで私達は厨房の前で待たされることになった。


「コロッケ、食べたい」


 待っている間、フィリアが何度かぼそっと呟いている。

 いっそ「バーンズが普通に作った方が早くね?」と提案しようかと思ったけど、アスムがショックを受けたら可哀想だから黙っておくことにした。


 にしても、このフィリア。

とても綺麗な子ね……スゴ腕剣士には見えないけど。


 でも何だろ? こうして見つめていると、何処か引き込まれそうな不思議な感じだわ……。

 肉体……いえ魂かしら?



 そうこう考えること、約20分後。


 アスムとダリオは戻ってきた。

 何故か背後には幹部オネェのジロウ・スネークがいる。

 あれ? ジロウの頬、なんか腫れてね?


「ジロウ、その顔はどうした?」


 サシャーナの問いに、ジロウは頬を押えて腰を振りながら見悶える。


「いえ団長ぉ、アスムくんに愛の一撃を食らったのよん」


「やかましい、何が愛だ! この男、俺がシャワーを浴びている時にしれっと全裸で浴室に入って来やがったから無礼打ちを食らわせただけだ! この神出鬼没な奴め!」


 アスムはキレ気味で異議を唱えている。


「けどぉ、アスムくんってば凄いのよん! まったく拳の軌道が読めないのぅ! もうネェさん、興奮しちゃうわん!」


 殴られたのに喜悦するジロウ。

 オネェだけどドMの変態でもあったのね……なんとなくわかっていたけど。


「ジロウは相変わらず気に入った男性に見境がない……困ったものだ」


サシャーナは溜息を吐きながら、アスムに向けて頭を下げる。


「勇者アスム、また部下の非礼をお詫びする」


「謝罪は不要だ。それよりバーンズ、注文どおりに身体を清潔にしたぞ! 早く厨房を貸してもらおう!」


 アスムはさらりと流し、バーンズに詰め寄り催促する。

 ここまでして拒否したら、この狂人は何をするかわからないわ。


 そう察したのか、あれほど頑固だったバーンズは首を縦に振った。


「……しゃーない。その代わり俺も見届けさせてもらうからな」


 こうして、アスムは厨房を借りて調理することができるようになる。


 しかしアスムも随分と躍起になっている気がするわ。

 そうまでしてフィリアにコロッケを食べさせたいのかしら?


 まぁ『モンスター飯』になるとトチ狂う勇者だからわからないけどね……。


この作品に、最初のコメントを書いてみませんか?