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第84話 魔天城主のプライド

 ジリジリと肌を焦がすような殺気がレイドルに突き刺さる。


「魔塔の主人か……ちょうどいい、お前から殺してやろう」


 ミカエルが左手を上げると、上空に数十にも及ぶ漆黒の刃が現れた。

 邪悪な笑みを浮かべたミカエルは、楽しそうに漆黒の刃をレイドルへ浴びせる。


「ヘルファイア!」


 レイドルは愛剣を振り上げて、炎の上級魔法を放った。


 剣の切先から業火が燃え上がり、漆黒の刃を打ち消していく。それと同時にミカエルに向かって駆け出した。


 しかし、魔法使いたちの血を浴びて、さらに力を増したミカエルは絶え間なく漆黒の刃をレイドルへ飛ばしてくる。


「くそっ、前よりかなり強くなってるな……!」


 漆黒の刃を叩き落とし、時には身を翻して避けながら、ミカエルの首を落とすためレイドルは足を止めない。


 あと三メートルというところで、今度はミカエルの影から黒い霧が吹き出しレイドルを囲んだ。


「フレイム・ドラゴン! この黒い闇を喰らい尽くせ!」


 そう叫ぶと、大きな炎の龍が咆哮を上げてミカエルとレイドルの間を切り裂くように横切る。レイドルを取り囲んでいた黒い霧は消え去り、一旦、ミカエルと距離を取った。


(……魔法使いたちも生贄にしたせいか、遥かに強くなっている。でも、カレンさんとファウストが目を覚ますまでは、ここで食い止めるしかない)


 ミカエルの目的はカレンだ。たとえミカエルをここで倒せなくとも、大切な仲間を逃すことくらいはできる。


 でも、そのためには、究極魔法を使わなければならないようだ。


「やるしかないか……」


 レイドルは覚悟を決めた。


 究極魔法は魔法使いの禁忌だが、だからこそ、ミカエルのような相手に有効でもある。


「究極魔法──ブルー・エンド」


 レイドルの身体から青白い炎が燃え上がった。


 一万度にも及ぶ火焔かえんは、触れたものをすべて焼き尽くし、地獄へと叩き落とす。


 青白い炎の中でレイドルの赤髪が揺れ、次の瞬間、ミカエルの眼前に迫っていた。


 究極魔法は術者の身体自体を炎に変えて、人間では到底真似できない驚異的な力を発揮する。


 瞬発力、攻撃力、防御力、すべてにおいて常人を凌駕りょうがし、化け物と呼ぶにふさわしい。まさしく終焉をもたら青き使者となるのだ。

「くっ……!」


 ミカエルは苦々しい表情を浮かべて、ギリギリでレイドルの攻撃を凌ぐ。

「ヘルファイア」


 究極魔法を発動させた状態でレイドルが放った上級魔法は、先ほどと桁違いの威力をみせた。


 燃え盛る青い炎がミカエルを焼き尽くそうと、四方八方から襲いかかる。


「こざかしい真似を……!」

「黙れ。ここでお前を処分する」


 狼狽えた様子のミカエルを睨みつけて、レイドルはこのまま片をつけようと、さらに攻撃を繰り出した。


「インフェルノ・ストーム」


 炎の特級魔法は周囲を巻き込み、ミカエルを業火の中に閉じ込める。


 青白い炎は敵を焼き尽くすまで消えることはない。


 やがて炎が燃え尽きて、辺りは静けさに包まれる。ミカエルの姿がないのを確認して、レイドルも究極魔法を解除した。


「はあ……きつかった……」


 レイドルはたまらず膝をついた。


 いまだに全身が燃えるように熱い。関節は痛み、腕や足には力が入らず、立っていることもできないのだ。


(でも、仲間を守れたなら、よか……)


 そう安堵した時だった。


 ──ヒュンッ!


