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30. 希望

30. 希望




 王都の街道。石畳を踏みしめる靴音が、静かな午後の空気に響いていた。ここに魔導科学研究所の所長とその助手は、研究所に戻るために、ゆっくりと歩を進めていた。話す話題は、もちろん先ほどの王立学園での出来事。


「あの、所長?」


 助手のキールは、王都の街道を歩きながら、隣にいる所長のルージュに問いかけた。その声にはわずかな躊躇いが感じられた。


「なに?」


 ルージュは、足を止めずに短く答えた。その表情は、いつものように冷静で、感情を読み取ることはできなかった。


「……やっぱり所長は、あの生徒が『ゲート』を壊したと思っているんですか?」


「ええ。間違いないと思うわ。彼女は私にこう言った。『魔法で穴を作って逃げてきました』と。」


「確かにそう言ってましたね」


「あそこの岩盤の厚さは相当なものよ、しかも入り口付近に亀裂はなかった。強力な魔力で一瞬にして空けられたとしか考えられない。それがたかが王立学園に通ういち生徒がやってのけるなんて不可能よ」


 ルージュは冷静に分析した。彼女の言葉には、長年の研究で培われた知識と経験が滲み出ていた。


「じゃあどうして……」


「そして彼女はステータスカードを頑なに出そうとしなかった。その理由を考えてみて?」


「……そりゃステータスカードを見せたくないからですよね?」


「そのステータスカードに何か秘密があるんじゃないかしら?他の人に見せられないほど特殊な能力があるとか?」


「でもステータスカードの能力に特別なものがあるなんて聞いたことありませんけど?」


「それはそうよ。だってその能力は私の鑑定のスキルにも表示されないんだもの」


「えっ!?こっそり鑑定スキル使ってたんですか!?怖っ……」


「あたり前でしょう。一応、魔導科学研究所の所長なのよ私?あんな小娘の挑発を受ける前に握手をした時に調べておいたわ。こうやってステータスカードを見せないこともあるからね。確か……」


 ルージュは、当然だというように答えた。そして、カバンから一枚の紙を取り出し、鑑定したイデアのステータスカードの情報を書き記した。


【名前】イデア=ライオット

【年齢】15

【種族】人間

【性別】女性

【属性】水

【クラス】魔法騎士

【レベル】33

【スキル】『剣術LV.4』『水属性魔法LV.5』『魔法剣LV.3』『気配察知』


「こんな感じね。学生の中でもレベルもそこそこあって優秀だし、特段問題があるようには思えない。問題はこのステータスカードをなぜ見せないのか……それはステータスカード自体に何か秘密が隠されている可能性が高いわ。それこそ私たちが知らない何かが」


 ルージュは、確信に満ちた表情でそう呟いた。その言葉には、研究者としての強い探求心が表れていた。


「そして……彼女はこの世界の『希望』なのかもしれない。だから絶対に手放すわけにはいかないの」


「所長……」


「とりあえず今日はもう帰るわ。明日から忙しくなりそうだし」


「わかりました。ではボクは研究所に戻って報告してきます。また何かあれば連絡しますね?」


「ええ。お願いね」


 ルキールと別れそして一人、馬車に乗り込むと、王都の街並みを眺めながら小さく微笑んだ。


「イデア=ライオット。彼女が本当に私の思うようにこの世界の『希望』だとしたら……世界を救える力を持つ、まるで勇者のような存在ね。これからが本当に楽しみだわ……」


 そう呟くその瞳には、強い好奇心と期待が宿っていた。彼女は、イデアに敵意があるわけではない。むしろその『逆』で、ただただイデアに『希望』を見ているのだ。対魔族、対魔物からこの世界を救うための機関、それが魔導科学研究所であり使命なのだから。


 こうしてイデアは魔導科学研究所に目をつけられ、そしてこれがのちにイデアの運命を大きく変えていくことになるのだった。

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