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第85話 賢者たちの激闘

「レイドル……駄目よっ!」


 サーシャはレイドルを止めようと手を伸ばした。

 しかし、手を伸ばした先にはすでにレイドルの姿はなく。


「ふん、私に同じ魔法が二度も通用すると思うなよ」

「そうか? やってみないとわからないだろ」


 黒い霧を操るミカエルと、青白い炎に身を包むレイドルの一騎打ちとなっていた。


(このままじゃ、レイドルの魂が傷ついてしまう……! なんとかしないと……!)


 サーシャはレイドルをサポートするように水魔法を放つ。


「アクア・ヴェルム!」

「セスミック・レアンダ!」

「アクア・ディノザルス!」


 初級魔法から特級魔法まで、レイドルの動きに合わせてサーシャはひたすら水魔法を操った。


 水の特級魔法でレイドルに向けられたミカエルの攻撃を防ぎつつ、サーシャは高速で思考を巡らせる。


(この状況、どう攻めたらいい? レイドルは究極魔法を使っているけど、限界が近いみたいだわ)


 青白い炎と黒い霧がぶつかり合い、至るところで弾けるような爆発が起きていた。今のところ互角のようだが、レイドルの表情に疲労が浮かびはじめている。


 一方、ミカエルは余裕たっぷりな様子で、黒い霧を自由自在に操り、レイドルとサーシャの攻撃を躱していた。


(悔しいけれど、明らかにミカエルの方が強いわ……もし、レイドルの究極魔法が切れてしまったら、一瞬で終わってしまう……!)


 サーシャとて、レイドルのことは頼りにしているし、そばにいると安心できる存在だ。


 祖国で公爵令嬢だったサーシャは、婚約者だった王子にかわいげがないと婚約破棄され、冤罪をかけられて国から追放された。


 そんなサーシャに声をかけてきたのがレイドルだった。


 すっかり男性不審に陥っていたサーシャに寄り添い、悪いのはあの王子だったと繰り返し言ってくれた。


 口も態度も悪いせいで誤解されたというのに、自分を変えることができなくて悩んだ時もあった。


 そんな時はいつもレイドルが話を聞いてくれて、「サーシャはそのままでいい」と笑ってくれたのだ。


 どんな風に振る舞ってもサーシャのことを笑って受け止めて、理解してくれる。


 いつしかサーシャにとって、レイドルの存在が心の支えとなっていた。


「わたくしだって、レイドルがいない世界なんて……考えられないのに」


 レイドルやファウストがなぜ究極魔法を使ったのか、サーシャには理解できる。


 大切なものを守りたかったのだ。

 たとえどんな犠牲を払っても、たとえ自分の魂が傷つこうとも。


 自分よりも大切な人のためなら、なんだってできる。


「愛する人のためなら、やるしかないわ……!」


 サーシャは全身に巡る魔力を、極限まで高めていく。


 今この瞬間も、魂を削って究極魔法を使っているレイドルのために、そっと呟いた。


「究極魔法──海女神の怒りイーラ・マレディア


 呪文と共に、巨大な水球がサーシャを包み込み、まるで海の女神のように水中で優雅に舞う。


 指先ひとつで弾丸のような水球を飛ばし、黒い霧を寄せ付けない。サーシャは幾百もの水の弾丸をミカエルに浴びせた。


 しかし、水の弾丸はすべてミカエルの黒い霧で受け止められてしまう。


 今度は十体の水竜を操り、レイドルのフレイム・ドラゴンと連携しながらミカエルに攻撃を仕掛けた。


 炎と水の竜が絶え間なくミカエルを襲い、じわじわと後退していく。


「面倒だな。ふたりまとめて片付けるか」


 ミカエルは両手を広げて、数百にも及ぶ漆黒の十字架を宙に浮かべた。十字架の先端は鋭く、まるで剣のようだ。


「あの世で私に立ち向かったことを悔いるがいい」


 冷酷なグレーの瞳でレイドルとサーシャを見下ろし、ミカエルは数百の十字架を放つ。


 ──ズドドドドドドドドドドドドドドドドッ!!


 漆黒の十字架はサーシャを守る水球を突き破り、眼前迫った。


 終わったと思った瞬間、強く身体を引かれ、サーシャの視界は暗転した。




     * * *




「ふう、間に合った……」


 ファウストは転移魔法を使い、間一髪でサーシャとレイドルをミカエルの猛攻から助け出した。


 移動先は魔天城の核となる、巨大な魔石を保管している管理室だ。


 ここは賢者でも特別な時しか入室を許されない場所で、魔天城の外壁よりもさらに強固な結界が貼られている。


 大きなドーム型の部屋の中央に魔石が浮かんでいて、柔らかな青い光を放ちファウストたちを優しく照らした。


 なにもない石造の壁と床の殺風景な部屋だが、少しは時間を稼げるはずだ。


 サーシャとレイドルはつらそうに顔を歪めながら、もそもそと起き上がる。


「うっ……ファウ、スト……?」

「ってー……頼むから、もう少し優しくしてくれ」

「あ、ごめん……」


 ふたり同時に連れてきたから、勢いあまって床に放り投げてしまった。


「よかった、月露の雫が効いたのね」

「まあ、復活すると思ってたよ」

「うん、ありがとう。マージョリーが治療してくれるから、こっちに」


 ファウストはレイドルとサーシャを連れて、部屋の奥に並んでいるベッドのところまで移動した。


 ベッドの周りにはリュリュとセト、それから目覚めたロニーも集合している。


「マージョリー。サーシャとレイドルを連れてきた」

「んー、わかった。ファウスト、代わってくれる?」

「うん、任せて」


 ファウストはマージョリーと交代して、ベッドで眠るカレンに治癒魔法をかけはじめた。


「えっ……どうしてカレンが?」

「ファウスト、なにがあった?」


 青ざめた顔でベッドに横たわっている姿を見て、レイドルもサーシャも驚きを隠せない。


 カレンは今朝、月露の雫を手に入れて元気に戻ってきたのだ。当然の反応ともいえる。


 ファウストは意識が戻ってから、これまでのことを静かに語りはじめた。




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