 レイドルの胸を漆黒の矢が射貫く。


「がはっ……」


 レイドルは崩れるように地面に転がった。


 胸元を見ると、肩を貫通するように漆黒の矢が刺さっていて、レイドルの身体は激しい痛みに襲われる。


 体勢を変えて背後を確認すると、ミカエルが影の中から飛び出してきた。


 身体中に大火傷を負っていたが、黒い霧が火傷に触れるとみるみる治っていき、忌々しげにレイドルを見下ろしている。


「本当に焼け死ぬかと思ったぞ。お前には私と同じ苦しみを味合わせてやる」


 完全に復活したミカエルは、レイドルに狙いを定めて百にも及ぶ漆黒の矢を頭上に展開した。


 たった一本の矢でもかなりの苦痛を感じたのだから、あの数の矢に撃たれたら無事で済むはずがない。


「お前はここで終わりだ」


 ミカエルの指先がレイドルへと向けられ、百本の矢が一斉に降り注ぐ。


(くそっ……ここまでか)


 レイドルが最期を悟って目を閉じようとした時、目の前に美しい水のベールが展開された。


 何度も目にしてきた水の賢者の魔法だ。


「レイドルだけにいい格好させないわよ!」

「サーシャ……!」


 最期に会いたいと願った彼女が目の前に現れた。


 息を切らしている様子から、レイドルの元へ駆けつけたとわかる。

 それが嬉しくて、たまらない。

「ちょっと、情けない顔しないでちょうだい。貴方ならそれくらいの怪我でも平気でしょう」

「ははっ、相変わらず厳しいな。だが……」


 言い方はきついけれど、レイドルを奮い立たせるためだとわかっている。


 いつも仲間を思いやり、己を厳しく律し、困った時には策略を巡らせて解決する、それがサーシャの本質なのだ。


「そんなところが愛おしいよ」

「なっ!?」


 突然のレイドルの愛の告白に、サーシャは真っ赤になった。


 水のベールが一瞬だけ揺らいだのは気のせいじゃないはずだ。


「こ、こんなところでこんな時に言うべきことではないわ!」

「死にそうになった時に、サーシャに気持ちを伝えないままなのは嫌だと思った」

「……っ!」


 つい先ほどの機器的状況を思い浮かべたのか、サーシャはそれ以上小言を言わなかった。


「さて、サーシャにいいところを見せたいし、反撃を開始するか」


 そう言って、レイドルは漆黒の矢を炎魔法で焼き尽くす。


「水のベールを解除したら仕掛けるわよ」

「ああ、いつもの通りだ」


 これまで幾度もレイドルとサーシャは、魔物や危険な敵国相手に最前線で戦ってきた。


 ふたりの間には積み重ねられた信頼と絆がある。

 だからこそ、言葉を交わさなくても巧みに連携をとってミカエルに攻撃を続けた。


「フレイム・ドラゴン!」

「ヴィオレス・フルクタス」


 レイドルの炎の龍でミカエルを牽制けんせいし、カレンの水魔法で大きなダメージを与える。


「インフェルノ・ストーム!」

「セスミック・レアンダ!」


 攻撃は激しさを増し、ミカエルも黒い霧で対抗してきた。レイドルとサーシャが攻撃するわずかな隙をついて、漆黒の矢を飛ばしてくる。


 それでも、ふたりは絶え間なく攻撃を仕掛け続けた。何回も何回も、目の前の敵を倒すために。


 だが、いくら攻撃を仕掛けてもミカエルに明確なダメージが与えられない。


「ふんっ、賢者とはこの程度だったか?」

「……効いてないみたいね」

「そうみたいだな」


 レイドルはサーシャの顔に焦りがにじんだのがわかった。


(相手があのミカエルだしな……まあ、仕方ないことだ)


「はー……サーシャ。怒るなよ?」

「え……ちょっと、なにをするつもり……?」


 まさか、という表情を浮かべるサーシャに、レイドルは優しく微笑む。


 身体はとっくに悲鳴をあげていた。

 でも、レイドルは今、この場で愛しい人を守りたい。


「究極魔法──ブルー・エンド」


 レイドルは二度目の究極魔法を使った。




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