エリオット様にそんな過去があったなんて思いもしなかった。
男性の間では男が裁縫なんてと馬鹿にされることが多いと聞く。
例え男性で刺繍ができる人がいたとしても、きっと隠す人が殆どかもしれない。
だけどエリオット様はそんなこと少しも感じさせなかった。
それよりも妹である王女様を心から大切に想っているようだった。
王女様は市政のものに興味があると言っていたけれど…。
本当は……。
「悪かったね。つまらない話をしてしまって。さぁ、行こう」
「全然…つまらなくないです…」
私はエリオット様の手を掴み、真剣な顔をして言った。
「今から王女様にプレゼントするものを買いに行きましょう!」
「何を言ってるんだい?お土産ならさっき選んでくれたじゃないか?」
「いいえ。王女様が心から欲しているものをです」
「シルが喜ぶもの…?」
困惑するエリオット様に私は笑顔で彼に告げた。
「私に着いて来て下さい。きっと王女様は喜ばれると思いますから」
****
たどり着いた先は街の中にある裁縫店だった。
店の中には様々な布、美しく何種類も染められた糸、ボタンなどが置いてあった。
この店は主に刺繍や服の材料を主に扱っており店内に訪れる客も貴族より庶民が多かった。
「どうして…こんな場所に…」
ヨルは疑問を口にする。
エリオット様は店内を見渡したあと、私に静かに言った。
「まさか、きみは僕に妹の為にもう一度縫いぐるみを作らせる為に連れて来たのか?」
問い掛ける彼に私は柔らかい表情をした。
「その通りです」
「さっき話したのは単なる昔話だ。また僕が彼女の為に作ったとして彼女が喜ぶはずが無い。そもそも彼女は小さい子供ではなく、もうレディなんだぞ」
「だとしてもです」
「…………」
エリオット様は私の言葉の意味が理解出来ないとばかりに片眉を僅かにピクリと潜めた。
「王女様はなぜ今でもエリオット様から頂いた縫いぐるみを大切にされているのだと思われますか?それはエリオット様の心がこもったものだからです。自分の為だけにエリオット様が作ってプレゼントしてくれた。王女様にとって何よりも大切で宝物だったのだと思います」
私はエリオット様の顔を見て静かに告げた。
「エリオット様は王女様を何よりも大切に想っておられます。ならきっともう一度王女様の為に手作りのプレゼントをしたら喜ばれるかもしれない。そう思ったのです」
「僕がシルの為に…」
きっと王女様はどんなプレゼントよりもエリオット様が作ったものなら喜ばれる。
だって彼女は幼い頃に彼が贈ったプレゼントをいつまでも大切にしている。
それが何よりの証拠だ。
「ええ。だからどうでしょうか?もう一度王女様の為に作られてみるのは」
「本当にきみは変わってるよね。いくら僕が王太子でも普通ここまでお節介焼かないと思うけど…」
エリオット様は気恥しそうに私から視線を逸らして言った。
「きみが教えてくれるなら作っても良いけど…」
「えっ…?」
「さっきも話しただろう。昔僕が作った縫いぐるみは歪で不格好だったって。昔から細かい作業はあまり得意ではないんだ。だから教えて欲しい」
「わかりました。私で良ければ」
「ありがとう。恩に着るよ」
それから私はエリオット様と一緒に縫いぐるみを作る材料を選んでいったのだった。
****
アリスとエリオットが縫いぐるみの材料を選んでいく姿をクライドとヨルの二人はただただ眺めていた。
「あの…一つ聞いて良いですか?」
「何だ?」
「俺たち何のために着いてきたんでしょうか?」
「…………」
ヨルの言葉にクライドは答えることは出来なかった。
何故ならば自分だって彼と同じことを考えていたのだから。
エリオットが妹の土産選びの為にアリスを同行させようと知った時、何か企みがあるのでは無いかと思っていた。
エリオットは彼女に対して今まで様々なことをしてきた。
それもいつもクライドがいないタイミングで。
例え隣国の王太子とはいえ、彼の好き勝手させるわけにはいかない。
だからクライドは今回アリスと共に彼に同行した。