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俺のSAN値は無限大だが無限にはない

 ぞろぞろと校舎内を練りまわる学生達。

 大学の構内では私服を着た大学生が多くを占めているので、俺達は非常に目立っていた。まるで仮装行列でもしているかのような気持ちになる。



 仮装行列だとすると季節感を間違えているであろう、肉塊のコスプレをした菜々花は残念なことにコスプレではない。天然ものである。ハロウィンに視認したとしてもキツイのに、いわんや年中無休など。

 隣にいるとゴリゴリとSAN値が削られてくのが理解できた。

 高校生になってから経験してきた異常な正常のせいで、俺におけるSAN値は、もはや無限の数値に等しいけれども。



「はぇ」

「綺麗だね」

「私がですか?」

「大学が」



 菜々花が惚れ惚れとした声を上げる。

 やはり私立大学に見学しに来たということもあって、構内はゴミ一つ落ちていなかった。俺が彼女につまらない感想を伝えると、どうやら頭の回路がショートしてしまったらしい回答が返ってくる。



「そこは嘘でも『大学よりも君のほうが綺麗だよ』とか言うべきですよ」

「日の沈む水平線とかじゃなくても、その表現って適用されるの?」

「難しいところですね。ちょっとムードが……」

「今まで彼女がいたことないから、難しいお題は出さないでもらえると嬉しい」

「おや、雪花とは遊びだったので?」



 遊びというか弄ばれてるというか。

 人間の死体であるゾンビを人間の上位存在と判定するかどうかは置いておくとして、少なくとも一般的な人間は、己よりも上位な存在相手に文句を言うことはできないだろう。



 雪花を彼女――恋人にしたとすれば、毎日を命の危機に晒された状況で過ごさねばならない。おまけに親族に肉塊もついてくる。そしておそらく、彼女らの両親あるいは片方の親は化け物であろう。まるでネット通販のまとめ売りのように、ひたすら要らない商品がセット。



「そういう関係じゃないから」

「またまたぁ」

「本当に」



 ゆえに菜々花には自分の考えていることをオブラートに包み、かつ一切の脈がないことを伝えるために、冷徹な双眸を向ける。

 ところが彼女は俺の発言を冗談とか、照れ隠しだとでも思ったようで、からかうように触手で頬をツンツンしてきた。

 やめてくれ。



「ふふふ。化野さんのそんなところ、結構好きですよ」

「あ、そう」



 まったく心の揺れない褒め言葉をありがとう。

 人間になってから出直してくれないかな。

 きっと君が周囲の人の言うような美少女になったら、こちらも常に余裕の表情を保てなくなって、一般的なラブコメが始まるような気がするのだ。



 お喋りなインコに愛の言葉を囁かれたとして、彼または彼女と恋愛関係に堕ちる人間がいるだろうか。いないだろう。いたら限りなくインコに近い存在だ。

 俺は肉塊とは限りなく遠い位置にいるので、たとえ肉塊に「平常なら恋に堕ちてしまいそうな言葉」を吐かれたとしても、生ぬるい微風そよかぜに吹かれたような気持ちを維持することができる。



 そのように探索を続けているとかなりの時間が経ったようだ。

 大学の講堂を一通り見終えたら待望の昼食の時間になって、ちょうど麺類が食べたい気分だったので、メニュー表に記載されていたラーメンを注文。



「化野さん」

「ん」

「ご一緒してもいいですか?」

「いいよ」



 草壁菜々花は大多数にとって美少女扱いを受けている。

 そのため普段の彼女は、様々なクラス年齢性別を問わない友人達と関わっているのだが、どうやら今日は冴えない隣の席の男子と食べたい気分らしい。

 勘弁してほしいなぁ。



 もくもくと湯気を上げるラーメンはどこからどう見てもインスタントなやつであり、一度も足を踏み入れたことがなかったために幻想に包まれていた大学の食事も、所詮はこんなものかという落胆に包まれる。



「化野さんはラーメンが好きなんですか?」

「まぁ、うん」

「奇遇ですね。私も『こんにゃくラーメン』を注文したんですよ」



 それはラーメンなのか?

 見たところ過剰に黄色い縮れ麺が、醤油ベースだと思われるスープに浸っている。有り体に言えば美味しくなさそう。

 しかし、まぁ「女の子」にとってみれば、小麦とこんにゃくとのカロリーの差は見逃せないものなのだろう。多分。



 男子高校生の代謝を存分に利用して、大人になったら絶対にできない食生活をするのが現在のマイブーム。深夜に食べるカップラーメンは滅茶苦茶美味しい。背徳の味がする。段々と自分が死に近づいていくのを、翌日の空腹具合で確信していた。



 ところが肉塊とはいえ菜々花は女子。ラーメンが食べたいけどカロリーは摂取したくない、そんな我儘わがままな要望に応えるべく、こんにゃくラーメンは爆誕したのだ。



 目新しい講堂で二人向かい合って食事をしていると、バスに揺られていたとき以上に不思議な気分に陥る。

 視界の中に化け物がいるのが主な原因だとは思うが、その見た目に目を瞑れば、仲のいい女友達という感じなので、青春をしていると言えないこともない。



「………………? どうしたんですか、化野さん」

「いや」



 思っていたよりも校外学習楽しいなって。

 スープに浸ったこんにゃくを小さく口に運んでいく菜々花を眺めながら、俺は割るのに失敗した割り箸を使ってラーメンを啜った。

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