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32. 輪廻 ~女神リディアside~

32. 輪廻 ~女神リディアside~




 そこは、時間という概念が失われた、静寂の世界。永遠にも似た空間で一人の女神が佇んでいた。彼女の視線は、目の前に浮かぶ水晶玉に注がれている。その中には、一人の少女の姿が映し出されていた。少女は、かつて勇者と呼ばれた魂の転生体。女神は、その少女の人生を、まるで物語を読み進めるかのように、静かに見守っていた。


「ついに17歳になりましたか……前世では、ギルド冒険者としての地位も、そこそこ高かった頃合いでしょうか。今は、前世を遥かに凌駕する能力を身につけ、騎士団への入団という道を歩んでいる。しかし……何か、大切なことを一つ、忘れているようですね……。それが何か、そして思い出すかどうかは、彼女次第ということでしょう」


 女神は、そう呟くと、目の前のティーカップに口をつけた。その空間には、優雅なティーテーブルと、二つの椅子が置かれている。しかし、片方の椅子は今は空席だった。


 そこには誰も座っていないが、その場所だけ、ほんの少し、誰かがそこにいたような、温かな温もりが残っている気がした。


「あなたが、この世界から姿を消してから、もう200年ほど経ちます。そろそろ、帰ってきてくださいな……」


 女神は、空いている椅子に向かってそう呟いた。しかし、その声は、虚しく空間に吸い込まれていく。返事は、どこからも聞こえてこなかった。


「私たち神は、死という終わりが存在しない存在。しかし、あなたは、人間として生を終え、今は異世界で、新たな生を受けている。そして、今の人生を終える時、再び、あなたの魂は、この世界に還ってくるでしょう……。それまで、お待ちしていますからね?」


 女神は、そう言いながら寂しげな微笑みを浮かべた。


「さて、あの子がどこまで強くなったのか、見に行きましょうか。どんな物語を、私に見せてくれるのか、楽しみですよ」


 女神は、再びティーカップに口をつけ、水晶玉の中の少女の人生を、慈しむような眼差しで見つめ始めた。少女の運命は、まだ始まったばかり。女神は、その物語の行く末を、静かに見守り続けるのだった。

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